嬉々として濡れ衣を

スルメ大納言

第1話

 理性のタガを外す判断は、到底判断と呼べる様な代物ではなかった。つまりこの場で服を脱いでも捕まらないかどうか、私は何に聞いたかと、何のせいにも出来なかった訳である。

 ああ、夢の画質がいくら荒かったからといって、私の画質も荒ければ同じことであった。理性をたしなめる理性は即ち誰であっただろう。そこの刑務官であった。断じて寝ている私などではなく、そんなものは助けに来ないのであった。

 「ええ、そうと分かればそうなのです。私は現実で罪を犯しました。詰みました。夢を見ていて捕まらなかったのは私ではありませんから。」

 妙に諦めていた。しかしその諦めも本当に私のものであるのかと、少しばかりは不平を言いたかった訳である。

 「でもこれだけは言わせて下さい。その時私は眠っていたのです。だから本当は、私の身体において犯罪が起こっただけなのです。私は夢を見ていましたが、私もまた夢に見られていたのです。そして私は断じて、出先では弁えていました。多分。」

 ああ、何という不公平。まさかこの場所で服を脱いでも捕まらないかも知れないなどと、そんなことを考えたのであれば私であるはずが無いだろう。しかもその時私は葛藤していた記憶が有る。夢においてわざわざ葛藤していたのである。それなのに彼は……彼とは誰だ。

 刑務官がベルクソン的な笑いを準備しているのが見える。これは少し、任意の間を以て口を開く。

 「でもね、君。そもそも僕はゾンビだから、君の言うところの人道性になんて興味は無いし、この国には精神鑑定なんて無いでしょう。」

 そうだったかしら。そういえばそうだった。

 「それにね、勘違いしている様だけど、甲の脳みそを乙の脳みそが裁き、これを処分する。だいたいそんなかんじだから。脳みそのための脳みそによる法ね。」

 「嫌いだなあ。」

と甲。

 「そうかい。」

と乙。

 ついでに私は殺された。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

嬉々として濡れ衣を スルメ大納言 @surume2003

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ