第35話 黒幕


「二人とも、やっぱりいつもと雰囲気違いません?ねぇ?」


と言うシバを無視して走り続け、小屋からずっと離れた森の中に紛れてから、パジーはシバを翼でぶっ叩いた。


「うるせぇよバカタレ!バレちまうだろ!」

「バレるって何がですか?」

「シバ、私たちは作戦を立てたの」


ナイラが息を切らした運転手に手を貸しながら言う。


「作戦?」

「うん。尻尾を出させるために油断させようと思って。どんな人でも、自分の計画した通りに物事が進んだら、嬉しくなっちゃうでしょう?特に緻密に計画を立てるタイプなら、嬉しくてすぐに上に報告したくなる。それを私が盗み聞きするって作戦」


シバは納得したように手を叩いた。


「だからパジーがガラにもないこと言ったんですね」

「おい。俺はスレてるだけで、別に刑事魂がないわけじゃないぞ」


彼女はフードを外すと、三人に向けて言った。


「これから二十分間、一切音を立てないで。ここから私が、小屋の音を聞き続ける」

「そんなに長くか?大丈夫かよ、限界は三分って昨日言ってたろ」

「それは街中での話。これだけ静かな場所なら平気」


そう言って、ナイラが二人から離れた場所へ行こうとするのを、シバが引き止めた。


「あの、その前にひとついいですか?」

「うん?」

「ナイラ、探偵とかやってみたらどうですか?」

「え……?何の話?」

「捜査が終わった後の話です。絶対合ってますよ!」

「本当に急に何を……」


ナイラはパジーに助けを求める視線を投げたが、


「あぁ、いいかもな。耳もあるし、頭も切れるし」


パジーは止めるどころか、隣で賛同していた。


「考えたこともなかったけど……それって、喜ばれる?」


ナイラがおずおずと上目遣いに聞いた。


「?」

「その、今度の仕事はなんか、人の役に立てる方がいいなって……。生きててもいいんだって自分で思えるような……人を苦しめるんじゃなく……」


ナイラが躊躇いがちに呟くのを聞きながら、二人は顔を見合わせた。


シバは拳を握って答えた。


「勿論です!ナイラなら、沢山の人の役に立ちますよ!」


「俺らが言うのも何だが、今は警察が動けねぇ事件が腐るほどあるからな」


パジーがニヤッと笑ってみせる。


「お前が探偵やれば、救われる客も大勢出てくるよ」


「そっか……」


彼女はしばらく思索すると、ゆっくりと微笑んだ。


「うん、考えてみるよ」


その笑みは、初めて花を咲かせた苗のように無垢で柔らかだった。



   ◇



ヘッドホンを外す。

揺れる髪をかき分ける。

瞑目し、じっと音に集中し始める。

ナイラの一連の動作を、シバ、パジー、タクシーの運転手は遠く離れたところで固唾を飲んで見守っていた。


その姿の静謐さに、わずかに身動きすることさえ躊躇われる。

実際、衣擦れの音すら、彼女は聞き取ってしまうのだろう。

ましてや咳込みなどしたら、彼女の精密機器のような耳は、一発でお釈迦になってしまうかも知れない。


そう考えていると、困ったことに、シバの鼻はムズムズし始め、くしゃみの気配が襲い掛かってきた。

迫り上がり、鼻の奥に溜まってくるゾワゾワした感覚を、止めようと意識すればするほど、こそばゆく感じてしまう……


だからと言って、今からヘッドホンつけてと言うわけにもいかない。

もしそのタイミングでマヤが話し始めたら、すべては水の泡なのだ。


パジーとタクシーの運転手が、中途半端に鼻を上げたシバに気づき、無言で慌てふためき出した。

焦ったパジーに翼で口を抑えられるが、羽毛のくすぐったさのせいで、逆にムズムズがピークに達していく。


まずい……。もう溢れ出てしまう……


限界だ……!


その寸前、ナイラがホッと息をついてヘッドホンをつけた。


「ヘーックシュン!」


ナイラが驚いた顔をして遠くのシバを見やった。


「あ、危なかった……」鼻を啜りながらシバが安堵する。

「お前は本当によぉ……」


 パジーが呆れた目をシバに向けてから、帰ってくるナイラに尋ねた。


「どうだった。喋ってたか?」

「うん。案の定、上に成果を報告してたよ」

「うし!で、どこのどいつが黒幕なんだ?」


パジーが前のめりに聞くと、ナイラが一瞬躊躇したように口を閉ざした。


「……?どうした?」

「いや……」


そして、シバに同情するような視線を向けてからナイラは告げた。


「黒幕は……ハコガラ教」





― 第3章 追尋 おわり —



🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸 🔸


 第3章までご覧いただき、ありがとうございます!


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 第4章、ついに敵と対面します! やったね!

 引き続きお楽しみいただければと思います。


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