第三十話 常夜の森と白む闇


 常夜の森の奥深く木々に隠れて月星の灯火も降らず、蘭華の破屋は今日も闇夜に沈む。


 時折聞こえるのは鳥獣の鳴き声と虫の音だけの静かな森……


「百合の癖に生意気な!」

「僕、本当の事を言っただけ〜」


 ……の筈が、破屋あばらやから芍薬と百合の争う声が突き抜けた。


 ドタバタと騒がしい音が漏れてくる。


「良い加減になさい!」

「みゅ〜」


 ポカッ、ポカッと音がして騒ぎが収まる。中を覗けば蘭華が頭にコブをこさえた百合と芍薬の首根っこを抑えていた。


「せっかく珠真が修繕してくれたのに」

「全く壊すしか能のない奴らじゃ」


 蘭華がメッと叱り、牡丹が呆れて胡乱げな目になる。


 藍鈴を匿てくれた礼にと珠真が破れた家を修繕してくれたのだ。何とも義理堅い妖魔あやかしである。


 しかも、驚くべき事に彼女はかなり器用で破屋は見違えるような家に変わった。だと言うのに百合と芍薬が何かと壊していく。


「もう珠真はいないのだから壊すでない」


 その藍鈴と珠真も今は居ない。蘭華の師である白姑仙はっこせんに預かってもらったのだ。


「あの子達がいなくなっても此処は賑やかね」


 二人を黟夜山えいやざんへ送った後、蘭華の家は寂寞せきばくに包まれた。が、そんな感傷も一瞬だった。


「ここも来客が増えたものじゃ」

「そうね、少し賑やか過ぎね」


 常夜の森の中にある蘭華の家を訪れる人など今迄いなかった。


「ふんっ、蘭華はあの孺子あおにさいが来た時は嬉しそうだったが」

「べ、別に刀夜様は関係ないわよ?」


 事件が解決し常陽へ戻った刀夜が先日この家を突然訪れた。


「反物や深衣を頂いて喜んだだけよ」


 刀夜は結界の工賃きゅうきんを届けに来たのだが、詫びと称して多数の反物と共に綺麗な深衣を持参したのだ。


「それだけよ……」


 何となく蘭華は衣桁いこうに掛けられた深衣へと視線を向けた。高価な天絹の金青の深衣で、その色が刀夜の瞳を連想させ麗しい皇子の顔が脳裏に浮かんでしまう。


 心が騒つく。


 じっとしていられなくて、そわそわしてしまって……


 頭を冷そう……


 蘭華は戸を開けて窓枠に腰掛けた。


 蘭華の闇に溶け込みそうな黒髪がなびく。

 森から吹き込む清涼な風が気持ち良い。


「やっぱり月は見えないわね」


 月も星も木々に隠され、今日も常夜の森は闇夜に沈んだまま。


「刀夜様……」


 だけど、心を惑わす彼の名がふと口を突いた時、何もかも覆い隠す暗闇が僅かに白んだように感じられたのだった。

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魔女の闇夜が白むとき 古芭白 あきら @1922428

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