5th Dead 『エスコートは"破壊的"であれ』

 俺の名前は、北川ナガレ。


『セィヤアッ!』

『ヴエエエアアアアアア!?』

『ヴアアアアアアア!?』


 青白く光る光刃剣『プラズマ・ノダチ』を振り回し、市井を脅かす生ける屍どもを"刈る"ゾンビ怪人"死越者(エクシーデッド)"にして……


『ヴォエエアアア!』『グゴオオオオ!』『ウッボロブウウ!』

「いやあああああああ!? また来たああああ!?」

『どリィやアッ!』

『ヴァエエエエエ!?』『ブゴエアッ!?』『ヴィイエエゲギイイ!?』

「と思ったらすぐ死んだああああああ!? なにこれぇぇぇぇえええ!?」

『おい姉ちゃんしっかりしろ! 早く逃げんぞっ!』

「えっ!? ちょっと待って、貴方一体っ!?」

『話はあとだ! 今はこの場からズラかんぞっ!』


 再びゾンビどもに追い回されていた悪役令嬢っぽい謎の女を渾身の力技でもって今まさに助け出した、"元"普通のサラリーマンだ。


(ったく、結構遠ざかっちまったなぁ~……どうしたもんか)


 女を連れて木々の隙間を走りつつ、俺は頭を抱え込む。

 気絶してる間に劣等ゾンビども――より厳密には屍人コープスと呼ぶ――をあらかた刈り滅ぼしてから意識が戻った所で姉ちゃんをより安全な場所へ運んだり仲間への護送を頼んだりしつつ話を聞く算段だったってのに、姉ちゃんが予想外に早く目覚めたばかりか勝手に囲いの外へ飛び出してはあちこち逃げ回っちまったもんだから全部が水泡パアだ。

 ……と、いけねえいけねえ。他責思考に陥っちゃダメだ。特に問題が起こったのを"敵じゃねえ相手"の所為にするなど愚の骨頂。まずはてめえのガバを自覚して反省するところから始めなきゃな。


『よう姉ちゃん、くれぐれも俺からはぐれンなよ。

 今はなるべく奴らの群れを迂回してるが、何があるかわからねえからな』

「え? ええ。わ、わかりましたわっ」

『疲れてねえか? 細身だってのにそんな重たそうなもん身に着けてたら走り辛そうに見えるが』

「ハん、見くびらないで下さいまし? 私こう見えても運動は得意な方ですのよ」

『本音は?』

「……全然問題ないと言えば嘘になりますわね」

『そうかい。じゃあ無理して地面に足つけてる必要性もねえわな。

 ヒールそんなんじゃ走り辛えだろうし、ィよっ』

「ちょっ、とわああっ!?」


 次なる安全地帯を探しつつ、俺は姉ちゃんを横向きに抱き上げる。

 これが両手なら所謂"お姫様抱っこ"ってヤツにもなったろうが、現状俺は戦いながら移動する必要があるんで片手で抱いてる。


「ちょっ、ちょっと貴方ぁ!? これは一体どういうことですの!?」

『どういうことっつってなぁ、そりゃあんたが疲れてるっつーから抱えて運ぶんだよ。無理してヘバられても困るしな』

「だからってこんなっ、淑女レディを片手で雑に抱えるなんて非常識とは思いませんの!?」

『まぁ~倫理的にセーフかアウトかで言ったらセウトだろうな。だが他にやり方もあるめぇ? 不本意だろうが暫く我慢してくれや』

「ぬっくっっ、言われてみれば確かに……わかりましたわ。私めの護送を許可して差し上げます。っていうか、寧ろ安全な場所まで護送して下さいまし!」

『いいとも。元よりこっちもそれが目的だ』


 なんだよ、理不尽に我が儘吐かして喚き散らかす救えないレベルのクズかと思いきやしっかり他人の話を聞いて妥協できるマトモなヤツだったんじゃねーか。


「但し、この私を護送するからにはしっかりやり遂げなさいね!? 落としたりしたら承知しませんわよ!」

『勿論だ。死んでもあんたは守り抜く……ま、俺ァ既に死んでるがね』

「別にそこまで要求するわけでは――って『既に死んでる』!? 『既に死んでる』ってどういうことですの!?」


 俺の返答は当然のごとく女を混乱させる。

 そりゃそうだ、まだお互い正体どころか名前すら知らねぇんだから。


『「既に死んでる」つったら既に死んでるってことだよ』

「いやそんなどこかの婚前交渉デキこんやらかした顔だけの二世政治家みたいな返しされましても反応に困ってしまうのですけれど!?」

『おいおい、高貴そうなビジュアルだってのに品のねえこと言うなよ。あとその二世政治家とやらにも失礼だろ。

 つか俺の返しはそいつじゃなくて、黄禍論者ヨーロピアン・エセ・エコロジストどもの傀儡やってる不登校児ヒスったアホガキにすら押し負ける見掛け倒しのクソザコ二世政治家っぽいヤツだよ』

「いや長過ぎますわね!? 長過ぎる上に私のそれよりよっぽど下品で失礼な言い回しじゃありませんこと!? っていうか引用してきた逸話が違うだけで結局同一人物ではなくて!?」

『聞くところによるとあいつクソらしいよねー。親父の白髪ライオンも叩くとキロ単位で埃が出るような外道だとか真偽不明の話あるけどあのバカも裏でなんかやってんじゃねーの? ヤクザ使って拐った妊婦をチェーンソーで生きたままバラしたりとかさー。ま、仮にやってないにしても無能だからどのみち税金で生かす価値ねーけど』

「話を脱線させない! あとそういうストレートな発言はどこで誰が聞いてるんだかわからない以上は――

『『『『『ギンジソグガラゾパスブギグバァァァァァ!』』』』』

『『『『『バセザジビゴグシドギデボンブビゾビバグゴドボザゾォォォォォ!』』』』』

「いやああああ!? 出たあああああ!? しかもなんだか呻き声が件の二世政治家の信者の怒声に聞こえるううう!?

 っていうかアレ完全に台詞ですわよね!? 件の顔だけ大臣を盲信してる些かオツムの残念な方々の台詞ですわよね!?

 あなたの暴言を聞き付けて怒りで寄ってきたとかそういうパティーンなのではなくて!?」

『落ち着け姉ちゃん、大丈夫だ』

「大丈夫!? 何が大丈夫なんですの!?」

『この辺りは入り組んでて奴らお得意の"面"攻めはし辛えハズだ。あと仲間に頼んだ支援物資もそろそろ届く。主に飛び道具中心に色々とな。そうなりゃ多少開けた場所に出ても大丈夫になる。

 ……てワケで、吹っ飛べェェ!』

『『『『『『『『『『ガアアアアアアア!? ギンジソグガラアアアアアアア!!』』』』』』』』』』


 何故か付け焼刃なグロンギ誤でわめき散らかすアホ屍人コープスどもを爆弾で吹き飛ばす。


『な? 大丈夫だったろ?』

「いえその、私の懸念はそこではなくて……まあいいですわ。一先ずお互い無事なだけ結果オーライとしておきましょう……」

『カントリーマアム食う?』

「――……ありがとう、頂きますわ」


 今ので最後の手投げ爆弾だったが……どうせ補充はすぐ届くし、何より道中でもっと強力な武器が届いているから問題ない。


(何ならこの姉ちゃんにも護身用に何かしら持たせといた方がいいかもなぁ)


 口ぶりからして腕に覚えはあるようだし、自分で戦えた方が楽だろう。

 さてそれなら何を持たすかな、なんて考えつつ、俺たちは迷路の如く入り組んだ林道を進んでいく。


============

●世界観・屍人コープス個体解説

『屍人の知能と言語について』

 既に述べた通り、屍人の知能指数は総じて生者より低い傾向にあり、多くの個体は吼えたり呻いたりを繰り返すばかりである。だが中には幾らか、生前に比べれば明らかに拙いものの、辛うじて人間の言語を扱う個体や、生者との対話が可能な者も存在する。

 今回ナガレが吹き飛ばした屍人の群れもそういった"人間の言語を扱う個体"の一種である。

 研究機関の調査によれば、人間の言を扱う屍人は、生前の段階に於いて強烈な感情、例えば怒りや憎悪などに囚われ暴走していた人物を原型とする個体であり、例えば何かしらのデモ活動を行っていた団体や、カルト教団のような組織、或いはトップによる独裁のまかり通っていた企業・教育機関・自治体の構成員、果てはアイドルのファンクラブ会員から特定の映画会社・コンビニエンスストアーチェーンを敵視する者たちの集団など多岐に渡るようである。

 発する言語は生前の声を汚く濁らせ、言語自体も拙く未完成、或いは老朽化してボロボロに崩壊したかのような印象を受ける。劇中ナガレは後述する群れで現れた屍人らの発する言葉を、特撮テレビドラマ『仮面ライダークウガ』の敵怪人グロンギ族が用いた独自言語"グロンギ語"に似たもの(厳密には『中高生ぐらいの特撮ファンが安易に真似たような、付け焼刃のグロンギ語』)と評していたが、劇中世界的には偶然類似しただけであり特に関連性はない。


『二世政治家信者を原型とする屍人の群れ』

 嘗て平成の時代、内閣総理大臣を務めた男が居た。独特の髪形と風格から獅子とも猛禽とも呼ばれた彼は、国政を担う指導者として国家を纏め上げ国民を導き、英傑として賞賛されながら任期を全うした。現役を退いて尚男の勢いは衰えず、独自に政界での活動を続け、また役者として世界的シリーズの超大作映画で重要な大役を演じるなど華々しい功績は枚挙に暇がなかった。

 男には三人の息子がいた。長男は役者として大成し、三男は不動産業界の大家に婿養子へ入りこれまた華々しい成果を残した。そして次男は父の後を継ぎ政界へ足を踏み入れた。

 次男は父譲りの風格と喋りの上手さ、そして俳優やアイドルとして通用するほどのルックスから人気を博し多くの国民に慕われ、中には次男こそ次期首相に相応しいと考える者さえ居た。

 だが次男は彼らが称えるほど完全無欠の、父親ほど完成された逸材ではなく、政治家として尽力するもその知識・実力の無さが度々露呈し醜態を晒すことも多かった。有り体に言うと次男の発言には中身がなかった。彼はそれらしい、耳障りのいい言葉を並べるばかりで、同語反復の乱用が目立ち、冷静な思考を持つ民衆は次男の発言を「幼稚なポエム」と揶揄し彼をそしった。

 しかしそれでも尚、次男を慕い、信じ、崇拝する信徒は数多く存在する。信徒らの殆どは群集心理に基づいて動く、主体性や明確な個性のない、悪い意味で普通の凡俗であった。自ら正しい知識を身に着けんと努力することもなく、ただ安易に自身の不都合は全て政府や社会に非があるとの他責思考を改めようともしなかった。その場の勢いや雰囲気だけで思想を変える信徒らにとって、男前で耳障りのよい言葉を並べ、かつその昔歴代でも五指に入るほどの在任期間を誇った偉大な首相の実子、史上最強の二世政治家という政界のサラブレッドたる肩書を持つ次男は大層魅力的に映った。次男を崇拝する信徒らにとって、次男こそが正義にして大儀、そして法ひいては国家ですらあり、それ以外は取るに足らぬ有象無象に過ぎず、まして彼を否定する者は人類の敵とすら考えていた。

 彼らはその凝り固まった思想から死して尚脱却することを許されず、知性なき屍人となって尚、盲目的に次男を称えながら暴虐の限りを尽くしている。

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