第4話 秘書エリス


シバは全く気づいていなかったが、入口近くに設置された申し訳程度の接遇ブースに、知らない集団がいた。

数人のスーツの男たちと、その中心に白く滑らかなドレスを着こなす女性が、一輪挿しの花のように凛と立っている。


シバはその声色にピンときた。昨夜、壇上でリュウレンを呼んでいた人だ。


「リュウレンさんの秘書さんたちです。連絡がついたので来てもらいました」


アンナがシバに向けて説明する。


彼女は、殺伐とした警察署に不釣り合いな人種だった。


背は平均身長のシバよりも高く、街ゆく人が目を疑うようなプロポーションを誇っている。長く伸ばされた金髪もケアが行き届いており、まるで発光しているかのようだ。

若々しい肌にはハリがあり、そのくせ年齢不相応な品と高級感が全身を飾っていた。


あらゆる遺伝子の宝くじに当選した、いわば、一級品の人類。

天空層に住むお金持ちのおじさんが傍に侍らせているタイプだ、とシバはその姿をぼうっと眺めながら思った。


秘書の女性は、気炎を吐くようにパジーを責めた。


「先生は、この国はおろか世界まで見据えているお人なのですし。汚職などしておりません。ましてや誘拐が自業自得など聞き捨てなりませんし。お謝りください!」

「あー……え?はい、ごめんなさい」


謝りはしたが、パジーの目は彼女の豊かな胸部のみに注がれている。


「では、知っていることをお話いただけませんか、ミリア・エリスさん?アナタに心当たりがあるのなら、捜査もすぐに進むのですが」


物腰柔らかではあるが、アンナの鋭い眼光は彼女の隠し事を確信しているようだった。


しかし、エリスはぷいと顔を背けた。


「……警察は信用できませんし。犯人とグルかもしれないですし」

「それなら、この部屋に来た時点で殺されてるかも?」ウカが切り傷の血を眺めながら、うっとり夢見るように言った。「もしくは拷問?」

「はっ、確かに……!」

「気づくの遅すぎだろ……」


パジーが呆れた様子で言った。


「あ、あえて来たんですし?挑戦心ですし。こんな不毛なやり取りしてる暇があったらうちの先生を助けに出たらどうなんですか!」


エリスが言うと、後ろにいたスーツの秘書たちがやんやとヤジを飛ばした。


「そうだ、早く解決しろ!」

「こっちは高い税金を納めてやってんだ!」

「誠に遺憾だぞコラ!」

「チッ、あの親にしてこの子ありってか?」


パジーが貧乏ゆすりしながら舌打ちすると、エリスが目を見開いて言った。


「え、鳥が喋ってますし⁉」

「遅ぇだろ!」


傍で始まった喧騒の中、シバは全く別のことを思い出そうと集中していた。


何か、最後に手がかりがあったはずだ。

気を失う前に手に入れた……


「……そうだ!本職、声を聞きました!犯人の声!」


シバは手を上げて興奮気味に叫んだ。

これは大ヒントに違いない……!

同じ声を追えばいいのだから!


が、室内ではシバの予想していた反応は返ってこなかった。


「声、か……」


アンナが腕を組んで言った。


「うーん、あんまり期待しない方がいいかも。直接の証拠にはならないですし」

「声じゃ似顔絵も描けないしなぁ」


パジーも同意する。


「ちなみにどんな声だったの?」


ウカが隣で首を傾げた。


「男性の声でした。高さは、普通。老けてはいなかったので、二十代から四十代……いや、十代から五十代……」

「さすがに漠然としすぎだろお前」


ダズが眉を寄せる。


「だって、声って表現できないですよ。パジーのご両親の声、本職に伝えられますか?」

「俺の親?あー……」


彼はしばらく思い出すようにしてから小声で言った。


「……普通の声だよ」

「ほらぁ」

「そのムカつく顔やめろ!」

「確かに声を伝えるって難しいね。うちの親もどんな声だっけ。忙しくて帰ってないから……」


ウカが物思いに耽る。


「そういや最近、お袋の顔見てないな……」


パジーも寂しげに呟く。


しんと静まり返った捜査部屋に、アンナが叩く手の音が響いた。


「みんな、郷愁に浸る時間はないですよ。被害者救出が遅れるほど、危害が及ぶ可能性が上がるんですから」


そのとき、部屋のどこかから、くぐもった電子音が鳴り始めた。


――――――――――――――――――――


次話、たいへんなことになります。




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