第22話 犯人がいる!


シバが間髪入れずに振り向いた。

騒音に包まれる中で、胸の内側では心臓が暴れまわっている。


今、あの声がした!

犯人だ!


現場で聞いた記憶を何度も脳内で反芻していたので、シバには絶対の確信があった。


聞き間違いじゃない……!


「どうしたシバ。今度は何がいなくなった?」


パジーが面倒臭そうに振り向くと、シバは血相を変えて言った。


「犯人です!今、犯人の声がした!」

「はぁ⁉今⁉どいつだ、どんな奴だ⁉」

「わかりません!あなたですか⁉喋って!……違う、じゃああなた⁉」


シバが、手の届く範囲にいる一人一人を振り向かせては問いただす。

が、誰もがシバが初めて聞く声で狼狽えるだけだった。


パジーが肩からナイラの顔を覗き込んで言った。


「そうだ、ナイラ!不審な声聞こえなかったか⁉」

「本職に、楽しんでる?って言ったんです!」


しかし、ナイラは苦しそうに首を振った。


「ごめん、音が多すぎて聞けなかった……」

「クソ、タイミング悪ぃ……!」


パジーが悔しげに嘴を鳴らす。


「一体どの人が……」


シバが鬼気迫る形相で周りを見渡した。


目を凝らし、耳を研ぎ澄ませ、集中する……


すると、不意に視界の隅に、スルスルと人混みを抜けようとする怪しい影が掠めた。


「アッ――!待てッ!」


シバは影を追って群衆の中へ突っ込んでいった。


「おいシバ!勝手に出るな!ナイラはどっかで休んでろ!」


パジーがナイラの方から飛び上がりながら指示し、ナイラは頷いた。


「お願いします!警察です!道を開けてください!」


シバは必死になって叫んだが、音楽の虜と化している聴衆の耳には入っていない。

たった数十センチ距離が離れるだけで、どんな声も爆音の音楽と歓声にかき消されてしまう。


なんとか群衆を押し退け掻き分け進もうとするも、不規則に揺れ動く人間の背や肩が何度もぶつかる。まるで波間に漂流するかのように、シバは右に左に揺らされ、まともに進めなかった。


一方の怪しい影は、見る間に小さくなっていく。


このままでは見失ってしまう……


そのとき、パジーが人々の頭上を滑空してきて、シバに怒鳴った。


「追ってんのはどいつだ⁉」

「あれです!あれ!あの黒髪!」


背伸びして遠くの頭を指差す。

パジーがしばらくじっと目を細めてから叫んだ。


「全然分からん!とにかく上から怪しい奴いねぇか見てくるぞ!」

「お願いします!」


飛び去っていく先輩の背中に返事を投げ、シバも地上からの追走を再開する。

人の壁の狭い隙間を縫いながら、今や米粒のようになった影に向かって、シバは吼えた。


「待て!止まれ!……誰なんだお前は!」



   ◇



公園の時計が二十三時を指した。


音楽フェスは閉会し、人々は夢から覚めたように公園から四方へ散っていく。


満身創痍のシバとパジーも、ベンチに座るナイラの元へと戻ってきた。

二人は手ぶらだった。


「お疲れ様、二人とも」


迎えたナイラも少々グロッキー気味だ。


「結局見つかりませんでした……」


シバが意気消沈して言った。


「わかっちゃいたが、やっぱ声だけじゃ探しようもねぇよ。黙られたらおしまいだ」


半ば墜落するようにベンチに降り立ちながら、パジーが愚痴を吐いた。客に捕まってもみくちゃにでもされたのか、羽が乱れている。


「一応、私も変なこと言ってる人がいないか聞いてはみたの。犯人が喋れば、もしかしたらキャッチできるかもと思って」


そう言いながらも、彼女は疲れたようにため息をついた。


「でも、聞き取れたのは二人の声だけ。あとは、歓声とか音楽とかでしっちゃかめっちゃかだった……」

「そうですか。ありがとうございます」

「うん」頷きながら、ナイラはコテンとベンチに体を横たえた。「正直限界。静かな場所で休みたい……」


「よくやったよお前は。ナイラは帰って休んでてくれ。遅くまで付き合わせて悪かったな」

「本職たちは、署に戻って今日のこと報告します。ナイラのことも課長にちゃんと伝えますね!」

「うん、ありがと……」


シバとパジーが労うのを、彼女は微かに笑顔を見せて頷いた。


「しっかし、犯人はなんでわざわざ煽るような真似したんだ?危なすぎんだろ」パジーが翼を組む。「何が目的だ?それとも愉快犯か……?」

「その辺りも、アンナと相談しましょう。きっといいアイデアをくれます。では、本職がタクシー拾ってくるので、パジーは――」


と、シバが歩きかけたとき、彼の体はグラっとよろめいて、地面に膝をついてしまった。


「シバ⁉」


パジーが焦って叫ぶ。


「あれぇ?お、おかしいな……。めまいが……」

「そうだ、コイツも脳震盪やらかしてんだった……」


パジーは不覚という風に眉間を押さえて言った。


「シバ、ナイラ送ってお前も休め」

「いえ、そんなわけには――」

「明日動けなくなっても困るだろ。朝方にもう一度集合だ。場所と時間は署から連絡する。大人しく寝てろ」

「はい……」


座り込むシバの背中を翼でバンと叩くと、パジーは一同を励ますように快活に宣言した。


「おし、今日は一旦解散。また明日」



――――――――――――――――――――


次話、ナイラは基本全裸です。





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