★もう一度、取引しよう

 真空に近い環境の中で、少女はレースの服を身にまとっているだけだった。彼女は巨大タコの足をやさしく抱きしめると、額を当てた。タコの表情が変り、その目が見開く。少女はタコに微笑んでいた。


 二人の間に何が起こっているのか、レオンにはわからなかった。しかし、タコの怒りの色は消えてきた。


 見守ることしか出来ないレオンの背後に、宇宙船が降りてきた。低空飛行のまま扉が開き、シャドウが顔を出す。


「何が起こっているんだ。なんだあの女は、誰だ」


「あの子は、連続殺人容疑の子だ。でもそれは、生きるための手段にすぎなくて……」


 レオンはぎゅっと拳に力を入れた。自分の正義がわからなくなっていた。被害者のためにも少女とタコを連行するべきだ。だが、目の前の二人も理不尽な目にあった被害者なのだ。連れて行くことで、他の生物と癒合された体を、また実験台にされてしまうのではないかとレオンは危惧していた。


 ぷつりとクモの糸が切れた。タコの足は地面に落ちた。タコは自由になった足を二本まっすぐに伸ばすと、上げたり降ろしたり、曲げたりを繰り返した。レオンはいきなりタコが踊り出したとしか思えなかったが、シャドウは違った。


「あれは、ダンス信号か! なになに……む、せ、ん、か、し、て。だって?」


「またなにか話があるのかもしれない。貸してあげられないか?」


「それはいいが、また暴れ出したらもう逃げるからな」


 シャドウは宇宙船からタコと少女に向けて無線機を投げ飛ばした。綺麗な弧を描いて、タコの手の中に収まる。


 タコからの無線がレオンのヘルメットに届く。


「もう一度、取引を行いたい。今度はお互いにメリットのある話だ。もう、反抗はしない。話を聞いてくれるか」


「……わかった」


 レオンの言葉にタコは少女と目を合わせて、頷いた。


「君たちの要求は、異種融合器と殺人犯の確保だろう? 望みどおりに渡そう」


 タコの話にレオンは驚いた。あんなに少女を大事にしていたタコが引き渡す気になったとは、どういう風の吹き回しだろうと。少女との会話が関係しているのか。レオンは黙ったまま、続きを聞く。


「異種融合器を使って、この子の体を元に戻して欲しい」


「え? でもそれだと彼女の寿命が短くなるんじゃ」


「そうだ。だから、私とこの子を融合して欲しい」


 タコは足を少女に巻き付けて、引き寄せた。少女もタコに身を寄せて笑っている。彼女もそのことを望んでいるようだ。


「残りの体を殺人犯として連れて行ってくれ。安心してくれ、私は決して宇宙人を殺すようなことはしないと誓う。それでどうだ」


 タコからは誠意の気持ちが伝わってきた。分離した殺人犯というのは奇妙ではあるが、タコと少女に同情していたレオンは受け入れることにした。しかし、本当に元の体に戻せるのかが気がかりだった。


「でも、分離なんて出来るのか? 融合器にそんな機能があるのか」


「機能はないが、出来るはずだ。その宇宙船の持ち主ならな」


 タコは宇宙船を指さした。


「一目でわかった。その宇宙船には違法級の改造が施されていることにな」


 レオンが振り返ると、シャドウは頭をかいて言った。


「出来るけど、報酬が異種融合器だけだとなー」


「私の隠れ家にはレアメタルがあるぞ。全部持っていってもいい」


「よし、まかせな!」


 シャドウは元気に宇宙船から飛び降りた。


 巨大タコは口の中に手を突っ込むと、大きな装置を吐き出した。対になったカプセルが二つに並んだものだ。これが異種融合器なのだろう。


 シャドウは宇宙船からいくつものコードを引っ張り、手際よく融合器に接続していく。ものの数分で、即席の分離機を作り上げた。シャドウはタコに言った。


「出来たぞ。で、何だけを分離するんだ? その女、二つの生物を組み合わせて出来た体じゃないだろう」


「見抜いていたのか。生命力を上げるために害宙とも融合させていたのだ。宇宙人を捕食するのはそれが原因なのだろう。ある意味真犯人ともいえるな」


 タコの説明にレオンは、自分の推理通りだったと安心した。少女自身に罪はなかったと。


「3つの生物が混ざったことで、害宙の脅威が薄まっているのか。じゃあ、分離後は注意しないとな。まさか、害宙と融合したいとか言うなよ」


「安心してくれ、分離して欲しいのはクモだけだ。彼女が私の友なのだ」


「何だって!?」


 シャドウとタコの会話を黙って聞いていたレオンは、思わず驚きの声をあげた。タコの大切なあの子はずっと少女のことだと思っていたのだ、それがまさかクモのことだとは想定外だった。


「え、クモ? クモが友達なのか」


 レオンはタコに動揺を隠せなかった。タコは目をぱちくりとさせた。


「何を驚いているのだ。」


「いや、てっきり人間の方かと思って」


「人間はすかん。だが、人間は手頃で寿命が長かったからな。知能もあってちょうど良かった」


「セット出来たぞ。準備してくれ」


 シャドウがしびれを切らして、会話を割った。少女がカプセルの中に入れられる。


 シャドウがスイッチを入れると、装置はガタガタと震えだした。

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