人類滅亡、そのとき

縁田 華

人類滅亡、そのとき

 多くの人というのは、目の前の脅威を気にせずに生きていると思う。ニュース番組が流れている後ろで、私のブラウスにアイロンをかけている母もそうだし、ソファに寝そべってゲームをしている私もそうだ。テレビの中のアナウンサーは、淡々と、だが懸命に災害の様子を伝えていた。今回は、私が住んでいる東京よりも田舎の県が豪雨の被害に遭ったようだった。だが、少し前には隣の県が地震が起きたし、いつ東京が災害のターゲットになるかは分からないのだ。だが、あまりにも多くないだろうか。恐ろしいことが、これから少なくとも日本全国に起きる気がしてならない。

「最近地震とか多いよね。豪雨とかさ」

「そんなの昔からあるわよ。でも……。このところ、確かにちょっと多いわね……」

母は困惑したようにそう言った。




 二階にある自分の部屋に戻り、ベッドにころりと横になる。枕元に転がっている充電中のスマホを手に取り、私は動画のアプリを開いた。画面をスクロールしてみると、いつもの通り。私が好きなものしか転がってはいない。時折、動画に入り込んでいた自分の精神をリアルに引き戻すようにして、広告が挟まることを除けば。人気お笑い芸人のゲーム実況や、顔だけのキャラクターが抑揚のない機械声で喋る解説動画、数分で終わるアニメ動画など。楽しいコンテンツが盛り沢山だ。なんの変わり映えもしない私の部屋よりも楽しいものが沢山あった。私は目に留まった動画を一つタップし、再生した。とても気になるものがあったからだ。

『人類はもう少しで滅亡するかもしれない』

それが動画のタイトルだった。胡散臭いタイトルだが、サムネイルには私がよく見ている動画投稿者の顔マークが描かれている。ふざけているように見えて、こういう時の彼は意外と真剣なのだ。何十回も見たから分かる。お決まりの挨拶が終わり、本編を見ようとすると、何故か突然アプリが落ちてしまった。もう一度開こうとしたら、時計が目に留まり、よく見たらもう少しで夜の十一時だった。階下では父も母も、隣では妹も眠っている。これ以上はうるさくする訳にもいかないし、明日は学校があるので私も眠ることにした。




 その夜私は夢を見た。廃墟にも似たようなコンクリートの部屋。六畳程のそこを見渡しても他には何もなかった。ただ一つの階段を除いては。それはまるで隠し部屋に繋がっているかのように、手すりも何もない石段のようなものだった。恐る恐る下りてみる。一段ずつ、とんとん、と。私はパンプスか何かを履いているからだろうか、歩くたびにコツコツと、乾いた音が響く。壁に耳を当てると、人の声と拍手の音が聞こえてくる。扉に近づけば近づく程、その音は大きくなっていった。




 遂に扉にたどり着いたが、鍵が掛かっているのか開かない。掌が冷たい。それに何かごつごつしていて重いものがある。自分の手を見遣ると、それは鍵だった。シンプルな形をした、ゲームやアニメに出てきそうな鍵。ソレを差し込み、回した。中は学校や会社にあるような会議室で、少しばかりふかふかの椅子に腰掛けたスーツの人たちが、黒一色のスーツを着た中年の男の人の話に耳を傾けている。私が入ってもお構いなしで、こちらの方を見ることもない。私は一番後ろの左端の席に座った。私が座ると同時に、

「今、人類は滅亡の危機に陥っています」

彼は、その言葉とともにスライドを切り替えた。




 スライドの中には、

『徹底解剖‼︎どうして人類は滅亡するのか⁈』というタイトルらしき文字がある。くだらない、どうせ環境問題か何かじゃないの?と思いながら聞いていたが、切り替わったスライドの様子からしてどうもそうではないようだ。

『みなさんは何故人類が絶滅すると思いますか?』とある。おじさんがマウスをカチカチと押すと、答えが出てきた。

『○環境問題、災害など

 ○核戦争、紛争など

 ○人口爆発、もしくは少子高齢化

 ○その他』

私は『その他』の文字が気になった。他に何かあるのだろうか?と思っていたら、

「『その他』の文字が気になった方もいらっしゃるでしょう!いいところに目をつけました。それでは、今から解説を行なっていきたいと思います」

彼がそう言うと、またスライドが切り替わった。




「人間は有史以前から様々な活動を行なうと同時に、文化を形作ってきました!初めこそ、その営みはほんの小さなものでしたが、段々と大きくなっていき、遂には戦争が起こるまでになります。その弊害で、地球上における多くの生命が失われていきました。環境保護をしても間に合わない動物や植物さえいます。が、そんなことはどうでもいいのです」

一呼吸置いた後、彼は続ける。

「もう一つ、私には人間として心を痛めた事実がありました。そう、華やかさの裏で大勢の人間が苦しんでいるという事実です。ヒトを苦しめるものは一体何か。それはヒトの悪意です。例えソレが戯れだとしても、苦しむ人はいるのです。悪意を、負の感情さえ無くせば人類は新しい領域に行くことが出来ます」

言い終わると、殆どの席から拍手が聞こえた。彼は、にっこりと笑い、

「ではみなさん、この後負の感情を取り除きますので。こちらで待機していてください。順番に名前を呼びます」

おじさんは、そう言って出て行ってしまった。




 順番に聞き覚えのない人の名前が呼ばれていき、会議室の中からは人が段々といなくなっていく。私の番になった頃には、周りに二、三人くらいしかいなかった。

「葉山さーん、葉山志織さあん」

呼ばれた私が部屋から出て行くと、その向こうには、白いスーツの若い女性が待っていた。後ろ髪をまとめ、口紅はナチュラルピンクと、品のある女性だ。エナメルの黒いパンプスも中々あっている。彼女はにっこり笑って、

「では、行きましょうか」

先導するかのように先を歩いていった。




 長い廊下を抜けた先には一枚の扉があり、その向こうにはまるで病院か何かのように、診察椅子があった。その隣には手術台がある。が、どうも暗い。それに鉄の臭いがする。何があったのだろうか。椅子の前には医者らしき男が立っていて、

「それでは葉山さん、深呼吸してくださいね」

「待ってください!こ、コレは一体なんなんですか⁈私はどうなるんですか⁈」

「何って、あなたの中にある『負の感情』を全て取り除くんですよ。さあ、そこに座ってください」

そう言って医者は、私の頭に直接薬を打ち込み、直後私は意識を失った。




 気づけば朝だった。あの出来事は全て夢だったのだ。いつも通り、階下で朝食を取ろうとすると、母が食事を用意して待っていた。が、様子がおかしい。というか、食事の中身もおかしい。テーブルの上に並んでいるのは、ただの雑草や芽が出たじゃがいも、腐ったどんぐりなど。肉は生肉で蝿が集っている。

「お母さん、コレ……」

振り向いたお母さんは、

「…………」

涎を口から垂らし、焦点の合わない目で天井を見ていた……。




 居間のテレビも新聞も、何もかもがめちゃくちゃで、外に出ると誰も彼もがお母さんと同じようになっていた。老人の死体が転がり、ベビーカーの中にいる赤ちゃんが泣いていても放心状態。私もいずれこうなるのだろうか。ネットも何もかもがおかしい。まともな書き込みがだんだん減っている。道端に捨てられたラジオの声が伝える。

「……アー、アアアア……。ウゥウウ……」

空はこんなに晴れていて、小鳥の囀りも聴こえているのに、町はゾンビのような人で溢れ返っていた。店のシャッターも閉まり、学校へ行こうにも門が閉まっている。もう、私が知っている人は一人もいない。私もいずれこうなるのだろうか。

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