死神の騎士対同族殺しの皇子
「エルリック、追手が来るぞ」永遠の都タネローン近くの廃墟と化した神殿でエルリックの友人ムーングラムが告げた。
野ざらしの供物台の上にホークウィンドが横たえられている。
タネローンから十キロほど離れた所とは言え、儀式を終えるのは難しいだろう。
このエルフの仲間を斃してから確実に儀式を行う、そうするしかない。
エルリックは自らに言い聞かせる。
遠くの空に影が見えた――龍だ。
あっという間に影が大きくなる――太陽が一瞬かげった。
上を通り過ぎた。
龍が旋回して戻ってくる。
エルリックは物理防護の結界を張る。
龍はエルリックのそばにふわりと着地した。
エルリックは火炎放射の魔法を掛けた。
魔剣ストームブリンガーの先端から炎が噴き出す。
炎は散らされた――龍からエルフの仲間二人が飛び降りる。
「何故お義母さまをさらったの? 同族殺しのエルリック」黄金の鱗を煌めかせた龍が話し掛けてくる。
エルリックは沈黙したままだった。
「大人しくホークウィンドを返してくれれば命は助ける」自分と同じ真っ黒な鎧に身を固めた人間の男――少年と青年の狭間と思しき年齢だ――も降伏勧告をしてくる。
「何であれ、このエルフを渡すわけにはいかない――お前たちこそ今引き返すなら命は助けてやる」
「そう言われて大人しくそうするとでも?」白色の
エルリックはその声が終わる前に少年に斬りかかった。
ストームブリンガーが黒い両手剣に止められる――鎧の青年が間に割り込んでいた。
「手加減できぬぞ、人間」エルリックは唸ると今度はストームブリンガーを青年に振るう。
台詞と裏腹な悲しげな眼だ――斬撃を受け止めながら青年、死神の騎士、アトゥーム=オレステスは思った。
法衣の少年が脇を駆け抜ける。
黄金龍もエルリックを飛び越えて供物台に向かう。
「ムーングラム!」エルリックは唐竹割に魔剣を振るいながら叫ぶ。
柱の陰に隠れていた友人が投げナイフを白衣の少年――魔法使いにして知恵と戦いの処女神ラエレナの神官ラウルと黄金龍の娘シェイラ目掛けて放った。
シェイラへのナイフは弾かれる。
一方ラウルへのナイフは肩口に当たった――血が飛び散り、ラウルは呻く。
エルリックにはそれを見る余裕は無かった、予想外に目の前の人間は腕が立つ。
鋭い突きを躱して下から鎧の隙間を狙う。
しかし斬撃は防がれた――歩法を使って鎧の上を滑らされた。
横から斬撃が来る――エルリックは盾で何とかそれを防ぐ。
数合打ち合う、互いに剣を構え直す。
エルリックとアトゥームが睨み合う中、シェイラは義母の所に辿り着いた。
手を伸ばしてその身体を掴み取ろうとする。
シェイラは自分の周りの空気が変化したのを感じた。
とっさに防御を固める――真空の刃が硬いウロコを切り裂いてシェイラを襲う。
かまいたちだ。
人間のものと変わらない血が噴き出す。
シェイラは咆哮した――大音声が辺りの空気をびりびりと震わせる。
かまいたちは収まったが、シェイラもダメージで動けない。
ラウルはナイフを抜くと治癒魔法を傷口にかけようとした――敵方の盗賊と思しき男が三日月刀で斬りかかってくる。
魔法をかける暇はなかった、
ラウルは防戦一方に追い込まれた。
盗賊の打撃を受け止めるたび肩の傷が激しく痛み頭蓋の中で白い光が炸裂する。
もう少しで致命傷を与えられる、盗賊――ムーングラムは勝ちを確信した。
その時ムーングラムの視界がぐにゃりと歪んだ。
「貴様……!」ムーングラムは昏倒する。
頸椎に手刀の一撃を受けたのだ――手刀を放ったのは意識を失っていたはずの
相棒が倒れる音を聞いたエルリックは背後をうかがおうとした――隙ありと見たアトゥームが斬りかかってくる。
一瞬の油断が命取りになった。
アトゥームの斬撃がエルリックの盾と鎧を乱打する。
「負ける? この私が――!?」
ストームブリンガーでデスブリンガーを弾こうとする。
「私は負けられぬ! 我が妻の為に!」
「終わりだよ。メルニボネの皇子エルリック。キミの妻サイモリルは元から蘇らない」ホークウィンドが背後からストームブリンガーを叩き落とした。
地獄の底から聞こえてくるかの様な冷たい声にエルリックは望みが断たれたのを悟る。
「終わりか――」エルリックは両手を上げると哄笑した。
風が吹き過ぎる。
「終わり――、そう、終わりだ」哄笑が止んだ。
「サイモリル――」エルリックは身を震わせて慟哭した。
治癒魔法を自らにかけたラウルがシェイラにも大治癒の魔法をかけていた。
二人共魔法とありったけの飲み薬で傷を塞ぐことは出来た。
ムーングラムを後ろ手に縛るとアトゥームたちの元へやって来る。
「妻を蘇らせようと? ホークウィンドをいけにえにすれば妻を返すと神にでも言われたのか?」エルリックが泣き止むのを待ってアトゥームが尋ねる。
「お若いの、余り察しが良いのは嫌われるぞ」
「男に嫌われた所でどうという事は無いさ」
エルリックは微笑んだ。
「アリオッチ神にな」
「アリオッチ? アリオーシュなら知っているが。同一の神の別側面か」
「それは私には分からぬ」エルリックは言葉を切った。
「この世界に我が妻サイモリルを蘇らせる鍵が有ると言われた――それが
「だからっていけにえにされたんじゃたまらないけどね。その魔剣ならボクを殺せるんだし」ホークウィンドがわざと憮然とした声で言った。
「私にとっては君よりも妻の方が大切だ。恨んでくれて構わんぞ」
「これ以上狙わないと誓ってくれるなら赦してあげるよ。ボクだってキミを殺してアトゥーム君やシェイラが生き返るならそうするかも知れないし」
「
「そこまでしなくても」アトゥームは言いかけたが、ラウルがその言葉を遮った。
「そうさせてもらうよ」
「皇族の矜持ってやつね」シェイラが頷く。
アトゥームは自分がエルリックの誇りを傷つける所だったのを悟った。
「我らはこの世界のものではない――だが多元宇宙をさまよう中で幾度もこの世界を訪れる。この世界では我らの種族は王制を廃止したと聞いたが」エルリックが確かめる。
ホークウィンドが頷いた。
「私は故国を滅ぼした。それから見れば遥かに真っ当な選択だ」
わずかな沈黙が有った。
「じゃあ、私達はタネローンに帰るわ。貴方たちは?」シェイラがその空気を断ち切った。
「何故、とは訊かないのだな」
「訊いた所で貴方の国が戻る訳では無いんでしょ。無意味よ」
「確かに」エルリックは苦笑した。
「乗って、義母さま」シェイラが姿勢を下げる。
ホークウィンドたちを乗せるとシェイラは空に舞い上がった――また会う事も有るだろうかと思いながらエルリックはその姿を見送った。
――そしてその予感は当たったのだった。
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