第6話 さすがは恋愛百戦錬磨の青山さんね!

 学内の食堂。

 

 メニュー価格が少し安いことを除けば、これと言って特徴はない。

 とはいえ、安くて簡単に食いに来れることことが1番の学生にとっては結局1番人気だ。


 まぁ、今は2限の真っ最中だから人は全くと言っていいほどいないが––––


「……なんでお前はまだいんの?」


 俺は、テーブルを挟んだ正面に、食券を片手に座っている青山に目を向ける。


「今後の作戦も考えたいしね! それとも、他の人と約束してた?」


「……してねぇけどよ」


「やっぱり? 薄々思ってたけど、倉本くんってぼっちだよね」


「ぼっちじゃねぇよ!! 調子のんな!!」


 俺が協力(強制)すると決まった途端これだ。あぁ……辛い。


「あ、呼ばれた。行って来るね」


「あぁ、席変えて待っとくよ」


「それ、待ってないよね? ちゃんとここにいてね?」


 立ち上がる青山を見送り、俺は後悔の渦に飲まれる。


 なぜ……こんな厄介ごとに巻き込まれたんだ……!!



◆◇◆◇



「結局、ラーメンが1番安定だと思うんだよね」


「でもしょうゆなんだよなぁ……俺は味噌がいい」


「あ、それは分かるかも。私はしょうゆでも美味しいけど、味噌は定番なんだからあっても良いと思う」


「だよなぁ。あ、ちなみに俺はカレー推し」


「コスパ最強だもんね。私もよく食べるよ」


「へー……なんか意外……って待て待て」


 福神漬けを載せたスプーンを皿に置き、不思議そうに見つめる青山を見る。


「なんで普通にランチタイム楽しんじゃってんの?」


「普通じゃない楽しみ方の方がよかった?」


「何でそこに反応してんだよ。そうじゃねぇよ」


 青山は、理解したように手を叩くが……


「大丈夫だよ。私、友達はみんな2限あるし、もともとこの時間は暇だったから」


「お前の予定を気にして言ったんじゃねぇよ……!! 俺の予定を気にしろって言ってんだよ……!!」


「何か予定あるの?」


「……」


「だよね!」


「まだ何も言ってねぇよ!!」


 ぺかーっ! と笑顔を見せる青山にツッコむが、もうラーメンに夢中になっていた。


「あのー……すみません」


 青山を憎らしい目で見ていると、そんな声が聞こえた。

 無駄な音のない、透き通るような声。どちらかと言うとかわいい系な青山の声とは対照的に、綺麗な声だと思った。


 だがそれは、俺に向けられたものではない。


「はいっ、なんですか?」


 青山は、驚いたように顔をあげた。


「失礼ですが、青山暦さんですか? 私、法学部一年の及川およかわさよりといいます」


 及川……さっきまで食堂に学生はいなかったから、俺たちが食べている間に来たのか?


「あ、青山です。法学部ってことは、一緒だね。学年も同じだ」


 及川は、声だけでなく仕草や話し方も綺麗だった。

 心なしか、青山も圧倒されているように見える。


「よかった……実は、ずっとお話ししたいと思っていたの」


 及川は、安心したように胸を撫で下ろし、青山に目をやる。


「いつもはお友達といるから、なかなか話しかけられなくて……突然ごめんなさいね」


「全然いいよ! 今は、倉本くんしかいないしね!」


 グーッ! とにこやかに親指を立てる青山。


 俺の扱いが雑ではないか? まぁ、別に構わないが……


「彼氏さんも突然ごめんなさいね。せっかくの青山さんとのランチタイムに……」


 俺は構わないと首を振る。でも彼氏じゃねぇからな。誤解されるのはごめんだ。


 俺のそんな気持ちを察したのか、青山は訂正しようとするが––––


「……でも、さすが青山さんね。彼氏さん、とてもかっこいいと思うわ」


「え? そ、そうかな? あ、でも––––」


 青山の声を遮るように、及川はテンションをひとつ上げた。


「さすがは恋愛百戦錬磨の青山さんね!」


 おっと、今日は異国の言葉を聞く機会が多いな。


 お淑やかそうな及川だが、突然妙なことを口にした。


「実は私、恋愛のことで悩んでいて……絶対、青山さんに相談しようって決めてたの!」


 目を輝かせて喜ぶ及川が眩しく見えるのは、横の残念女が薄暗い顔をしているからだろうか。


 しかし、なるほど……世間ではそう言う認識になっているのか。これは楽しくなってきた……!!


 頬が緩むのを抑えるので精一杯だぜ。


「彼氏さんも鼻が高いでしょう? 青山さん、恋愛には負けなしで引く手数多なのよ?」


「へーー、それはそれは……まぁ、青山レベルだと当然かもな。選び放題で、恋愛に悩むなんてことないだろうなぁ?」


 俺に向けられた及川の言葉に、笑みを隠さずにはいられない。


 及川は不思議そうだが、絶望にしがみつかれているかのような青山の顔を見ると、自然と箸が進む。


「青山さんから告白することなんてなかったと思うけれど、きっと告白していたらどんな男の方でも籠絡できたのでしょうね!」


「はっはっは、俺もそう思うよ。まさか、断られるなんてことは万に一つもないだろうな」


 あぁ! うまい!! カレーがうまいっ!!


 310円なのに、老舗の有名店のような味わいだ!! 


 「あの……」とか、「その……」とか言って口をまごつかせる青山の、色を失った顔を見て、俺は箸を進める。


「それで、青山さん」


「は、はいっ!!」


 おいおい、声が裏返ってるぜ? 百戦錬磨の青山さん。


「初対面で図々しいとは思うのだけど、私の相談に乗ってはくれないかしら……?」


「え〜っとぉ……」


 言い淀む青山に、及川の追撃が浴びせられる。


「青山さんしか頼れる人がいないの!! お願いよ!!」


 青山の手を握り、気迫のこもったお願いをする及川。


 青山を一心に見つめる、真剣な眼差し。寄せられる大きな期待––––


 青山が、この猛攻に耐えられるわけもなかった。


「ま、任せてよ!! 恋愛経験なら、豊富だからさ!!」


 体を震わせながら、なんとか親指を立てる青山。

 いやー、楽しい。俺を巻き込んだ青山が、厄介ごとに巻き込まれる姿といったら壮観だ。たまらん。


「それから––––」


 青山がなにか言いかけているが、全くと言って良いほど耳に入ってこない。


 さっきの今で、こんな仕返しができたことへの満足感がすごい。

 これで青山も、断れないと言うことの怖さを思い知っただろう。はっはっは、いやー、満足だ。


「彼氏も協力させるから!!」


 はっはっはっ––––は?


 待て待て。今何つったこの女? いや、分かってる。彼氏––––つまり俺に、この厄介そうな恋愛ごとに協力させると言ったんだな? 


 よし、理解した。この女は身体中に「私は28回フラれました! しかもビッチです!」と書いたダンボールを巻き付けて講堂を走らせてやろう。絶対にだ。


「本当に!? すごく心強いわ!! ありがとう彼氏さん!」


 突如として、俺に向けられた矛先。


 青山にしたのと同じように、俺を一心に見つめる瞳に、寄せられる大きな期待––––


 あぁ、これが青山の見ていた景色か。これは……


「––––ま、任せろよ。どんな悩みか知らんが、しっかり解決してやるよ」


 断れるわけが、ねぇ……


 あぁ……そうだ。自分の嫌なことは、人にするもんじゃないんだよな––––


 ……でも、今思いついた計画は実行しよう。人に優しくして飯が食えるかってんだクソがぁぁぁぁ!!!!





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