第3話 イズミ署刑事部特務二課の事情

目が覚めると、そこは見慣れたオフィスだった。


イズミ署の特務二課用部屋。


昔は刑事でいっぱいだったらしいただっぴろい空間には、書類やら証拠品やらが雑に積み上げられ、安いコーヒーの匂いが充満している。

その中の一隅に取り付けられた大きなボードに向かって、見慣れた同僚たちが並んで座っていた。


これもいつもの光景だ。たった四人で構成される特務二課は、その壁を会議室としていた。

普段と違うのは、シバ自身が簡易ベッドに寝かされていることだけだ。


シバがむくりと体を起こす。服は警備中のものから変わっていないようだ。


ボードの前に一人立っていた女性が、シバが起きたことに気づいて微笑みかけた。顔にかかった長い髪を払い、彼女の切長の目がさらに薄くなる。


「あぁ、起きましたね」


その声に同僚の先輩二人も振り向いた。

宴会場でシバの肩に止まっていた鳥も、今は一丁前に特注の椅子に座っている。


シバがベッドから這い出て寄っていくと、ボード前の女性、二課長のアンナが苦笑いしてみせた。


「ごめんなさいね、本当はまだ病院に置いておくべきなんだけど、ただ寝てるだけってお医者さんが言うから運んできちゃったの。人手も時間も足りなくって」

「大丈夫です、今すぐ動けます」

 自分の椅子を引っ張ってきて座りながらシバが答える。


「物分かりが良くて助かります。じゃあ、公務災害も申請しないでね」

「了解」

「すんなタコ」


横に座る鳥、パジーに翼で叩かれる。

刑事としてシバより先輩のパジーは、元ヤンキーで手癖が悪かった。


「で、今は何時ですか?どこまでわかったんですか?本職の役割は?」


シバが鼻息荒く前のめりに聞く。


「ステイですよ、シバ君。みんなが夜通し調べたことの報告をしてるところだから。今は朝の七時」


アンナが前に座るもうひとりの女性に促した。


「ウカ、続きを」


シバの指導係で、特務二課の在籍年数がアンナに続いて長い先輩のウカは、常に怪我をしていることで署内でも有名な人物だった。今日も、先週の現場で作った怪我により、右の手足に厚く包帯を巻いている。


彼女は、包帯のせいで袖の通らないカーディガンを肩にかけ直し、手帳を読み上げた。


「被害者のリュウレンさんは強引な政治手腕で知られていて、周囲の評判が悪かったようです。資産家ですので金にまつわるいざこざも多く、汚職の疑いもあるようです。最近の彼の不審さを証言する方も大勢いました」

「経歴から犯人絞ろうとしたら、百人単位で容疑者になりそう」


 アンナがため息をつく。


「有益なネタを手に入れられなくてすいません!反省します!」


唐突にウカは懐から果物ナイフを取り出すと、誰が止める間も無く、腕の包帯のない箇所にサッと滑らせた。


「ッ……ハァン♡痛キモチイイ♡」


彼女は痛みと快感に身を捩って悶えた。切れ離れた肉の間からは真っ赤な血がツゥと流れ落ち、床に垂れている。


彼女は度を越したM体質だった。

警察官としては申し分ないが、一般人としては欠けているものが多すぎる。


「ウカ、押収したナイフで自傷しない。いつも言ってますよね」


 アンナが呆れたように言う。


「はっ……!すいません課長!もう一度反省します!」


彼女がハァハァ喘ぎながら再び自傷しようとするのを、アンナが慣れた調子でナイフを取り上げて止めた。


パジーはその様子を気にも止めず、背もたれに寄りかかりながら笑った。


「だから言ってるでしょ、あの男はクソ野郎なんですよ。年貢の納め時が来たってことです」

「うーん……」

「自業自得っすよ」

「そんなことはありませんですし!」


唐突に響いた女性の金切り声に、シバは驚いて振り返った。



――――――――――――――――――――


次話、金髪えっちプロポーションおばけが登場します。





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