第6話  雨の中の出会い

 呼吸がすっかり荒くなってもう走れなくなってしまうと、胸に穴がぽっかりと空いてしまったような気分を味わいながら、傘も差さずに涙と感情を洗い流すように雨に濡れながら僕の住む市と隣の市との境界線となっている河川敷をトボトボと歩いた。


 川を眺めて思ったことをぼそっと呟く。


「飛び込めば楽になれるかな」


 今までも何度か死にたいと思ったことはあったが、今回は今までと違い不思議なことに死に対する恐怖など微塵もなかった。


 ふらふらとした足取りで河川敷から上がり川を横切るようにかかる橋に上がる。


 雨で増量して濁った色をしている川。


 最後に親不孝くらい謝るべきだったかもなと思いながら身を投げようと手すりの上に立つ。


 ごめんと誰にも届かない、誰に言いたかったのかも分からない言葉を呟き、足を踏み出そうとした瞬間、突然僕の腕が掴まれ後ろに倒れ込むように橋の上に引き戻される。


 急なことだったので対応できずコンクリートに尻を打ち付けてしまい、思わず呻き声を漏らす。


「上手く受け止められなくてごめんなさい……それで何をしているんですか? 桜木くん」


 突然現れた僕のことを知っているらしき人物の声に恐る恐る僕が目を開けると、目の前には僕のことを押し倒すように僕に跨っている、どことなく詩音と同じような雰囲気を纏っている少女がいた。


「詩音……?」


 詩音と同じなのは雰囲気と肩まで伸ばした黒い髪、あくまでも似ているだけで別人であることは分かっているのに彼女の名前が僕の口からは出てしまった。


 彼女はその名前を聞くと一瞬微笑んだ。そして僕を止めるために放り出したのであろう傘を拾い上げて、僕の上に差し雨に濡れないようにしてきた。


「死なないでください」

「……えっ?」

「あなたが死んだら悲しむ人もいるんですよ」

「なんで初対面でいきなりそんなことを……?」


 僕がそう言った途端、彼女は少し寂しそうな顔をした。


「そうですよね……、覚えてませんよね……」


 僕には聞こえないほどの声で呟くとまた微笑んで言った。


「私には見えるんです。あなたのことを大切に思っている人がいるっていうことが」

「……」


 少しオカルトじみたことを言われて、呆気にとられて何も言えなくなってしまった僕の手を彼女はそっと掴んできた。温かくて柔らかくて何処かで掴んだことのあるような手だった。


「冷たい……。服も濡れてしまっていますし取り敢えずこのままだと風邪を引いてしまうと思うので私の家に来ませんか?」

「えっ? ……いや別に気にしないでもらって大じょ」

「家はここから近いので大丈夫です。付いてきてください」


 彼女は強引に僕のことを引っ張ってきた。


「あの……本当に」

「歩けませんか? それならおんぶをしますが……?」

「いえ、大丈夫です……くしゅん」

「……」



 結局、僕は名前も知らない女子の家に上がり、お風呂まで入れさせてもらった。


「あのお風呂暖かかったです。ありがとうございました……。それと服も……」

「いえ、来客者用のシャツのサイズとちょうど合ってて良かったです」


 お茶です。牛乳じゃなくてすみませんと手渡されたコップを恐縮しながら受け取る。


「あの本当にありがとうございます。……そのすみません。今更ではあるんですがお名前を伺っても」

「一ノ瀬……いえ、こっちの方が分かりやすいですよね? ……高崎たかさき茅羽耶ちはやです」


 僕の口からは思いもしない名前が出てきたことに、きょとんとした一言だけしか出てこなかった。


「えっ……?」

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