第37話 凶暴な生き物


振り返ると、森の奥から人々の集団がこちらに歩いて来ていた。

木陰に姿を現したのは、リュウレンの秘書、エリスだった。その後ろには他の秘書たちも並んでいる。


「ようやく敵の正体がわかったようですね」


エリスが甘い笑顔を見せて言う。


「であれば、車を貸して差し上げることもやぶさかではないですし」

「お前ら!なんでこんなところに……!」


パジーが驚く。


「誰?」


ナイラがシバに尋ねた。


「あ、ナイラは初対面ですね。誘拐された議員さんの秘書さんたちです」

「気づかないなんて刑事失格ですね。ずっとこの子が教えてくれていたのですし」


エリスがシバを指差す。

シバは目をぱちくりと瞬かせた。


「え、本職ですか?」

「シバ⁉お前内通してたのか⁉」


パジーが驚愕しながら叫んだ。


「ふふ、違いますよ。彼のことではありませんし」


彼女はシバの背中に回ると、何かを摘んだ。そして手を差し出す。

覗き込むと、小さな生物がこちらを見上げていた。


「あー、盗聴虫か……。これは確かに刑事失格だな」


パジーが呻いた。


「また知らない生き物」


ナイラが不思議そうにそれを眺める。


「知らないんですし?これは周囲の音をつがいを介して離れた場所に伝えることができる便利な生き物ですし」


得意になってエリスが自慢し出した。


「特に長距離の盗聴が可能なこの種は大変希少で、天空層でも持っている方は殆どいない一級品なんですし」

「いつ本職の背中に仕込んだんですか⁉」

「署で抱きつかれたときに決まってんだろ。くだらねぇことしやがって……」


パジーがぼやくと、エリスの目が鋭く光った。


「ノンノン、これは予防線のひとつですし」

「予防線だぁ?」

「えぇ。ワタクシたちだけでは解決できない場合に備えての予防線ですし。あなたたちの会話にハコガラ教と繋がっている要素がなければ、手を結ぶ際のリスクも下がりますから。他にも様々な可能性を考慮し、予防線を張っていたのですし」


彼女は胸を張って自分の手際を自慢した。


「……へぇ。意外と頭使うんだな。てっきりお色気愛人枠かと思ってた」

「失敬な!ワタクシは先生の正式な後継者ですし!拾っていただいて早十数年、沢山の修羅場を一緒に乗り越え、親子以上の絆を――」

「わかった!悪かったから耳元で叫ぶな」


パジーが間近に迫ってきたエリスを押し退けながら言った。


「しかしよぉ。全部聞いてたんなら、もっと早く来てくれてもよかっただろ。そんなに怪しい会話もしてなかったはずだが」

「よりにもよってハコガラ教本部に行った方の言うセリフですか?敵の本拠地に行って意気投合して帰るなんて怪しむに決まってますし」

「あぁ、確かにそりゃ……」

「私たちに話に来たってことは、自分たちでの解決を諦めたってこと?場所は分かってたんだよね?」


ナイラが横から尋ねる。


「ええ。先生が大聖堂にいらっしゃることは、予想がついていました。しかし、だからこそ、ワタクシたちは攻め込めなかった……。彼らは凶暴な生き物を飼っているのですし」


エリスが悔しげに言った。


「地上の生物から生命力を吸って生きる、摩訶不思議な生物です。その生き物の名は、ハコガラ」

「え、それって……」


シバが絶句する。

エリスは頷いて言った。


「ええ、あの教団の信仰対象は、神でも何でもない。ただの生き物ですし」



――――――――――――――――――――


次話、ハコガラ教の仕組みが明かされます。





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