逃亡計画

エルフであるアジーンにとって人間というのは憎悪の対象だった。人間たちはエルフにとって命よりも大事な聖樹を奪い、そして、切り倒した。聖樹を取り返すことが一族の悲願であり、アジーンの命はそれを成し遂げるためだけにあると思っていた。


そんな戦いを千年近く繰り返し、ついにエルフは全員捕まった。アジーンは自分の命に代えてでもエルフという種族を生かそうと覚悟を決めていた。しかし、ここの領主であるノルは戦いではなく対話を求めてきた。アジーンはその紳士でそこらの貴族とは違う雰囲気に負け、会話をすることにした。


信じられないことにノルはエルフを聖樹を返すと言ってきたのだ。アジーンは自分の耳を疑ったが、切り落とされた聖樹を復活させ、果実を実らせ、私たちエルフを開放した。エルフたちは千年の願いがようやく叶ったと感極まっていた。


アジーンはノルにお礼を言おうと探していると、ノルが誰もいないところで何かをしているのを見つけた。


「ノル殿?何をしてるの?」


すると、ノルは一瞬だけ驚いた様子を見せ、アジーンは無理やりカンミを食べさせられた。これはエルフに伝わる求婚の儀式。つまりは、アジーンはプロポーズをされたのだ。その事実にめまいがして足元が暗くなるのを感じた(毒のせいです)。


アジーンは意識が混濁しているだけで、何をされているのかは理解した。つまり、お姫様抱っこでお持ち帰りをされていることにだ。


アジーンはエルフの悲願を成し遂げるために青春のすべてをなげうったエルフだ。それでも心のどこかではやっぱり幸せになりたいと思っていたのだろう。ただアジーンは自分が老いすぎていることも知っていた。


人間とは違ってエルフはある一定の年齢を過ぎると体型が若返る。そこは化粧をしても隠せない女としては絶対に見せたくないコンプレックスであった。


そんな自分にプロポーズ?何か裏があるのではないのだろうか?


しかし、そんなことを考えているうちに徐々に意識が暗闇に落ちていく。


最後に聞いたのは「絶対に成功させるぞ」というノルの言葉だった。


━━━目が覚めると、気分は最高だった。身体が軽く、何でもできるような充足感があった。まるで若返ったような気持ちになった。ただ上半身だけが重い。のそのそと全身を写す鏡を見ると、写っていたのは若かりし頃の自分だった。


アジーンは信じられない気持ちになった。それと同時に「絶対に成功させるぞ」というノルの言葉を思い出した。アレはつまり、自分の中にあったコンプレックスをいち早く見抜き、そして、若さを取り戻してくれるということだったのだ。


アジーンは感謝の気持ちと共にノルに対する恋慕の気持ちが強まっていくのを感じた。


「━━━というわけよ」

「うう・・・手が早いと言いたいところですが流石ノルさん、カッコ良すぎです!」


フィーアとアジーンはノルの婚約者としてノルの屋敷の一室で親睦を深めていた。互いに馴れ初めと推しノルの良いところを語り明かして二人の仲は最高潮にまで至った。


「フィーアも最高のめぐりあわせだったわね。あんなにいい男は千年生きても見つからなかったわよ」

「はいその通りです!たとえ万年!いえ、億年生きたとしても見つかるはずがありません!」

「ふふ、そうね」


好きなものが同じだと仲良くなれるというがまさにそれだろう。


「親睦を深める話はここまでにしましょう」


フィーアが騎士団長としての顔になるのを見てアジーンもエルフの長としての顔になる。


「先代領主に縁のあるものたちが来月戻ってくると、隣の領地に行かせたアーチャー8が報告してきました」

「へぇそれは良かったじゃない」


何が問題あるのだろうかとアジーンは首をかかげる。


「実はそいつらについてクソ、じゃなくて部下たちにヒアリングをしたところ、先代領主と一緒になって民を苦しめていたという報告がありまして・・・」

「・・・ライト―ン領はここ数ヶ月で飛躍的に発展したものね。となると、その甘い汁を吸いにきたということかしら?」

「十中八九そうかと」

「ノルはどういう対応をする気なのかしら?」

「『丁重に迎えいれる』とのことです。さっき通信魔法で確認しました」

「へぇ・・・丁重に、ねぇ」

「はい、丁重に、です!」


ニヤリと笑うフィーアとアジーン。二人はノルの意図を把握し、そして、何がノルにとって最良になるのかを以心伝心で感じ取った。


「鋼樹を植物魔法で創り出して、武器を強化しましょう」

「鋼樹?」

「ええ。植物のしなやかさを持ちながら鉄のように硬いのよ?これを使えばこの領地の騎士、そして、兵士の練度が格段に上がるはずよ。もちろんノルに成長促進の魔法を使ってもらわないといけないけれど」

「それは凄いですね・・・私のクソ共がさらなる凶戦士になることが簡単に想像できます」


すぐにバーサーカー達の強化に思考がいってしまうあたりフィーアもだいぶ残念な子になってしまった。


「フィーアこそ兵士を手足のように使うなんて凄いわね。森の中であそこまでエルフと渡り合える人間がいるとは思わなかったわ」

「それを言ったらエルフの戦い方も参考になりました。ヒット&アウェイでじっくり戦うやり方は短気な部下たちにも見習わせたいです!」

「貪欲ね。それならエルフの指導も任せようかしら。お互いのシナジーが発揮されればライト―ン領ももっと発展すると思うわ」

「むむぅ、大役ですね・・・ですが、この領地の筆頭騎士としてしっかり務めさせていただきます!私が兵士の強化をアジーンが武器と装備の強化をして最強ですね!」

「ええ。お互いに協力し合って夫を支えましょう」

「はい!」


━━━わいわいと女子会が進む中で夫(仮)は


「ああ~うんこしてぇ」


エルフと領民が手を組んだことで現実逃避をしていた。


美女を囲んで美味しいものが食べたいだけなのにどうしてこうなるんだ・・・


「ま、やってしまったことを後悔しても仕方ないか。大事なのは未来だ」


滅多に来ない手紙が屋敷のポストに入っていたのだ。中身は先代領主がお世話になった人たちだ。先代がいなくなると同時に近隣に引っ越していたのだが、久しぶりに僕に会いたいと手紙を送ってきてくれた。なんていい人達なんだ。どこかのバーサーカー達にも見習わせたい。


「ついでにこの領地から逃げ道を用意してもらおう!みんないい人だから引き受けてくれるだろうなぁ」


来月に来ると言っていたから今から会うのが楽しみだ。フィーアには丁重に迎えいれるように言ったから、流石に暗殺なんて考えないだろう。

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