開戦
エルリックたちが設けた和解の宴で、アトゥームたちはエルリックを召喚したのが他ならない皇国戦皇エレオナアルだと知った。
「君は私を召喚した王と敵対しているのか」エルリックは奇妙な納得感を漂わせる。
「エレオナアルはエルフを迫害している――手助けするのは自分の種族に対する裏切りともいえる」
「私は自らの種族に対して忠誠を抱いてはいない――君を攻撃する事は無くとも、皇国の味方にならねばならない」
「キミの事も裏切りかねないよ、戦皇エレオナアルは」ワインを飲みながらホークウィンドが忠告する。
「参考にさせてもらう」エルリックはローストした牛肉をつまんだ。
「皇国は混沌の帝国ガルムに攻め込まれていると言っていたが、それも嘘なのか?」
「そうよ」エルフの姿になったシェイラがホットミルクを飲んで答えた。
「帝国と皇国は今停戦条約を結んでいる。皇国は不意を突いて帝国に攻め込む算段よ」
「帝国には警告したのか?」
「したけど、女帝は信じてないみたいだ。木で鼻をくくった様な反応だよ」白い
「帝国も皇国も指導者はまともな感覚じゃない。犠牲になるのはいつも力の無い者ばかり」ホークウィンドもつられて息をついた。
「かつて皇国の為に働いた事は有るのか?」その問いにアトゥームは首を縦に振った。
「エレオナアルの冒険者パーティに加わっていた事は有る。そこで裏切られて危うい所をラウルたちに助けられた」
「実際に目にするまでは分からないが、気をつけさせてもらう。エレオナアルは相当に信頼の置けない相手なのだな」
「召喚されたのに皇都ネクラナルにいないのは何故?」シェイラが空になった木のマグカップをブラブラさせながら尋ねる。
「エレオナアルの召喚に応える前に私達はこの世界に来ていた。妻を生き返らせるという目論見があったからな。召喚の魔法が失敗した訳では無いが、どういう理由かこの世界のタネローンでは意思の疎通しかできなかった」
「神の計らいってやつかも知れないね」ラウルが温かいレモン水を飲む。
店員の持ってきた鍋もの――一同は溶けたチーズにパンをくぐらせて食べる。
一同は料理をつつきながら情報を交換する。
「ボクをさらえと言ったのは君の信じる神かい? アリオッチとかいう」
「我が魔剣ストームブリンガーの飢えを
「アリオーシュ、この世界最強の混沌の女神と関係有るの? ラウル君」
「色々調べてみたけど、違うと思う。同じく混沌に属していて名前もそっくりだけど」
「アリオーシュは最近現世への干渉を強めてるわ。この世界を支配して他の惑星にも自分の力を及ぼそうとしてる。既に一部の世界に浸透し始めてる。この地球の鏡像の惑星の二つ三つにアリオーシュが現れたって龍族の長は言ってたわ」
「神なら神らしく人を救う事だけ考えていればいいものを。もっとも<死>も同じ事か」アトゥームが軽く嘆息する。
「お互い仕える神には苦労させられているな、青年」エルリックは同情した。
二刻近く食べ飲みし、一同は解散した。
* * *
その夜ホークウィンドはアトゥームと一緒の寝台で眠っていた。
不穏な空気を感じてホークウィンドは夜中に目を覚ます。
穏やかだったアトゥームの寝顔が歪む、冷汗をかいていた。
悪夢を見ている――ホークウィンドはそう悟った。
アトゥームを抱き締めるとエルフの子守唄を唄う――後でアトゥームが知ったら子供扱いは止めてくれと言っただろうが他に適当な歌は無かった。
〝実際年齢は親子以上に離れてるし、まあ良いよね〟ホークウィンドは恋人の母になるつもりは無かったし、アトゥームも恋人に母性を求めてはいなかったが必要ならその役割を担うのにためらいは無かった。
アトゥームの息が穏やかになった。
じきに戦争が始まる、恋人がせめて心安らかになる選択をして欲しい、そう神に願うホークウィンドだった。
* * *
開戦――グランサール皇国がガルム帝国に虚を突いて攻め入ったのはエルリックが皇都ネクラナルに着いて三日後の事だった。
冬に攻め込むという常識外れの策が見事に奏功した。
エルリックたちの目通りの儀式は開戦の日と同じ日に行われた。
アトゥームたちは戦皇エレオナアルへの目通りの様子を水晶球を通して見ていた。
「〝白き狼〟と名高い異世界の英雄、エルリック殿。そなたにお目にかかれてとても嬉しい」
「ありがたき幸せ」エルリックとその相棒ムーングラムは丁重に礼を返す。
「余は世界征服の大事業に乗り出すつもりだ――その時は我が友にして勇者ショウ=セトル=ライアンと共に力を貸してくれ」
傍らに控えていた背の高い――エルリックより3センチほどだ――白い鎧に長大な
「俺は勇者ショウ=セトル=ライアン、エルリック殿と肩を並べて戦えるならこれ以上の栄誉は無い」ショウは日に焼けた褐色の肌に琥珀色の瞳、金髪の容姿の整った青年だった。
「エルリック殿、そなたは同族のエルフ――メルニボネ人を滅ぼした。それはあのエルフ共が救い難い劣等種族だと心底実感したからであろう」エレオナアルの口調には救い難い媚びが有った。
「我が種族にはどの道未来が有りませんでした。人間に道を譲るべきだった」エルリックは淡々と答えた。
「仲間の船を見捨てて風の魔法を己が船にだけ集めたというのも本当だろうと信じられる。他者を切り捨ててでも生き残らなければならない、その非情かつ冷徹な判断力を余は高く評価致すぞ」
「大した事では有りませぬ」エルリックは仲間を見捨てた時思わず涙を流したのだがそれは伝えぬ方が良いだろうと判断した。
エルリックはムーングラムに目配せする。
「戦皇エレオナアル陛下、既に知っておられると思いますが我が友エルリックはその魔剣の吸い取る魂か、筋力増強の秘薬が無いと立っている事もおぼつかない身体。これ以上は――」
「おお、これは失礼した。魔剣の餌食にするエルフ共は好きな者を見繕ってくれて結構。エルリック殿が戦場に立つときには陣を同じくする名誉に預からせていただきたい。奴隷! エルリック殿とムーングラム殿を貴賓室に!」
エルリックたちは王宮でも一二を争う豪奢な部屋に泊まっていた。
二人は椅子に座ってブドウ酒の入った樽から白金でできた
侍女たちを下がらせる。
盗聴されている事は分かっているが、音を二人の周囲だけに絞れば大丈夫だろう、そう判断した二人は話し出す。
「エルリック、お主あの若造共をどう思う」
「どうもこうも語るに落ちるとはこの事だろう。もう少し見てみなければ分からぬが〝死神の騎士〟の言っていた通りだ。世界征服の為に戦うなど狂気の沙汰だ」
「エレオナアル戦皇陛下はさぞかしエルフに痛い目にあわされたのだろうな。あの憎み様は尋常では無いぞ」
「逆かも知れぬ、大して知らぬが故に憎悪を募らせる人間は多いものだ」
「お主が自分と同じに見えているらしい」
「私は善人では無い。もっとも悪党と呼ばれるのも心外だが」
「〝勇者〟をどう見る」
「余り信用できないだろうな。エレオナアルの本性を知って付き合うとすれば自分の欲を満たす為に利用できるとみているか、戦皇の同類かといったところだ。野心と権力欲に満ちた若造か、人間の屑か、或いはその両方だ。いずれにしてもお近づきにはなりたくないな」
「あからさまに拒絶すればくびり殺されかねんぞ。どうする」
「従うふりをして、時を見て逃げ出す。タネローンまで落ち延びれば元の世界に帰れるだろう」
「死神の騎士の坊ちゃんの話を真面目に受け止めておくべきだったか。戦皇についてもっと噂を聞いておけば良かったな」
「来てしまったものは仕方が無い。捕虜になったエルフたちを陰から逃がす事も出来るだろう。やれることをやるしかない」
ムーングラムはエルリックの顔をしげしげと眺めた。
「エルリック、お主最高に湿気た面をしておるぞ」
「ムーングラム、貴公もな」
二人は苦笑した。
「今の所は休む以外に出来る事は無い。衣食住に不自由する事は有るまい。じきに戦場に駆り出される身だ。楽しめるうちに楽しんでおこう」
エルリックは侍女たちを呼び戻す。
* * *
開戦から三カ月の間、皇国は帝国を圧倒した。
最も皇国が進出した地点では帝国首都までほんの少しというところまで迫っていた。
エルリックたちも戦場に出た。
予想通り皇国のエルフたちへの処遇は酷いものだった。
エルフたちの大半は逃げおおせたがそれでもかなりの数が皇国に捕まった。
皇国内に元からいたエルフたちも狭い
一方の帝国軍はまるで連携がなっていなかった。
バラバラに突っかかって各個撃破されたり、パニックに陥って戦う前から降伏したりといった有様だった。
エレオナアルは帝国の首都を攻略できそうだと見て、自ら軍の先頭に立つ事を決めた。
その帝国首都攻防戦でエルリックたちは死神の騎士と再会したのだった。
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