第一話 日常を望む日

 熟睡していると、突然耳に響く目覚まし時計のベルの音が聞こえた。私はそれにより飛び起き、反射的にボタンを押した。目覚まし時計は鳴り止み、心拍数が上がっているのを感じながら深呼吸する。そして、スイッチを切り、学校へと向かう準備をした。寒い真冬の時期、炬燵から出ない猫のように、ベッドから出ることが億劫だったけど遅刻するのは嫌なので、居心地のいい場所から出ることにした。

 それから、歯磨き、洗顔、髪の毛のセット、朝食、着替えなど諸々朝の準備を終わらせて、家よりも寒い外へと出た。早い時間、まだ空は眠気を帯びたままのように暗かった。通学路を歩いていると、この時期では毎日見る雪かきをしている年寄りがいる。その姿を見て、年なのに元気だなと感心するのもいつものこと。いずれ私もああなるのかなと思いながら、学校へと歩いていく。

 踏切を渡り、田舎特有の小さな駅に到着した。私は自動販売機で温かいお茶を買い、飲みながら電車を待った。私以外にも同じ制服を着た学生たちが数人いる。何人かグループを作り、ひそひそ話をしている。一人のスマホを囲むように集まっている。それも私以外の全員が。珍しいなと思いつつ、電車が来たので乗り込んだ。電車の中は暖かくて、着ていたマフラーをいらないと思えるほどに。そして、カバンの中に入っている本を取り出し、栞が挟んであるページから読み始めた。

 とある駅に到着すると、一人の学生が私の顔を見て隣に座った。そして、小さめの声で挨拶した。その時、私は今のページに栞を挟んで、鞄の中へと戻した。

 「おはよう、未羽(みう)」

 「あぁ、おはよう。今日も私の通学時間に合わせてきたの? 来音(らいね)」

 彼女は私の親友。中学生の時から仲良くしていて、同じ難関校に進学した。彼女は努力家で、頑張らないといけないことはとことん頑張る子。そのせいか、たまに疲れが見えてきて昼休み中は寝ていることもしばしば。見ているだけで、少し心配になってしまう子だ。

 来音は朝が弱いため、結構学校へ遅めに来るのだが、最近は無理して私の通学時間に合わせようと頑張って早起きしているらしい。無理して合わせなくても良いと思っているが、本人の意志なら良いかと思ってもいる。

 今日もそんな日だ。そして、今日も朝の弱い彼女は電車の中で寝るのだろうと思っていると、珍しく寝ていないことに気づいた。普段とは違う行動に驚きながらも、そんな事は稀にあるだろうと思い気にしないことにした。だけど、向こうの方から私に聞いてきた。

 「あのさ、未羽」

 「ん?」

 来音はスマートフォンを取り出して、なにか検索している。わざわざ、つけていた手袋を外して。そして、私に彼女のスマホの画面を見せてきた。そこにはとあるSNSの投稿が表示されていた。私の地元にある湖の事について、都市伝説のようなものが書かれている。確かに、あそこは神秘的で何かしらの伝説があると聞いたことがある。そして、真冬の時期にはとても綺麗な満天の星空が見えるということで、地元民しか知らない秘境のような場所だ。私も来音も一緒に星を見に行ったことがあったから、知っている。

 そして、桟橋にある青いポストのことも知っている。もちろん、一緒に見に行った時見たからだ。あそこの管理人は解体しようとしたいらしいが、何故か解体屋に頼むとその人達が謎の突然死を繰り返したことから、彼は解体することを恐れてしまい諦めてしまったとの話もクラスメイトからの噂で聞いている。もちろん、放置というわけじゃなくて、絶対に近づいてはいけないと警告するためにも看板だけではなく、桟橋の入り口に有刺鉄線を貼っている。だから、私は入ろうとも思わなかった。そんなポストが今頃有名になるなんて。

 「これ、なに?」

 「……面白くない? 実は駅で待っているとき別の学校の人たちが、この投稿について話していたんだ。クラスラインでも流行っているみたいだよ」

 私は自分のスマホを取り出し、ラインの通知量を見てみる。通知をオフにしているからか、かなりの通知が来ていることに気づかなかった。クラスメイトが話している内容を見てみても、この投稿に関することばかりだった。スワイプしても、永遠に続いているみたいでなかなか会話が終わっていない。しかも現在進行系で続いている。たかが都市伝説ごときにこんな話題になる事なんてあるのだろうか。

 しかも、学校と話題の湖は結構遠めだ。私の地元から学校までは片道1時間半。そんな遠い地元の噂がどうしてこんなにも話題となっているのだろう。

 「未来を教えてくれるポスト……か」

 「うん。やっぱり、未羽は信じないね」

 「そうだよ。というか、なんでこんなに話題になっているの? 投稿だけじゃ、おもしろ投稿扱いされるだけで、こんなに話題にならないと思うけど」

 「それが……」

 今度はネットニュースの記事を表示させた。それは数ヶ月前、とある学生の自殺を報道する記事だった。しかも、かなり遠い都内の学生。彼女は学校から酷いいじめを受けており、いつ終わるのか、未来の自分はちゃんと彼らに影響を受けずに幸せになれているのか知りたくなり、親に頼み込んであの湖に足を踏み入れ、ポストに手紙を出した。親もそこへ行ったと証言が出ているらしい。有刺鉄線をどう突破したのだろうと思っていると、ちゃんと記事に書かれてあった。警察の捜査によると有刺鉄線が切られていたとの事。どうやら、被害者の家にあったペンチで切ったらしい。

 そして、その一週間後経ったある日、彼女は体調不良と偽り学校を欠席。帰ってきた母親が彼女の首吊り死体を発見したという流れだ。側にあったのは、彼女の遺書と差出人不明の未来が書かれた手紙だった。内容は「いじめは続く。君が死ぬまで終わることはない」と書かれていた。警察は差出人の身元を調べているらしい。

 「……つまり、実際に未来を教えてもらった人がいるってこと?」

 「この人だけじゃないよ。それ以外にも……」

 そうして来音は様々な記事を見せてきた。勉強を頑張ってきた子が、頑張らなくなった。自分に自信がない暗い子が、別人のように明るくなっていた。そんな様々な人物の変化が書かれていて、全員の共通点には差出人不明の手紙が部屋にあったということ。そして、全員あの湖を訪れてポストに手紙を出したという点。

 まぁ、結局何が言いたいかというと、この都市伝説には信じるための材料が十分なほどあるということだろう。経験者が複数人いる……だからこそ、学生たちは未来を知ることが出来るとざわついているのだろう。今、私達は高校二年生、受験期がそろそろ迫ってきている時期であるため、自分が将来どうなるかという好奇心を抱えるのも無理はない。受験というのは自分の人生のターニングポイントであるのだから。

 「凄いよね。本当に未来を教えてくれる……。未羽は未来を知りたいと思う?」

 「思わない。まぁ、少しはあったけど、その記事を読んでさらに強く思わなくなった」

 「そうなの? どうして?」

 来音は少し驚いた表情を見せて、鋭い視線を飛ばす表情へと瞬きの間に切り替わった。彼女は真面目な返答を求めている、そう思わざるを得なくなった。それにより、彼女がこの都市伝説について、どう思っているのかも大体理解することが出来た。私は彼女の期待に応えた。

 「確かに本来なら、未来はどう足掻いても分からないもの。分からないからこそ、恐怖が芽生えるのは分かる。だけどね、それ以上に未来は知るべきではないと思うの」

 「……知るべきではない? 知ったら、知らない恐怖から逃れられるのに?」

 「逆に知っていたら、面白くない。自分がどうなるかなんて、知らないからこそ人は頑張ることの出来る生き物。それに、「知らないほうが幸せ」という言葉もある。記事を読んでいて、絶望的な未来を知ってしまったからこそ自殺してしまった人達がいる。そんなんで絶望するくらいなら、私は最初から知ろうとしない」

 私は心の底から思っていることを、素直に来音に言った。彼女は驚いたような顔をして、静止画のように止まっているけど話自体は聞いていた。数十秒でようやく動き、うつむいた。

 「……そっか。確かに、教えてもらった未来が必ずしも明るいとは限らないもんね……。うん、意見ありがと」

 私達の間に無言の時間が電車が走るように流れていく。ガタンゴトンという音が静寂を潰し、気まずい空気を強調させている。来音の方を一瞥したが、彼女はうつむいていてどんな表情を浮かべているか分からなかった。顔に影が差し込んでいて、彼女が絶望しているように見えた。

 電車が学校の最寄り駅に着き、私達は降りた。徒歩で歩いている間も、ぎこちない人形の行進のように、二人ぴったりと並んで歩いていた。

 そんな空気が破られたのは学校に到着して、朝のホームルームを待っていたときだった。いきなり、来音が私の座席まで来た。そして、周りの人たちに聞かれないために、囁くような小さな声で話した。

 「……ねぇ、今夜噂の湖に行かない?」

 私はすぐさま彼女の意図を察した。電車内での口ぶりから、都市伝説に対して私とは違う思いを持っていることには感づいていた。私は彼女のプライバシーもあるため、彼女と同じ小声で話した。

 「未来を教えてもらいに?」

 「……」

 彼女は明確に目線を下に向けた。その時の表情は悲しみを帯びていた。教室内は暖房と石油ストーブが効いていて居心地のいい空間のはずなのに、どこか冷たさを感じる。まるで、裏の冷たさを隠すために、暖かさで誤魔化しているような。

 「……やっぱり、察していたんだね。未羽には敵わないなぁ」

 「一つ言っておく。絶対にやめた方がいい。投稿記事にも書いてあったじゃない。未来なんて知ったところで、自分に良い影響を与えることなんてないんだから」

 「……それでも、行きたい。知りたい」

 「本当にやめた方がいい。最悪、来音は……」

 その先の言葉を発することに恐怖を覚えた。同時に、フラッシュバックのように最悪な光景が頭の中に写真のように映し出される。血濡れの来音の姿……どういう結末を迎えるか分からないとはいえ、最悪こうなってしまうかもしれない。未来を知らないから、最悪な状況になってしまうのではという恐怖と不安が湧き上がる。そして、それにより必死で行かないように説得しなくてはならないと決意のようなものがみなぎった。

 それから不毛とも呼べる説得しあいが始まった。

 「っ……。来音は私の親友だよ。いなくなったら……私はどうすれば良いのさ」

 「……でも、私は人生全てを投げ売ってでも知りたい……」

 「人生は一度切りなんだよ。輪廻転生というものがあるかもしれないけど、来音としての人生はこれ以降、絶対に来ることないんだよ……!」

 「……」

 「本当にだめ。絶望的な未来が待っているって知ったら、あんたは……」

 「……未羽……」

 「……私は来音、貴方が大事なの。絶対に失いたくない人の一人なの。……お願い」

 私は懇願するように頭を下げた。来音の表情は見えず、星が一つもない曇り空の夜のような黒一色空間が広がっているだけだった。

 「……分かった」

 来音はそう言った。それと同時に私は頭を上げた。天井の電気が朝日の光のように輝いていた。彼女は、笑っていた。

 「ごめん。未羽を……悲しませたら駄目だよね。未羽は親友なんだから」

 「……良かった。思い直してくれた?」

 「うん。私、未来を知ろうとしないから」

 その言葉にとても安堵することが出来た。大切な人を失う事はなくなった。その事実だけで安心することが出来た。

 それと同時に、朝のチャイムが鳴り、担任の先生が教室に入ってきた。今日の学校生活の始まりを告げた。いつの間にか空は青空で、海のような綺麗な青をしていた。

 「それじゃあ、朝のホームルーム始まっちゃうし、私は自分の席に戻るね」

 「うん。それじゃ」

 来音は自分の席へと戻っていった。普通の生活で良い。未来を知っても知らなくても、普通の生活は続いていくのだから。むしろ、知ってしまったら続かない可能性だってあるのだから。

 その後、私達は普通の学校生活を送った。二人で楽しく弁当を食べたり、ペアで活動していたりと、こんな普通の日常が大好き。相変わらず、来音の食事量が少ないことを指摘して、改善するというやり取りをした。

 それだけではなく、この前やった小テストの点数、来音は頑張ったけどそこまで良くなかった事に心を痛めていた。私も昔はよくそういう気持ちに陥ったことがあるから、辛い気持ちは理解できる。特に彼女は、両親が有力者であるから悪い点数を取ることに自分以上に嫌悪していた。それでも彼女は笑って、過ごした。

 放課後、私達は朝乗ってきた電車とは反対方向の電車に乗り、行くときに無言だったのが嘘と思えるほど談笑していた。青い空が私達の楽しさを表しているみたいに笑いあった。これでいい、これ以上は何も望まない。

 私達は電車の中で別れる。私は来音に一言。

 「じゃあ、また明日」

 彼女は振り返り、そして笑ってこう言った。

 「うん。また……明日!」

 こうして、私達は別れた。また来る明日に思いを馳せながら。

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