引きこもりラスボスと遭遇する

 とにかく書いてみようと頑張って、日曜日はなんの成果も得られぬまま夜になった。夢だった大河ドラマからTBS日曜劇場へのハシゴをし、しみじみと東京のありがたさを噛み締めた。故郷にはTBSの系列がないので日曜劇場は日テレ系で1週間遅れの昼に放送していたのだ。

 アユムくんは昼寝をしたせいか楽しそうに、大河ドラマとTBS日曜劇場を観ていた。ススムもそんな感じだ。


 平和な日曜が暮れていく。


 わたしは留守番役なのでサザエさん症候群になることはない。明日からまた朝ドラを見て過ごす日常が始まると思うだけだ。

 だからススムに訊いてみた。


「月曜日って、憂鬱?」


「憂鬱っていうか……またオトギバナスを作る仕事が始まるんだなあという感じで、ワクワクと憂鬱が半々くらいかなあ」


「オトギバナスって、どんなもの?」


 アユムくんは具体的にオトギバナスを知らないので、どんなものを作っているか、ススムは自分で説明した。泉さんやフリースクールの人たちには秘密だぞ、と言って。


「すごいね兄ちゃん、それ、ぼくも欲しい」


「じゃあテストユーザーになってくれるか?」


「うん!」


 そろそろ寝ないと明日に響く時間だ。みんなぞろぞろと寝室に向かった。わたしもススムも、ダブルベッドで寝ているというのになんにもないまま眠りに落ちた。

 友情結婚だ。ススムに恋愛感情を抱いたことなど一度もない。ススムも同じだろう。


 次の朝起きてくるとアユムくんはいつも通りおじゃる丸を観ていたが、表情は不安げだ。もうチビ太にご飯をあげたらしい。しかしチビ太は珍しくご飯を少し残していた。


「なんだかチビ太、調子がわるそうなんだ」


「……なんだか呼吸が速いね。ちょっとググってみるね」


 急いで「猫 呼吸が速い」でググってみる。鼻をピクピクしていると肺に問題がある可能性があるという。まさにチビ太は鼻をピクピクさせていた。


「アユムくん、チビ太を獣医さんに連れていったほうがいいと思うんだけど、アユムくんも行く?」


「うん。チビ太を飼いたいって言ったのはぼくだから。フリースクールは午後から行けばいいよね」


 というわけで、朝一番でチビ太をキャリーバッグに入れ、チビ太が我が家に来たとき診てもらった近くの動物病院に向かった。さすが都会だ、素敵な犬猫を連れた人たちで混んでいる。


「あれ? あおいちゃん? それからアユム?」


 ――東京に、わたしを「あおいちゃん」と呼ぶ人はいないはずだ。アユムくんだってこんな知り合いはいないだろう。


 嫌な予感が加速する。振り返ろうか逡巡し、顔を合わせようとしたところでそう呼んできたひとが順番で呼ばれた。


 呼ばれた人の顔を見て確信した。


 ――間違いない。ススムの母親だ。

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