転生少女は乙女ゲームの世界で、裏切り者の少年に手遅れな恋をする

第1話

　その少女の名前はミレン。

　不慮の事故にあって、死亡した女子高生だ。

　しかし彼女は死にきれなかった。

　幽霊になって、現世をさまよう事になってしまった。

　それはなぜか。

　好きだった乙女ゲームの発売日を待つことなく死んでしまったからだ。

　好みのゲームを多く発売していた乙女ゲーム制作会社の新作。

　だというのに、ミレンは指一本触れられない。

　その気持ちは、一つの魂を強く現世に縛り付けてしまうほどだった。

　その思いの強さにひかれたのか、ある日神様がミレンに話しかけた。

　興味をひかれたというその神様はミレンを他の世界に転生させてくれるという。

　ならばとミレンは述べた「発売された乙女ゲームの世界へ転生させてください」と。

　本当の願いはゲームを楽しむ事だったが、神様が叶えてくれる願いは「転生についてだけ」という条件があったため、願いをそうしたのだ。

　神様はその願いを了承し、ミレンを転生。

「裏切り者のロンド」という乙女ゲームの世界へ、魂を移動させたのだった。

「裏切り者のロンド」の世界は、多くの人々が魔王に困らされている世界だ。

　千年眠り続けていた魔王が復活して、人々は勇者に魔王退治を依頼するというところから物語がはじまる。

　ミレンはそんな世界で生き残るためにまず、力をつける事にした。

　新作発売前のわずかな情報を手掛かりに、主要キャラクターとともに修行。

　力をつけていった。

　その努力は功をなす。

　勇者パーティーの一員に選ばれたミレンはヒロインや攻略対象達とともに、魔王退治の旅へ出発した。

　しばらく乙女ゲーム世界の冒険を楽しんでいたミレンだが、一人の少年ジャックに恋をすることになった。

　浮ついた性格で、女好きで、ギャンブル好きなその人物は、一見不真面目に見える人物だ。

　しかし誰よりも家族への愛情が深かった。

　人知れず、大切な妹のペンダントを眺めるジャックを見たミレンは、彼に強く惹かれるようになった。

　しかし、ジャックは裏切り者だった。

　スパイとして勇者たちの情報を、魔王軍へと流していたのだ。

　ショックを受けたミレンは、何度もジャックを説得しようとした。

　しかし、ジャックは魔王軍と手を切る事はせず、勇者たちを裏切り続ける。

　ミレンは決断を迫られていた。

　そして、仲間の一人が重傷を受けた時、ミレンは決断を下す事になる。

「あなたを私の手で殺すわ」

　ジャックの裏切りを誰にも悟らせる事なく、自分の胸に秘めたまま、殺害すると。

　ジャックはそんなミレンに「残念だ」とほほ笑み、武器をとる。

　そのまま二人は、互いに死闘を繰り広げた。

「私、あなたの事が好きなのよ。この世界にやってきてから、あなたと直に接して、恋心が芽生えたの」

　ミレンは思う。

　前世からジャックの事が好きだったなら、この結末は少しは違うものになったのではないかと。

　けれど、もしもなんてものは分からない。

　人生は、やり直しがきかないのだから。

　ジャックは飄々とした人間だ。

　女好きで、ギャンブルにもよく手を出す。

　注意しても、それらは改善しなかった。

　けれどミレンは知っていた。

　誰よりも情に厚く、嘘をつくときは自分が泥をかぶるばかりで、それでいて賭け事に費やすお金なんて微々たるものだという事を。

「ジャック、私はあなたの良いところをいっぱい知っているわ。あなたがふざける時は、皆が暗い顔をしているときだし、あなたが嘘をつくときはいつもあなたが悪者になっている。そして、あなたが賭博場に行く時はいつも旅のための情報を探しているという事を」

　それでもミレンが抱く思いは手遅れな恋だった。

　ミレンは勇者パーティーの仲間たちが大事で、彼等を守りたいと思っている。

　だから、恋心がこれ以上育つ前に、終止符を打つ事にした。

　ややあって勝利したミレンは、悲しみの涙をこぼしながらジャックの亡骸を人目のつかない場所に埋めた。

　裏切り者のいなくなった勇者たちはそれから、驚くほどスムーズに旅を進めていった。

　魔王のもとにたどりついた勇者たちは、死闘を繰り広げるが、見事にこれに勝利。

　たくさんの人たちの未来を救ったのだった。

　その後、パーティーメンバーのほとんどは、家庭をもって幸せな生涯を送ったが、ミレンだけは誰とも結婚せず、生涯独身を貫いた。