第41話 好都合


メルクはおろか、ナイラさえも固まり、驚愕の視線を彼に注いでいた。


「お前、なんで立ってられるんだ……⁉」


メルクが目を見開いて叫んだ。


「なんでって、二足歩行なので……」

「おかしい!おかしいぞ!ハコガラに吸われて平気な生物などいないはずだ!もう一度やれ、ハコガラ!」


彼が叫ぶと、天井からは返事の代わりに音が鳴った。


「ゲップ……」

「この少食さんめが!」


メルクは凄まじい顔で地団駄を踏んだ。


「シバ、あなた大丈夫なの……?」ナイラが心配する。

「え……?はい。いつもの感じですけど」


「おかしい!そもそもお前、スタンプカード七十枚も貯めてたのになんで元気なんだ!とっくに起き上がれない体になってるべきだろ!」

「本職、生命力だけは自信がありますから!全部吸ったらお腹破裂しちゃいますよ?」

「はぁ⁉」


シバとメルクが言い合っている背後で、ナイラは口元に手をやり、思案顔をした。


「破裂……そういえば、どうして地上なのに……」

「どうしました?」


シバが振り向く。


「いや、なんか……」


そのとき、メルクの苛立った声が、大聖堂に響き渡った。


「どいつもこいつも役に立たないな!この世はクソばっかりだ!」


彼は天井に向かって再び厳命した。


「ハコガラ!お前の溜め込んでるもの、俺によこせ!」


すると、今まで透明だったハコガラが、ゆっくりと変色し、姿を表し始めた。


触手と同じように赤黒い軟体が、天井を完全に覆っている。

目鼻や顔など、生物的な器官は見えず、ただ、赤い波がグロテスクに蠢いている。

まるで深海に潜む化け物だ。


シバとナイラが仰ぎ見ていると、血のように赤い触手がメルクの頭上に垂れていき、メルクはその中に沈んでしまった。

天井からの脈動が、触手を流れ、地上へと繋がっていく。


そして、数秒ののちに触手が霧散していくと、そこにいたはずのメルクの姿はなく、代わりに立っていたのは、筋肉の塊のような巨体の持ち主だった。


全身から湯気を立てて、体に合わない服があちこち裂けている。


「……驚いたか?これこそがハコガラの本領だ」


巨体から、重苦しく深い声が響いた。


「吸った命を他の人間に分け与える力……」


その言葉がシバが聞き取った刹那に、巨体がシバの前まで近づいていた。


「うわっ!」


慌ててガードした腕を越えて、衝撃が伝わってくる。シバの体はかろうじて倒れなかったものの、後ろに数メートル吹き飛ばされた。


「ぐぅ、重たっ……」

「ハハ、どうだ?これが、病人を生き返らせ、お前たちが奇跡と呼んでいた力だ。健常者に使えば、肉体の強化もできる。世界でも俺しか知らない用法だが」

「誰ですかあなた⁉」


シバが叫ぶ。一瞬、理解するための時間が流れた。


「……いや、メルクだよ!流れで分かるだろ!」

「えっ!」シバは意外そうに目を丸くした。「……随分着痩せするんですね」

「そんな訳が……」


メルクは目を剥いて吠えそうになっていたが、呆れて口を閉じた。


「クソ、バカにしてるのか、本物のバカなのか……。まぁどっちでもいい。教団を壊した落とし前、つけてもらうぞ……」


彼の肉体は、怒りに呼応するように一層膨れ上がり、シバの本能は危険を察知した。


「ナイラ!先に逃げてくださ……い?」


シバが振り向いて叫んだが、そこには既にナイラの姿はなかった。

メルクの野太い笑い声が反響した。


「ハハ、女の方が賢いな。格上相手には仲間を見捨てて逃げるのが正解だ」

「ナイラとは元々そういう約束ですから。それに」


シバは手首を振ってから、戦闘体制をとった。


「後ろを気にしないでいいのは、本職にとっては好都合です」



――――――――――――――――――――


次話、ついにバトル開始です。





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