引きこもり幸せになる

 篠山家のリビングに、わたしとススム、親戚夫婦、ススムの母親とその配偶者が揃った。


「早苗、身勝手はもうやめないか。我々にアユムを預けたとき、アユムにはもう関わらないって言っていたじゃないか」


「そうよ。早苗さん、旦那さんも遠慮してるんだから、無理強いしちゃいけないわよ」


「だってアユムやススムと一緒に暮らせたら嬉しいじゃない? そのうえススムの幼馴染のあおいちゃんだっているのよ」


「あの、早苗さん。俺ホント、子供とかまともに世話できる自信ないんで……2人でひっそり暮らすんじゃダメなのか?」


「あの」


 わたしははっきりと言った。


「わたしはもうあなたの知っている『あおいちゃん』ではないです。中学を終わって20年引きこもっていました。だから普通の人が知っている世の中のことはなんにも知らないです」


「そうだったの?」


「そうです。でも、このススムの家にきて、幸せというものを知りました。大事なものは自分で守らねばならない、とも。アユムくんがいじめられていたと聞いて本気で訴訟を考えました」


「訴訟……って、そんな大袈裟な。気の持ちようじゃない、いじめなんて」


「とにかく、この平和な暮らしを維持するのが、ススムの、篠山進の妻たるわたしの役目です。だから、どうかお引き取りください」


「なあ、早苗さん。俺無理だよ、こんな強い人と暮らせないよ」


「でも……」


「じゃあ、日本は民主主義国家ですので、多数決で決めましょうか。篠山家と窪田家が合体して、篠山家の稼ぎに窪田家が寄生するのがいいと思うひとは挙手してください」


 ススムの母親は手を挙げるのを躊躇った。

 これでわたしたちの勝ちだ。


 ◇◇◇◇


 何日かして、篠山家の3人は出前の寿司を食べていた。東京というのはすごいところだ、ウーバーイーツでなんでも食べ物を届けてもらえる。

 ススムはふだんのビールよりちょっと値段の張るビールを飲んでいて、わたしもノンアルを飲んでいる。ノンアルでもビールというものはおいしい。


「本当にもう怖いことってないの?」


「ない。僕とあおいが徹底的に追っ払った。なにか言ってきたら電話はガチャ切りする」


「ススム、いまどきの電話はガチャって言わないよ」


「それもそうか……あ、オトギバナスは来年春くらいにテストを始める予定になったぞ」


「ほんと?! 楽しみ!」


「あおいの小説はどうなんだ?」


「どうなんだもなにもまだ小説のていを成してないって感じだよ。20年なにもしてこなかったからね」


「早く読みたいから頑張ってくれ」


「ちょっとススムには読ませたくないかな」


「あっ、チビ太が中トロ食べてる!」


「コラっ!! ケージにしまうよ!!」


 平和な家庭が、まさにそこにあった。(おわり)

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

引きこもり嫁にいく 金澤流都 @kanezya

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ