第16話 鳥の人


和やかな夕暮れの空気に、草木の穏やかな香りが漂う。


パジーは家の外で伝話鳥に今までの報告を覚えさせていた。

課長に話すていなのでパジーは敬語だし、伝話鳥は毎回神妙そうに頷いている。

傍から見れば、鳥が鳥に話しかける異様な光景だ。


「そういえば、ヤマトさんに聞くことあるんじゃないの」


ナイラがテーブルの上でギチョバチャと触れ合いながら何気なく言うと、シバが思い出した顔をした。


「あぁ、本題がありましたね」

「しょ、所得はきちんと申告してますよ!」


ヤマトが包丁を手に焦る。

彼は夕飯の準備をテキパキとこなしていた。


食事の匂いが、シバたちの空腹を苛む。

ナイラはともかく、シバとパジーに至っては昨日から何も口にしていない。


「いえ、そのような話ではなく。昨日の夜、この辺りで何か不審なものを見なかったですか?例えば、銀色の光が落ちてきたとか」


シバが何気なく尋ねると、ヤマトは絶句した。


「……見ました」

「え、本当ですか⁉」

「えぇ。昨日の夜、娘が見つけて……」


と言ってから、食事を乗せた盆を持って、ヤマトは小部屋に繋がる扉を申し訳なさそうに示した。


「すいません、娘にご飯食べさせながらでもいいですか?お腹空かせてると思うので」

「勿論です」


ヤマトの後に続いて、シバたちも小部屋へ入る。



   ◇



そこは、こじんまりとした部屋だった。


家具は、水色のベッドと小さなチェスト、椅子がひとつ。

装飾的なものは、床に置かれている大きなクマのぬいぐるみだけだ。


そんな質素な空間の中で、人形のように座っていたのは、パジャマ姿の幼い少女だった。


なぜだかその存在感は、ぬいぐるみよりも薄く儚く感じられた。


「誰?」

少女はシバたちを見て尋ねる。

「おまわりさんだよ」

「あ……」少女は無表情な顔に小さく諦めの色を浮かべた。「税金……」

「違う違う、少し聞きたいことがあるんだって」

「そっか。よかった」

「ナイラ、ヘッドホン貸してくれ……。仮にも警官にこの会話はスルーしきれない」

後からやってきたパジーは、苦悶の表情を浮かべて言った。


ルルという名の少女は、父親から渡された盆をベッドの上に置き、スプーンを手に食事を始めた。


器に盛られていたのは、ほとんどがペースト状だった。ゆっくりゆっくりと食べ進めていく……

が、しばらくすると少女の手からスプーンがポトッと転がり落ち、盆から床に落ちて高い音を立てた。


「……やっぱり持てないか」ヤマトが呟く。

「うん」


少女がどこか淡々と言う。まるで他人が落としたかのような関心のなさだ。

一部始終を見ていたパジーが暗い声色で言った。


「首を突っ込みすぎかもしれないが、ガンフェッツ症候群か……?」


ヤマトは、スプーンを拾いながら困ったように笑って答えた。


「えぇ、その通りです。一年前は健康そのものだったんですけど、急にかかりまして」

「ガンフェッツ症候群?」


シバが聞くと、パジーがつまらなさそうに答えた。


「最近流行ってる病気だよ。最初は倦怠感から始まって、徐々に力がなくなり、精神的にも無気力になっていく病。数年前から急に広がり始めて、今じゃ大量の患者がいる」

「原因は?」


ナイラが尋ねると、パジーが首を振る。


「わかってない。治療法もまだ見つかってないはずだ」

「そうなんだ」

「私も、突然のことにまだついていけず……。今はただ奇跡が起こるよう、ハコガラ様に祈る日々です」


彼の顔には重たい疲労が浮かんでいた。

暗い空気が殺風景な部屋に漂う。


ヤマトは自分からパッと切り替えた。


「そうだ、昨日のこと話さないと。ルルちゃん、昨日見つけた人のお話、できる?」


すると、少女の目が突然生気を取り戻した。


「ルルね、いつもベッドで、白龍いないかなってお空を見てるんだけどね……。そしたら、あっちの方から、銀色のお星様みたいのが落ちてきたの……」


彼女は窓の上方を指差し、その軌跡をなぞる。


「ヒューって飛んで、それで、あっちの方に落ちたの……。だからルル、パパにお星様が落ちたって言って、一緒に見に行ったら、鳥の人と普通のおじさんが落ちてたの」


三人は顔を見合わせた。

ドンピシャだ……!


「もう夜で医者も来ないですから、とにかく家に運ぼうと思って、一度この子を家に帰して戻ったんです。ですが、そのときには既にいませんでした」


ヤマトが付け足す。


「羽が生えた方は、どんな人でした?人相とか、見た感じの年齢などは」シバが聞く。

「いやぁ、うつ伏せでしたし一瞬だったので、ほとんど……。多分若かったかな、くらいです」

「なんでもいいんだ、何か他に思い出せることはないか?」


パジーが前のめりになって尋ねると、ヤマトは腕を組んで悩み始めた。


「うーん、他に……。あ、そうだ。今朝もう一度見に行ったら、これが落ちてました」


と、彼がチェストの上から摘み上げたのは、銀色に光る羽だった。

ホテルでカンジが持っていたのと同じだ。


「それ、頂いてもいいですか?証拠品になるかもしれないので」

「構いませんけど。……あの人たち、何かの事件の犯人なんですか?」

「まだハッキリとは。捜査中ですので」


シバは警察官として答えた。



――――――――――――――――――――


次話、イカれたコンビが登場します。





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