コロニアリストの誤謬

水銀コバルトカドミウム

完結


俺には故郷が無い。

まあ、植民地主義の今となっては、そんな人間は珍しくも無い。

愛する郷土を列強に編入させられた者、軌道爆撃を受けてオートマトロンも住めない程に地表を荒廃させられた者、星系破壊兵器で物理的に母星を喪った者。

喩えるなら、列強間戦争で発生するデブリを数えるようなものだ。

いちいちそんなを気に掛ける人徳者は、この世界では生きていけない。


ただ、他の奴らと少し違うのは、俺が記憶喪失だと言う事だ。

謎の爆発に巻き込まれて、気が付いたらアジールの医療施設に運び込まれていた。

爆発までの記憶も公的記録も無、そこから人生が始まったみたいで「ビッグバン」って馬鹿な通称が出来た。

普通の難民なら臨時政府や帝国に頼めば最低限の生活を保証してくれる場合が、1光年のほんの少しの確率で存在する。

まあ、官制収容所も私制のも暮らしは最悪だし、勿論人として扱われないのだが。

しかし、ここに書いた通り俺は「ビッグバン」なんだ。

商売をしようも、市民権が与えられてないから確実に帝国警吏にしょっぴかれる。

四肢をもがれたディースといった状況だ。


「良い鉄は釘にならないように、良い人間は兵士にならない」

爆発に巻き込まれる前の唯一といってもいい記憶は、この言葉を誰かに言われたって事だった。

ふと、この言葉を思い出して、採用条件を徹底的に調べあげて、経歴を問わない帝国警邏の任務にあり付けた。


任務について、経歴を問わない理由はすぐ分かった。

砂漠や氷河が一面を覆う、そこを支配する経済的な価値が無い辺境の惑星の治安維持が目的だった。

時には住民が1000万以上のまともな星を警備する事もあったが、総じて治安が悪く、総人口の半分が法執行の対象者と言っても過言では無いだろう。

支給された防弾防熱防寒のスーツは多機能が故なのか性能も低く、武器は旧式の電子小銃。

原生生物や反乱分子と、この装備で戦うのは無謀と言う他ない。

最初の1年で5割が戦闘や気候によって死亡し、3割が脱走し追われる身となった。

勿論、俺も何度も死にたいと思ったし、反乱軍に加わって帝国に一泡吹かせたいと思った。

俺がこの職と生にしがみつくのは、甘い汁をすすれる可能性があるからだ。

10年間、銀河一致死率が高いこの仕事を続けられれば、帝国の官吏として取り立てて貰える権利が与えられる。

勤務期間が5年を過ぎた頃、帝国の地方長官に顔を覚えてもらった。

かなり寛容な人で、低能な猿型で侮蔑の対象である俺にも「勉強して機会をつかめ」と仰って頂いた。

同僚が酒浸りになる休養期間に、公用語と学術語を何とか治めて試験をパスし、俺は植民地管理官へ昇進した。


植民地管理官。

生物の住む星を見つけたら、それを何千年かけて教化し、我々に有用な資源を産み出せる程度になったら存在を明かして朝貢関係を結ぶ。

果樹園を運営するように気長な仕事だ。

その上、大胆でもあり繊細でも無ければならない。

政務の性質上、コールドスリープとクローン技術を併用して俺は1000歳を超える人間になる。

蔑視された劣等な不法移民が神に成り上がったんだ。

俺が記憶した中で、最上級の多幸感が全身を駆け巡った。


数百という星を啓蒙し、年齢も神話の人物を超えるほどになった頃、ひとつの星を見つけた。

青く光り輝き、俺と同じ猿型の知的生命体候補が存在する惑星。

戦略的価値は皆無に等しく、帝国中枢から距離も遠い。

俺の庭園となる惑星。


500年ほど経過して傾向を理解した。

この人類は存外有能のようだ。

文明を停滞させる堕落的な享楽も、生産人口を大幅に減少させる大規模戦争も比較的起こさずに、小競り合い程度に留まっている。

余談だが、「良い鉄が釘にならないように、良い人は兵士にならない」に非常に近い意味の諺も存在した。

確実なのは、俺が担当してきた種族ではこの人類が知能が一番高いということだ。

1000年ほど経って、彼らは俺を認識可能な所まで近付いた。


次第に、ある野望が俺の中にふつふつと湧いて、心をその色で染めていく。

もし、このまま彼らを進ませたら何をもたらしてくれるだろう。

「猿のくせに。猿型だから駄目なんだよ。低脳な猿め。死ね」

数十万年前に、笑って甘受してきた罵詈雑は耳にへばりついて取れず、それを俺は常に反芻している。


幸い俺には、勲章で式典服の両面が埋め尽くされるほどの功績と信頼がある。

その上、この星は帝国中枢や艦隊司令部からも遠く、戦略的価値は皆無で、発見される可能性はかなり低い。

我に返った時には、俺はもう引き返せない所に居た。

自らの意思で彼らと接触し、持てる全てと推定される残り時間を教えた。

俺は神では無くなったが新たな母星を得た。


巨人の肩に乗って、彼らは進歩し続けた。

帝国が植民地を銀河広域に持つ以上、物量では敵わないのは明白だ。

彼らは100年かけて、俺ですら理解出来ない技術を開発しかけている。

このまま事が運べば、物理的に不可能とされた時間逆行を可能になる、と科学者から聞いた。

これで、まだ知能が低かった頃の奴らを爆撃して、この世界の構造を一変させる。

人類が、俺達が、1つの目標に向けて、進む。




見通しは甘かった。

野望に燃える我らの星を襲ったのは新開発されたステルス巡洋艦だった。

圧倒的な火力による砲撃は大都市を灰燼に変えて、全ての営みを何も無かったかのようにする。

想定よりも早く、審判の日が来た。


幸運にも研究所は僻地にあったが、もう時間が無い。

唯一、帝国を知る俺は試作段階のタイムマシンに乗り込み、全てを変える旅に出る事になる。

スイッチを押す瞬間、俺が何故、爆発と共に出現したのか理解した。

押した瞬間に、衝撃。

全てを忘れるような爆発の中にいる。

そうやって俺は故郷を失ったんだったな。



俺には故郷が無い。





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