第19話 ハコガラ教本部


十数分後――


メルクが近くの教会から呼んだ黒塗りの飛行車で、三人はハコガラ教の総本山、中央本部へと向かった。

ヤマト家のある西区の草原から中央の街へ近づくにつれ、明かりと人通りが増えてくる。


しばらく乗っていると、中央区のランドマークにもなっている、荘厳な石造りの建物が三人の前に姿を現した。


ハコガラ教徒にとっての聖地、中央大聖堂だ。


その隣の無骨なビルであるハコガラ教本部の前で、メルクが待っていた。

飛行車から降りてきた三人に向かって、メルクは大聖堂を指して行った。


「お食事の前に、お祈りしていきますか?」

「いや、俺らは……」


パジーが断ろうとするも、シバの方が速く、声が大きかった。


「はい!本職、今日の分やってないので!」

「では、行きましょうか」


メルクは柔和な笑みを浮かべると、大聖堂へ案内した。





ハルネリアが木製のドアの鍵を開ける。

すると、何枚もの美しいステンドグラスと、最奥の壇上に立っている大きな石像が三人を出迎えた。


大聖堂の中には、椅子がなかった。ただ数百人が収容できるようなただっ広い空間である。


シバはメルクと楽しそうに話しながら歩いている。


「スタンプカードが貯まってて、それを見てるのが楽しみなんです!」

「今はどのくらい貯まったんですか?」

「あと少しで七十枚です!」

「七十⁉――ッヌゥン!」


先頭を歩いていたハルネリアが振り向きざまに横尻を叩いた。


「イタタ……。七十枚なんて、信徒の皆さんの中では一番ではないですか?」

「そうなんですか?一日数回行ってたらすぐ溜まりますけど」


平然と言うシバに、メルクは感嘆していた。


「そうですか、いや、ご立派です。普通は、毎日続けるというのもなかなか難しいものなんですよ」


シバは褒められて非常に満足している様子だった。


「これがハコガラ様?」


ナイラが大聖堂の最奥に鎮座している立像を指差した。

ローブを頭から被った人間を模したその像は、見上げると首が痛くなるほど大きい。


「それは、ハコガラ様を模して彫られた石像です。祈る対象としていますが、ハコガラ様自身ではありません。なんと言っても、神様ですから。我々の目に見えるように現れる事はないのです」

「ふーん」


シバは慣れたように石像の前に赴くと、跪いて一心に祈り始めた。


「事件が早く解決しますように……」


初めは、その様子を和やかに見守ればよいと、パジーとナイラは思っていた。

が、シバの祈りに答えるかのように、天井からビタンと床に落ちてきた謎の物体を見て、二人は当事者にならざるを得なかった。


 それは、吸盤の無いタコの足のようなものだった。落ちてきたのは二つ。どちらも全体が真っ赤で人の身長を悠々と超えるほどの巨大さだ。


 よく見ると地を這う部分には口がパクパクと開いており、その様子はヒルのようでもあった。


「じゃあ、これがハコガラ様……?」


ナイラが引き攣った顔で指差して聞いた。


「いえ、これはハコガラ様が皆さまと接触するために用いられる使徒です」

「使徒……」

「昼のお祈り会とかは、使徒と人でこの部屋がいっぱいになるんですよ」


シバが跪いたままナイラたちに教えた。


「あぁ、そりゃ絶景だろうな」


パジーが心にもないことを言う。


「ねぇ、これ私たち狙ってない……?」

「狙うといいますか、触れ合おうとされてますね。光栄なことですよ」


メルクの言葉が終わるタイミングで使徒は大きく跳躍して、一匹はシバに、一匹はナイラとパジーに飛び掛かった。


「ウワーッ!」


パジーの悲鳴も含めて、二つの使徒は、三人をまるっと呑み込んでしまった。

しばらく、獲物を味わうようにウネウネと動き、彼らを容易には手放さない。


が、使徒は突如として実体を崩し、上部から空気中へ霧散していった。まったく、生物的な挙動ではない。


消えていく使徒の中から徐々にあらわになる三人は、粘性の高いスライムのような緑の液体に塗れていた。


「き、消えた……」


ナイラが呆然と呟いた。


「はぁ、整う……」


シバは満足げである。


「うわっ、何だこれ」パジーが自身にかかった液体に気づいて叫んだ。「ベトベトで気持ち悪ぃ」

「それは使徒が産生する潤滑油みたいなものですね」メルクが笑って教えた。「それも使徒と同じく、一分しない内に消えますから安心してください」


「初めては驚きですよね。慣れたら良さがわかってきますよ」


シバが頷きながら言う。


「先輩風吹かしてんじゃねぇよ!」

「ところで、使徒と触れ合ってみてどうですか?心地よい疲労感とサッパリとした感じがしませんか?」


メルクがナイラとパジーに尋ねた。


「どうかな。あんまり分かんないかも」ナイラが率直に呟く。

「お祈りすると、夜よく眠れるんですよ!」シバが立ち上がりながら興奮気味に言った。「これを『整う』っていうんですけど」


「整うどころか、もうドッと疲弊したわ。死んだと思った……」


パジーがヘロヘロと弱音を吐く中、ハルネリアがカツカツとヒールを鳴らして近づいて来ると、大聖堂前方を指差した。


「では、浄財を入れていただいて」


彼女の指は、石像の前にある寄付箱を示していた。


「金とんのかよ……」


パジーの突っ込みに元気はなかった。



――――――――――――――――――――


次話、シバの食欲も消し飛びます。





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