★学生が来た

 心配事がひとつ減っても、新たな心配事がまた増える。レオンは朝から緊張していたのだ。椅子に座らず、自分のデスク周りをうろうろと歩き、用意したメモの内容を何度も繰り返した。レオンの落ち着かない様子を見ていた同僚のミウが声をかけた。


「そんなに緊張したら、学生さんも心配になるわよ」


「大丈夫です。今、冷静に対応できるように何度もシュミレーションしているんです」


「そんなに念入りにしなくてもいいんじゃないの? 相手は学生さんだし」


「学生だからといって、雑な対応は出来ません」


 今日、一人の女子学生が職場体験に来る。その子は輸送船事件の犯人の娘で、カビ星人のガビーナという名前だった。レオンに憧れているらしく、わざわざレオンのいる宇宙警察署を職場体験に選んだ。


 自分の印象で彼女の夢が変わってしまうかもしれない。レオンはそんな責任感もあり、絶対に失敗したくないと緊張していたのだ。


「職場体験にきた学生が到着しました」


 レオンの耳に連絡が入った。レオンは身なりを整え、深く息を吸って気合いを入れると、ガビーナの待つ受付へと急いだ。


 受付の前には署内で見かけないカビ星人が待っていた。彼女がガビーナだろう。レオンが近づくと、その気配に気づいた彼女がこちらを振り向いた。レオンの顔を見るなり目を輝かせながら、駆けつけてきた。


 彼女はレオンの両手を握ると、ぶんぶんと上下に振って興奮気味に握手をした。


「キャー! あなたがレオンさんですね。写真よりもかっこいいです! うー、まさか本当に会えるなんて感激です」


 彼女のキャーキャーと高い声とテンションに圧倒され、レオンは何度も練習した挨拶が頭から飛んでしまった。しどろもどろで言葉をつなげた。


「あ、あの、こんにちは、ガビーナさん。俺は、レオンというか、レオンです。今日は、えーと、よろしく」


「はい、ノヴァ学院から来ましたガビーナです。と言っても入院生活でほとんど学院には通ってないんですけどね」


 ガビーナはそう言うと袖を上げてレオンに腕を見せた。カラフルなカビの色が入り交じったカビ星人特有の肌の中に、白カビとは違う、漂白された部分が彼女の腕に残っている。漂白病と戦った証だ。彼女はそっと袖を戻すと、レオンの目をまっすぐ見て言った。


「レオンさんは命の恩人です。あなたが父を逮捕してくれなかったら、私はここにいませんから」


「君が助かったのは、君のお父さんと医療チームのおかげだよ。俺は何もしていない」


「レオンさんが何もしていなかったら、父は容赦なく消し炭にされ、父のカビ胞子を手に入れるすべもなく死んでいました。もっと誇ってください」


「俺は、君が元気になっただけで十分だよ。さあ、行こうか。オフィスを案内するよ」


 面と向かってお礼を言われ、レオンは恐縮した。話を切り上げて、職場体験を開始するとこにした。


「はい、よろしくお願いします」


 ガビーナは元気のよい返事を上げ、レオンについて行った。


 レオンはエレベーターのパネルに手をかざして、自分のオフィスがある階に向かった。


「ここでは宇宙の治安や法律を守るために、様々な部署やチームが働いているよ。俺は宇宙犯罪捜査課に所属していて、宇宙で起きる重大な事件や事故を担当しているんだ」


 レオンはガビーナに自分の仕事の概要を説明した。ガビーナはレオンの話に興味津々だった。


「宇宙犯罪捜査課って、かっこいい響きですね。どんな事件を扱うんですか?」


「例えば、宇宙船のハイジャックや爆破、公共施設の襲撃や破壊、宇宙資源の盗掘や密売、宇宙人種間の紛争やテロなどかな」


 レオンは派手な事件を例に上げた。ガビーナは目をキラキラさせて話に聞き入っていた。目の前の憧れの人が、実はそんな事件から外されて、地味なパトロールの毎日を過ごしていると知ったら、どう思うのだろうか。レオンは少し気まずい思いで、エレベーターの中を過ごした。


 エレベーターが止まり、オフィスに到着した。レオンは彼女に中を案内する。運がいいことに、レオンの上司のガン警部補は出張中だったようだ。


「ここはオフィスだ。ここで情報収集やデータ分析をするんだ。さあ、中に入って」


 レオンの手招きに、ガビーナはオフィスに入った。


「失礼します」


 彼女の挨拶は慌ただしいオフィス内の音にかき消された。

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