第20話 ハコガラ様ラーメン、ハコガラ様唐揚げ、ハコガラ様カレー


緑の液体が蒸発したのを確認した三人は、メルクに案内され、次は本部内の食堂へと赴いた。


広い店内には、長テーブルがいくつも並んでいる。


司祭や遠方から礼拝しにきた信者が食事をするための場所だとメルクが説明したが、夜九時の閉店を前にして、利用客はほとんどいなかった。

 目につくのは、遅い夕食を取る司祭たちと、数少ない厨房の職員だけだ。


空腹も限界に近かった三人は、壁にかけられたメニューをかぶりつくように見た。

が、そこに貼られた写真を見て、一斉に口を閉ざした。


ハコガラ様ラーメン、ハコガラ様唐揚げ、ハコガラ様カレー……


教団の信仰対象の名前がつけられた料理の数々は、すべて緑一色だった。


「え……。これ、さっきまで私たちにかかってたやつ……?」


ナイラが青ざめながら聞いた。


「いや、よくみろ。バジルソースとかブロッコリーとか色々書いてある。一応食い物ではあるんだ」


三人は各々、食欲を消し去るカラーリングの品々から、なんとか食指の動くものを購入し、メルクたちのいる長机についた。

彼らの前にも、きちんと緑色の料理が並んでいた。メルクはラーメン、ハルネリアは緑色のソースがかかったムニエルの定食だ。


 創始者でさえそうなのであれば、司祭たちは皆文句も言わずこのグリーンを毎日食べているのだろう。


「いつもここで食べてるんですか?」


 シバが緑のカレールーを口に運びながら聞いた。ありがたいことに、味は普通のカレーだった。


「日によりけりですが、事務作業が多い場合は、ここか、執務室で済ませますね」


メルクが真緑のスープを掬いながら答える。


「質素な生活だな。ここ数年で一気に盛り上がった教団のトップだろう」


 パジーが茶化すと、メルクが疲れたような顔をして笑った。


「巷では、そう言われるようになりましたけれど。しかし、まだまだ。私の夢には程遠いです」

「なんだよ夢って。世界征服か?」

「ハハ、まさか。……でも、似た様なものかもしれませんね」


メルクが水を一口飲むと、神妙な顔をして言った。


「皆さんは、今の社会はおかしいと思いませんか?」

「おかしい?」


シバが聞き返す。


「ええ。富裕層が空を飛び、超国家的かつ超法規的な存在となってから、この地上は人の住む世界では無くなったと思うのです」


メルクの言葉に力がこもり始めた。机の上に置いた両手が強く握られ、彼は熱弁した。


「経済という仕組みの下では、ある程度の格差が生まれるのは仕方のないことです。しかし、金銭や資源、技術や教育機会などが文字通り我々の頭上でやり取りされ、格差を絶対的に固定化してしまうのは、許されるべきことではないのです。富の再分配が機能しなくなった社会は、誰かが是正しなければならない。ですが……」


 彼は悲しげに顔を顰めた。


「いくら言っても、空の住人たちも、その傀儡のような政治家たちも、誰も地上のことなどに興味はないようなのです。かける労力に対して儲けが薄い、というのが理由だそうで……。しかし、人の命とは損得で測って良いものでしょうか?彼らの過剰な天空至上主義の結果、地上の治安は悪化し、善良な人々は自警団や民間の警備会社などでなんとか身を守っているという時代になっています。これではまるで、地上だけ未開の時代に戻ったかのようではないですか!」


「その通りです!」


シバが元気に相槌を打つ。


「お前本当に意味分かったのか?」


パジーが胡散臭そうにシバを一瞥する。が、次にはメルクに向かって頷いてみせた。


「でもま、俺もそれは同意だな。今の世は救いようのねぇ事件が多すぎるよ」

「えぇ。しかし、そのような現状が目の前にあっても、結局私にできるのは祈ることだけ。無力を痛感する毎日です」


彼は自嘲気味に呟いた。


「でも、メルク様が祈ったら、ルルちゃんのなんとか症候群は直りましたよ!」


シバは元気づけようとしたが、メルクは苦笑いをした。


「ハコガラ様のお慈悲は、一時的な癒しをもたらします。しかし、その数ヶ月後には、皆さんはまた寝たきりになってしまうのです」

「そんな……。じゃあルルちゃんも……」


シバが絶句する。


「えぇ、恐らく」


彼は厳しい顔をして言った。


「私は、この流行り病も元を正せばハコガラ様の人類に対する罰だと考えています。ですから、私はハコガラ様の代理人として、この世界をどうにか変えたい。教えを説いて回り、世界を根本から変えたいのです」

「メルク様のお話、感動しました!」


シバが立ち上がってメルクの手をとった。


「本職もお手伝いします!一緒に世界を変えましょう!」

「……はい!!」


突然のことだった。

ハルネリアの尺が唸りをあげ、メルクの尻を襲った。

スパンッ――‼


「イッタイ――ッ!え、なんで⁉」

「あ、申し訳ありません……大声でつい右腕が反応してしまいました……」

「条件反射なんだ……」


ナイラがメルクとハルネリアのどちらにも同情の視線を寄せた。



――――――――――――――――――――


次話、犯人が登場します。





  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る