★盗まれた装置

 お昼を迎えたワープラザの飲食店には、お腹が空いた宇宙人たちで長い列ができていた。お店の従業員はフル稼働で来店する客をさばいていく。午前の巡回で動き回ったレオンも空腹だった。


 しかし、レオンは魅力的な料理の匂いを振り切り、コーヒー店に向かって行った。レオンには自分のお腹を満腹にしようという考えはなかった。


 緊急時、すぐに対応できるように、軽い食事で済ませようと思っていた。それは、新任のときに大盛り定食を食べた後、盗人を捕まえるまで腹痛に耐えながら走った苦い思い出があったからだ。


 レオンはそのことを教訓にして以来、コーヒー店に通うようになった。ドアが開くと、甘い香りのする店長のおばちゃんが笑顔で出迎える。


「あらー、お仕事お疲れさま。もしかして、今からお昼かしら」


 白くて泡のようにもっちりとした顔をした女性である。彼女の種族特有のキャンディーに似た香りと笑顔は、お客の癒やしになっていた。


「ええ、そうです。プラネットドーナツと宇宙コーヒーをお願いします」


「はーい、20フォトンね。店内でお召し上がりよね。テラス空いているわよ」


「どうも」


 レオンはおばちゃんとの会話を終えると、会計カウンターに手を置いた。そこには、注文した料理の写真と値段が表示される。支払い表示に置いた手から、ふわりと光が放たれると、支払いが完了した合図だ。


 レオンは手ぶらのままテラスの椅子に座ると、入れ立てのコーヒーとドーナツがポータルから提供された。レオンはコーヒーをすすり、ドーナツを頬張りながら外の様子を観察していた。


 職業病とでもいうのだろうか。レオンは街ゆく宇宙人たちに怪しい動きはないか探す癖がついていた。何か起きたらすぐ飛び出せるように緊張感を持ちながら休憩時間を過ごす。そんなレオンに注意する者の言葉が頭に響いた。


「常に気を張っていたら、肝心なときに力を発揮できないぞ、スイッチを切り替える技を身につけろ」


 同じ宇宙警察であるレオンの父の言葉だった。だが、優秀な父だったから出来た芸当だとレオンは思っていた。


「父さんのようになるにはまだまだだな」


 そんな独り言を呟きながら、最後のドーナツを口に放り込み、コーヒーで流し込もうとしたときだった。


「お前、後ろに目をつけた方がいいんじゃないか。いい闇医者を紹介しようか」


「ぐっふぉ!! その声はシャドウ!」


 想定外の人物の声に驚き、レオンは口からコーヒーを吹き出した。汚してしまったテーブルを拭きながら、レオンは頭上を見わたした。ワープラザには多くの監視カメラが設置されている。それなのに指名手配犯であるシャドウは、白昼堂々と姿を現して、呑気にコーヒー店に来ているのだ。


「いいのか? 指名手配犯がこんな街中に姿を現して」


「ご心配なく。誰も姿を見つけることはできないさ」


 シャドウはカチャカチャと操作するように両手の指をせわしく動かした。この辺の監視カメラはすでに細工済みと言うことだろう。施設のシステムに侵入するのが得意なシャドウには、街の監視カメラに自分の姿が映らないようにすることぐらい簡単のようだ。


「今は休憩中だが、警察としてお前を捕らえないわけにはいかないんだよな」


 レオンは自分に言い聞かせるように言った。目の前の指名手配犯は、なぜかレオンの手助けをする。そして事件が解決すると、霧のように消えて居所がつかめなくなる。しかし、こうして神出鬼没にレオンの前に現れるのだ。


 レオンは心のどこかでは見逃したいと言う気持ちもあった。しかし、指名手配されていると言うことは、それだけのことをした奴だ。レオンは煮え切らない気持ちの中にいた。


 悶々とするレオンを気にもせず、シャドウは勝手にレオンの座るテーブルに移動してきた。話を聞かれなくないのか、周囲をきょろきょろ見わたした後、小声でレオンに話かける。


「捕まるつもりはないが、お前と追いかけっこする気もない。緊急の用事でここに来たんだ。終わるまではほっといてくれないか?」


「緊急の用事? 何だ、悪いことする気なら、ほっとくことは出来ないぞ」


「悪いことじゃない。むしろ悪いことから守ろうとしているさ」


「ますます、何をする気だよ。白状しろ」


「それはだなー」


 シャドウはしばらく話すべきか悩んでいたが、意を決したように話し出した。


「開発した技術や盗み出した技術を持ち寄って発表する集まりに参加してたんだが……」


「おい」


「まあ、最後まで話を聞けって。その中に、ハイパーメント星人の罪の遺産。「異種融合器」があったんだが……」


 ハイパーメント星人は宇宙連合にも所属している宇宙人だ。彼らは異次元な技術力も持っており、全宇宙に流通する半分以上の技術は彼らのものだ。ブラックホールをゴミ処理場にしてゴミ問題を解決するという偉業も持っているが……。


「おい、まて。異種融合技術は倫理的に問題になって装置はすべて破壊されたんじゃなかったのか? なんでそんな物がそんなところにあったんだ」


 ハイパーメント星人は、脳を酷使する構造のためか、常に体のエネルギー不足に悩まされていた。その欠点を克服するために、他の宇宙人の臓器や頭部を体に合体させて克服しようと、「異種融合器」を開発しようとしていた。


 しかし、それは倫理的に問題であると、他の星人から糾弾されて計画自体が禁止となった。当然、開発途中であった装置もすべて撤去されたと発表があったはずなのだが、どういうわけか、シャドウたちの発表会に姿を現したようだ。


「そんなこと聞かれても、わからんぞ。だが実際にこの目で見たさ。動物実験が行われたが、確かに二つの生物の体がくっついていた」


「で、どうなったんだ」


 レオンは話の続きを聞き出した。シャドウが話す。


「実験後、本物だとみんな興奮しだしたさ。なにしろ禁止されたやばい技術だからな。そしたら、急に会場の電気が消えてよ」


 レオンはシャドウの言葉にごくりとつばを呑み込んだ。


「いきなり、天井が落ちてきたと思ったら、馬鹿でかい触手がそこから侵入してきて異種融合器をかっさらっていったんだ」


「盗まれたのか!」


「そういうことだ。今、発表のメンバーで犯人を探しているところなんだよ。だから、見逃してくれよ?」


 シャドウは、賄賂を渡すように、手つかずの注文したコーヒーをレオンに押しつけた。

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