救国のテッサ

有本カズヒロ

救国のテッサ

 からん、という音を立ててドアが開いた。


「いらっしゃいませ~」


 カウンターに座っていた少年――テッサは読んでいた雑誌から目を離し、来客をちらりと見る。来客は、段ボール箱を抱えた少女のようだった。

 ちょうどテッサと同じ年頃、十七、八くらいだろうか。肩までかかる金髪、端正だが少しミステリアスな顔立ち、それでいて女性にしてはほんの少しだけ高い身長。そして真冬にふさわしい、丈の長いコートを羽織っている。


 端々の特徴から、テッサの脳裏にはとある別の少女の顔がよぎった。


「……この箱に入ってるオブジェクト全部、売りたいんですけど」


 カウンターまで来て、段ボールをゆっくりと置く少女。テッサはしばらく少女の顔を見つめていたが、ハッとすると慌てて中身の確認に移る。


「なるほどなるほど。三級オブジェクトが四つに二級が二つみたいっすね……ん? これ一級じゃないですか。どこで手に入れたんですかこれ?」


 段ボールの奥底から、小さなヒスイ色のペンダントを見つけたテッサは驚く。テッサが愛読している『ナチュラル・オブジェクト名鑑』によれば、この形状の物体は一級のはずだった。


「あまり詮索しないで。安くても、とりあえず売れたらそれでいいから」


 テッサは身に着けていた『オブジェクト専門店・ボールウェア』と印字されている緑のエプロンで手を拭くと、恐る恐るペンダントを手に取る。見れば見るほど美しく輝くソレに吸い込まれそうになったテッサは、自分自身を引き戻すかのように店長を大声で呼んだ。


「ちょっと店長! 店長、来てくださいよ!」

「……なんだァ? 奥で修復作業やるから声かけるなって言ったろ、テッサ?」


 奥の暖簾をくぐって出てきたのは、身長二メートルはあろうかというスキンヘッドの大男だった。


「いや、見てくださいよコレ」

「ん? ん~……んん!? これって一級オブジェクトじゃねぇか!? 久しぶりに見たなぁオイ!」

「これ、どれぐらいの金額すると思います?」

「う~ん、一旦預かってちゃんと鑑定してみないとわからんな。そこの嬢ちゃんが持ってきてくれたんだよな? これ、他のオブジェクトも纏めて二、三日預かってもいいかい?」


 大男――店長は、少女にそう声をかける。目を伏せて数舜考えていた少女だったが、顔を上げると頷いた。


「うん、売るのに必要な検査ならしょうがない。お願いします」

「よし決まりだ! 三日後にここに来てくれ……あ、一応名前と連絡先だけ控えさせてくれねぇかな?」

「わかった。名前はミーナ・ルイルス。ここから十数分歩いたところにあるグレイス・インに泊ってるから、何かあったらそこに連絡して」


 「それじゃあ、失礼します」と、それだけ述べるとミーナはさっさと帰ってしまった。テッサと店長は顔を見合わせる。


「なんか愛想のない人ですね」

「そうだな……まぁ、鑑定には関係ない。俺は今夜はここに泊ることになりそうだ」

「自分は定時で帰ってもいいですか?」

「え、遠慮がないな。まぁいいぜ、休むことも大事さ」


 癖毛の端をいじりながら、「どうも」と言葉を返す。店長と比べるとテッサは体つきも細く痩せ型で、それ故に体調も崩しやすかった。店長の配慮には感謝しないといけないな、と思いつつテッサは店番に戻る。


「じゃあ、俺は奥で鑑定してるから。さっきはああ言ったけど、何かあったら呼べよ」


 店長が奥に引っ込むと、少女が来る前と同じように、テッサは雑誌をペラペラとめくり始めた。


 ― ― ― ― ―


 『ナチュラル・オブジェクト』。この世界における大抵の超常現象は、そう呼ばれる不可思議な物体達が起こしていた。


 テッサ達が住んでいる国は、元はとある国の王が『増殖する建築材料』というナチュラル・オブジェクトを使って建てた『城』が原型となっている。増殖する能力を持った城は成長し、後に小国程の広さになった。


 その城――もとい国は、当時建設された場所にちなんで『セントラル・キャッスル』と呼称されている。


 ― ― ― ― ―


「さて、と。そろそろ帰るかな。店長! 今日はもう上がらせてもらいます!」


 雑誌を閉じて帰り支度を始めながら、テッサは店の奥へと声をかける。エプロンを外して畳み、近くに掛けてあった紺色のコートを羽織ると、カバンを肩に掛けた。


「おっと待て待て! お前に渡すモンがある!」


 慌てて奥から出てきた店長は、四角い絆創膏をテッサに渡す。


「なんですか? これ」

「今年のボーナス代わりだ。二級オブジェクト『ヒール・エイド』だったか。何か怪我をした時に患部に当てると、一瞬で治るらしいぞ。割と大きな怪我でも大丈夫だとか」

「へー、それをもらえるのは嬉しいっすね。でも普通にお金をもらう方がもっと嬉しいんですけど」

「そんなこと言うなって! 最近何かと物騒だろ? ほら、『開道師』とかいうよくわからん奴もうろついてるらしいし」


 開道師、という言葉にテッサの耳は反応する。


「昼間、ラクトーさんが来た時に言ってた奴ですか」

「そうだ。『夜道を歩いてるとローブを被った人物に遭って、願いを叶えてもらえる』だっけか? 胡散臭いことこの上ないが……まぁでもラクトーはソイツに出会ってから賭場で大儲けしたらしいし……ってそんなことはどうでもいいんだよ」


 一人でブツブツ喋っていた話を切り上げ、店長はテッサの両肩に手を置く。


「その開道師はともかく、刃物を持った不審者とかに遭ったらお前は一発アウトだろ?」

「いや、そんなことは……あるかもですね」

「だろ? 今は護身用のオブジェクトは持ってないから、せめて応急手当出来るモンでも持っておけよ」

「わかりました。ありがとうございます」


 コートのポケットにヒール・エイドをしまうと、入り口の扉に手を掛ける。


「じゃあ、お疲れ様です。また明日」

「おう、お疲れ様」


 冷たい夜風が舞うセントラル・キャッスルの城下町を、テッサは歩き出した。


 ― ― ― ― ―


 セントラル・キャッスル東部の住宅街を、テッサは歩いていた。コートをしっかりと着込んだので冬場の寒さにはある程度耐えられたが、それでも身震いする程には気温が下がっている。

 身を縮め、下を向いて歩いていると。前方からバサバサという音がしたので、思わず前を見る。


「うわっ!」


 前方から飛んできた何かに顔を覆われたテッサは思わず顔に両手を当てた。がさついた感触のそれを顔から引きはがすと、それは。


「『南方の小国、盗賊団の侵攻により壊滅の危機!』……なんだこれ、号外か?」


 折り目がついた号外を丸めると道端に捨てようと投げかけるが、ポイ捨てをするのもなんだか気が引けると思いとどまり、ポケットにしまった。


「どこの国も治安悪いよなぁ、安全なのはセントラルだけか」


 再び歩き出したテッサは、住宅街の広い道路を歩き続ける。しかし家に着くまであともう少し、というところでテッサの足は歩みを止めた。


「ん?」


 住宅街は、家々に沿って街灯が設置されている。テッサから見て四つほど先に設置されている街灯の下に、ボロ布のようなローブを纏った人が一人、立っていた。テッサの頭の中で開道師の噂が一瞬思い起こされるが、まさかそんなことはないだろう、と首を振り、無視して歩き出そうとした瞬間。

 テッサが瞬きをするその一瞬で、ローブの人物は街灯の下からテッサの目の前へと距離を詰めていた。驚いたテッサは思わず後ずさる。


「な、なんなんだお前……」

「あなたの運と引き換えに、あなたに幸福をもたらす者、開道師です。さぁ、あなたの願望をさらけ出しなさい」


 どこかで聞いたことのある声で話しかけてきたローブの人物――開道師に、一瞬テッサは固まる。その隙に、開道師はテッサの額に掌を当てた。すると、テッサの頭の中で全ての記憶の扉が開いたかのように、これまでの様々な記憶が呼び起こされる。

 情報の渦に飲まれそうになり思わずよろめくが、テッサが倒れる前に何故か開道師がその場に膝をついた。


「お、おいアンタ、大丈夫か?」


 先程から何が起こっているのかわからないテッサは、思わず開道師の状態を確認しようとしゃがみ込む。顔色を確認するため、顔にかかっているボロ布を取ると。


「あれ、アンタ確か」


 開道師は、昼間に店で会ったミーナ・ルイルスだった。ミーナは混乱したような顔でテッサを見つめる。


「なんで、なんであなたには願望が、願いがないの?」

「いや、願望とかなんとか、さっきから一体何言ってるんだよ? 流石に俺にもわかるように説明……」


 しかし、ミーナに説明を求めようとしたテッサは、途中で口をつぐむことになる。電灯に照らされているミーナの影が盛り上がり、人の形を形成してその場に盛り上がったからだった。肌や服も形成した影は、一人の男へと変貌した。

 異様に人相の悪い傷だらけの顔、真冬だというのに素肌に薄いジャケット一枚しか羽織ってない体、腰に差している暗褐色の鞘に納められた刀。その異様に怪奇色の強い雰囲気に、テッサの頭は瞬時に危険信号を出した。男は穏やかに口を開く。


「ミーナ、もう運を集めなくていいぞ。このセントラルを襲撃できるだけの運は十分集まったみたいだからな」

「団長!? なんで私の影から……?」

「あぁ、集めた運で俺の能力が変化したんだ。お前の影にマーキングしておいたら、そこから移動できるようになった。この力でここを攻め落とす」

「そ、そう。じゃあ予定通り、私は解放してもらえるのね?」

「そうだな」


 男は抜刀すると、ミーナの腹部を横一文字に切り裂いた。鮮血が噴き出すとともに、ミーナは「な、なんで」と呟いた後、血を吐き倒れた。目の前で人が斬られたことで、テッサは腰を抜かしてその場にへたり込む。


「う、うわぁ!! お、お前一体なんなんだよ!?」


 刀を肩に載せた男は、テッサを一瞥する。


「お前、偶然にしても運が悪いな。いきなりこんなことになってわけがわからんだろ、暇潰しに少し説明してやるよ」

「ひっ!」

「そう怖がるなって。ここでも話題になってただろうが、南方にあるコクサ小街国が盗賊団に壊滅させられたのは知ってるよな?」


 先程顔に被さったチラシを思い出すテッサ。大量の冷や汗を流しながらも、ゆっくり頷いた。


「うん。コクサを攻め落としたのは、俺が率いる盗賊団なんだ」

「は……?」

「団長である俺の名前を取って、カクリタ盗賊団って呼ばれてる。で、今度はセントラルを落そうってワケ。金になるものが沢山眠ってるからな、ここには」


 震えつつも、何とか立ち上がるテッサ。男――カクリタが言っていることがもし本当なら、セントラルが火の海になるのは明らかだった。


「でも、セントラルの騎士団は馬鹿みたいに強いからな。一筋縄じゃ行かない。だからそこに転がってるミーナの『運を集める』能力を使って、俺の能力を騎士団に対抗できる程強くさせたんだよ」


 もはやテッサは、カクリタの言葉を聞いてはいなかった。近くの騎士団支部へ走って助けを求める、それのみが頭の中を支配していた。踵を返し、走り出すテッサ。しかし。


「こんな話をしてるんだから、逃がすわけがないだろ?」


 今度はテッサの影に移動したカクリタは、テッサの足首を掴んで転倒させる。無防備なテッサの背中に、刀を突き刺した。


「じゃあな、少年。運が悪かったな」


 刀を引き抜くと、カクリタは転がった二人を後に歩き出した。しばらくは歩いていくカクリタを睨んでいたテッサだが、刀を刺された痛みから次第に意識が途切れようとしていた。


「クソ……」


 今際の際。とある記憶がテッサの脳裏を掠める。


 ― ― ― ― ―


 ノア・ロワーズ。

 三年前に火事で死んだ、テッサの幼馴染。


 今でも、テッサはノアが死んだ時のことを鮮明に覚えている。ノアは火事の建物に、幼い弟を助けるために飛び込んだ。そして、そのまま帰ってくることはなかった。


「これからの人生を、弟を見殺しにしたまま生きるなんて私には出来ない。もしそうなったら……私はきっと『これからの人生を生きたい』って願望すら持てなくなるだろうから」


 必死に止めるテッサを振り切った時、彼女はそんなことを言っていた。後から来た消火団が消火活動を行った後、ノアと弟は遺体となって戻ってきた。


「弟を見殺しにすることは、これからの人生に希望を持てなくなることと同義」。


 ノアの最後の言葉に、テッサは今日までずっと苦しめられてきた。テッサにとって、ノアを死なせてしまったことは最大の後悔。普通に生活することは辛うじて出来ても、何か特別な願望を持つことはテッサ自身が許せなかった。


 そんなテッサの前に今、ノアの面影を彷彿とさせるミーナが倒れている。


 ― ― ― ― ―

 

「……」


 口から溢れる血を片手で拭い、ポケットから絆創膏型オブジェクト、ヒール・エイドを取り出す。


「ホント……店長の、気遣いには……頭が、上がらないな」


 傷口に貼ると、緑色の炎が絆創膏から噴き出して傷口を暖かく覆っていく。同じものを倒れているミーナにも貼ると、同様の現象が起きて傷口が塞がれていった。


「あ、あれ、私は」


 傷がふさがり、意識を取り戻したミーナはゆっくりと起き上がる。それに対し、テッサはヒール・エイドを見せつつ話しかけた。


「この絆創膏型オブジェクトを使って傷を治した。しばらくは走り回ったり出来ないだろうけど、とりあえずはこれで大丈夫だと思う」

「そう……なの。ありがとう」

「いや、自分もたまたま持ち合わせてただけだから。それにしても、これからどうするか。セントラルの騎士団は強いけど、影を操る能力を持ってる奴なんかに太刀打ちできるのか?」


 とりあえず騎士団に盗賊団のことを伝えないと、とテッサが立ち上がった瞬間。辺りにサイレンの音が響き渡る。不安気にミーナが辺りを見回している横で、テッサは焦った。


「マズい、この音は第一級警戒態勢だ! 奴らもう侵攻を始めたんだよ!」

「第一級って、どれくらい危ないの?」

「セントラル自体が活動を停止するレベル、国家転覆の可能性があるってこと……こんなの訓練でしか聞いたことない」


 今からセントラル外へ逃げる準備を始めても、見つかった盗賊団に殺される可能性が高いだろう。テッサ達には打つ手がなかった。


「一体どうしたら……」

「一つだけ、方法があるの」


 頭を抱えるテッサに、ミーナは手を差し伸べる。


「今まで私が集めた人々の『運』の残りと、あなた自身の能力次第によっては奇跡を起こせるかもしれない」

「それってどういう……」


 しかし、詳細を聞きだそうとする前に、周りの影が大きな円状に盛り上がるのをテッサは見た。盛り上がった影は、やがて生物の形を取る。蛇のような体と頭、鳥の翼、熊のような足……それはドラゴンとでも呼ぶべきシルエットをしていた。どうやら、カクリタの影は怪物を生み出す能力も持ち合わせているようだった。

 ドラゴンは二人を視認すると、唸り声を上げ火炎交じりの吐息を漏らす。


「ど、ドラゴン!?」

「早く、手を出して!!」


 ドラゴンに気圧されるテッサを勇気づけるように、ミーナは手を伸ばす。ほとんど反射でテッサはミーナの手を握った。


「あなたの願いを教えて!! あなたの願いがわかったら、それに相応しい『力』を与えることが出来る!!」

「お、俺は、俺は……」


 二人の体を鋭い牙によって嚙み砕こうとするドラゴン、その巨体を前にしてテッサはマトモな思考力を失っていた。


 願いによって力をもらえる。


 自分の願いとは、何。ドラゴンから逃げることか、それともドラゴンと戦うだけの力を得ることか。それとも。次第に混乱していく頭の中で、それでも一つだけしっかりと纏まった部分があった。


 脳裏に浮かんだのは、あの時のノアの顔だった。


 浅かった息が、落ち着きを取り戻していく。深く息を吸うと、テッサは揺るぎない声で言葉を放った。


「お、俺は……君や……ミーナや、店長達を守れるだけの力が欲しい」


 その瞬間、テッサとミーナは眩いほどの輝きに包まれる。影から生まれたドラゴンは、その輝きに太刀打ちできず、砂のように消え去っていった。


「これは」

「それが、どうやらあなたの力みたい。皆を救う希望となる力、皆の『光』になる力」


 テッサの両手は、溢れんばかりの光の粒に包まれていた。夜の道を明るく照らしているソレこそが、テッサの力だとミーナは言う。


「お願い、巻き込まれただけのあなたにこんなことを言うのは、筋違いだとわかってる……でもお願い! カクリタ達を止めて、セントラルを助けて!!」


 しばらく両手を不思議そうに見つめていたテッサだったが、ミーナの方を見ると、頷いた。


「行ってくる」


 テッサは夜空に向けて、飛翔した。


 ― ― ― ― ―


 両手に灯る光の粒を集めると、まるでエネルギー弾のような威力を持つモノが出来上がるのは、テッサには直感的に判断出来た。そのエネルギー弾を一か所に集め、レーザーのように地面に放つと反動でテッサの体は空へ飛びあがる、という仕組みである。

 夜空を滞空するテッサはセントラルの街を見渡す。どこにカクリタがいるかは、影の濃さを見れば一目瞭然だった。


「あそこか」


 レーザーを放ち、それを推進力として影の濃い方向へ飛ぶ。速度が段々と緩やかになっていくと共に、危なげなく地面へと着地した。


「ん? お前はさっき殺した……何で生きてる?」


 カクリタの周りには、騎士達の死体が山のように積み重なっている。腕や胴体を切断されていたり、体自体を潰されていたりと悲惨な状態だった。


「あいにく、店長に貰ったボーナスで生き返ったんだ。悪かったね」

「ボーナス? わからんがまぁいい。もう一度死ね」


 カクリタは持っていた刀に影を集中させると、かまいたちのように影の斬撃を飛ばした。それに対し、テッサは光の粒で壁を作って体を守る。


「何だその力。まさかお前、ミーナに能力をもらったのか?」

「ご名答。アンタを止めてと言われた。だからここで、決着をつける」


 カクリタは可笑しかったのか、吹き出すと顔に手を当てた。


「この膨大な影を操る力に勝てる、と? しかも今は夜だぞ。どうやらそれ、光を操る能力らしいが夜だと相性が悪いだろう」

「楽勝だと思うならここで殺せばいい。俺は全力でアンタの野望を阻止するだけだ」


 両手首を合わせ、掌を開いてカクリタへ向けるテッサ。光の粒は掌へ収束し、強大な波動を放っていた。


「面白い! 純粋な力比べといこうじゃないか」


 対するカクリタも、周囲の影を刀に集中させる。刀の周りに、巨大な影の渦が出来上がっていた。


「これを止められたら褒めてやるよ!!」


 カクリタは、集まった影を放出するように刀を向ける。瞬間、全ての影がテッサへ向けて押し出された。あまりの影の濃度に刀身はひび割れ折れるが、それでも影の放出はやまない。


 しかし、テッサが放つ光の波動は、影の放出を遥かに上回っていた。膨大な影を飲み込むように。辺りには輝きが充満する。地面も壁も、折り重なった騎士達の死体さえ光に包まれていた。


 決着は、一瞬だった。


「な、何!?」


 カクリタの体は光に包まれ、皮膚が焼け焦げて黒ずんでいく。やがて光の放出が終わると、カクリタはその場へ倒れ込んだ。


「やるじゃ、ないか……お前、名前は?」


 カクリタに近寄ったテッサは、全身が焼け焦げたカクリタを見つめ、言い放つ。


「テッサ。テッサ・タガトキ」


 後にセントラル・キャッスルを救ったとされる英雄、テッサ・タガトキ。『救国のテッサ』と呼ばれるのは、もう少し後の事だった。


 ― ― ― ― ―


 数日後、セントラル東部のボールウェア店内にて。


「ありがとうございました~、またのご来店お待ちしています」


 オブジェクトを売却しに来た客を見送ったテッサは、棚に段ボールを入れるとカウンターに座り直した。


「店長! 売却分のオブジェクト、ここに三箱分置いておきますね!」


 奥で調べ物をしている店長に向かって声をかけた後、大きく伸びをして椅子にもたれかかる。この店のカウンター業務は客が来るまで暇でしかないので、昼下がりということもあり強烈な眠気に襲われていた。


 先日のカクリタ盗賊団の襲撃は、影を操っていた張本人であるカクリタを止めたことで一気に事態が収束することとなった。影の力を失った盗賊団達は一様に弱体化し、騎士団により征伐された。盗賊団の内多くの者が命を失ったが、生き残ったカクリタ達は今も騎士団本部で尋問を受けているらしい。


 尋問をする中でミーナの話が出たのか、ミーナはセントラルで指名手配されることとなった。しかし、ミーナはもうセントラルに居ない。一連の騒ぎに紛れてテッサはミーナをセントラル外部へと送り出していた。


「俺も、セントラルの外に行ってみたかったな」


 天井を見上げて、呟くテッサ。所持金をある程度分けたので、ミーナはきっと今頃どこかの街に辿り着いている頃だろう。

 ミーナを送り届けてからすぐ、テッサの光を操る能力は使えなくなってしまった。何故かはわからなかったが、窮地は脱したしこれ以上必要もないだろう、と気にしてはいない。


「まぁいいか。生きていれば、またいつか会えるだろ」


 テッサはカウンターの横の壁に取り付けられた額縁を見る。そこには、ミーナが売却しに来たヒスイ色のペンダントが飾られていた。売却しに来たオブジェクトは、全て盗賊団が各地から集めてきた盗品らしい。ボールウェアでは、元の持ち主を探すために今日も店長が奮闘していた。


 窓から入ってくる陽光を受けて、輝くペンダント。ミーナの無事を予見しているように感じたテッサは微笑む。腕組みをすると、いい夢が見れるよう祈りつつ、目を閉じた。

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