第11話 心がないのですか

 王の近衛兵。

 王師おうしらが臨戦体勢を取ると。

 桀王けつおうは諫めるように。

 王師らに言い放つ。



「お主ら、剣を納めるのだ。この者達は余の客人である」



「……夏王の命とはいえ。其れは出来かねます。我々は夏の社稷しゃしょくを守る為、この者達を拘束する命を受けていますから」



「はぁ、社食? どんだけ福利厚生に拘ってんだよ」



 あおいが呆れるように言うと。

 妲己だっきが人差し指を立てて言う。



「社稷とは国家、国体を意味するのですよ。詐欺師さん、一つ勉強になりましたね」



「成る程。勉強になった。……って、言ってられっか! 妲己ぃ、お前の所為で面倒なことになってんだぞ! ちょっとは自分で自分の尻を拭きやがれ」



「怒らないで下さいよ。悪気はなかったのですから。此処は、ほら。詐欺師さん、お得意の口八丁でなんとかしてください」



「口八丁でなんとか出来ることと、出来ねぇこと。そして、やりたくねぇことがあんだよ。これは明らか後者の後者だ」



「うぅ。見捨てられました。……不幸です。もう、宝具で解決するしかありません」


  

 妲己が宝具という言葉を口にすると。

 王師らに緊張が駆け巡る。



「…………」



 碧は其れを見て。

 口元を緩める。



「おいおい、良いのか。このまま俺らを拘束しようとすると。妲己ちゃんが、何しでかすか分かんねぇぞ。本当に、何しでかすか。わからないですよ!」



「……其れは脅しですか」



「いいや。交渉だ。……拘束せずに、その暗闇の巫女とやらに会わせろ。其れが俺らの条件だ」



「えっ、詐欺師さん。そんな怪しい人に会いに行くんですか」



「ったりめぇだろうが。色々と気になることがあるからな」



 仮面を被ったポニーテールの男は。

 碧を睨み付けながら言う。



「……ならば、宝具や武具を渡して下さい。武装したまま、暗闇の巫女に会わすことは出来かねます」



「生憎、俺の宝具はこの舌だ。渡すことなんて出来ねぇな」



「……なら、其方の女性の調停者。宝具を渡して下さい」



「ああ、残念ながら。私、宝具持ってませんよ」



「其処にいる犬と。貴女の撫ぜているモノは宝具でしょう」


  

 妲己は信じられない表情になって言う。



「……こ、哮天こうてん君は私の家族ですよ。其れをモノ扱いだなんて、酷すぎます! 貴方、心がないのですか!」



「……なら、貴女が先程から撫ぜている玉。其れは宝具でしょう。其れを寄越しなさい」



「か、開天かいてんちゃんは私の癒やしですよ。其れを奪うだなんて、酷すぎます! 貴方、心がないのですか」



「…………」



「残念だったな。コイツに言語なんて通じねぇぞ。喋れば、喋るほど、こっちの頭が痛くなるからな」



 仮面の男は溜息を漏らすと。

 後ろを振り向く。



「分かりました。これ以上は平行線でしょう。拘束はしませんし、武装もそのままで結構です。私達の後を付いてきて下さい」



「良かったですね。哮天君、通じ合えて良かったです」



 青年は冷ややかに突っ込む。



「何一つ通じ合えてなかったけどな。……ってか、俺も着いて行って良いのか」



 長髪の男は背を向けたまま言う。



「貴方も付いてきて下さい。時代の加護を得た英傑の顔を見たいと仰っていたので」



「其処まで知ってやがるのか」



 青年が苦い表情で言うと。

 碧は問いかける。



「なぁ、仮面の兄ちゃん。一つ聞きたいんだが」



「お答えできる範囲なら答えましょう」



「その暗闇の巫女……美人なのか?」



「さぁ、どうでしょうね」



「おいおい、勿体ぶらずに答えろよ」



「残念ながら。素顔は見えませんよ。すだれで常に顔を隠しており。年齢すらも判断しかねます」



「なぁ、王さん。いや、桀。アンタは見たことがあるのか」



「いや。余も素顔を見たことはない。……ただ」



「ただ、何だよ」



「いつから、あの者がいたのかが記憶にないのだ。……いつの間にか宮殿が造られ。いつの間にか、祭事を取り仕切るようになっていた。先代の頃からいた記憶があるのだが。何処が、記憶が歪なのだ」



「…………」



 仮面の男は何も言わずに。

 前に進んでいた。

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