第十二話 魔法図書館

「本でいっぱい!」

「凄いわね……」


 図書館の中に入ると、そこはさながら本の海。

 書架の列が無数に続き、壁一面がすべて本で覆われている。

 見渡す限りの本、本、本……。

 古い紙に特有の乾いた黴の臭いが鼻をつき、脳が幸せに包まれる。


「すごい……保存状態も完璧だ……! この棚の影響か?」


 書架の側面に刻み込まれた魔法陣。

 これが収蔵されている本を悠久の時の流れから守っているようだった。

 周囲に満ちるマナを動力として、半永久的に環境を維持し続ける術式だ。

 俺がいた時代だと、王家の宝物庫のさらにごく限られた宝物にのみ使われるような代物なのだが……。

 それが無数に存在する書架のすべてに刻み込まれている。

 これだけで、この場所が伝説と呼ぶに値する証拠だ。


「……ずいぶん興奮してるけど、ダンジョン語って読めないでしょ?」

「え、ああそうですね! ……でも、これだけ資料があれば翻訳とか出来ません?」

「それが難しいらしいわ。ダンジョン語の翻訳に挑んだ学者は星の数ほどいるけど、まったく繋がりが無い文明の言語だとほぼお手上げみたいね。これを書いたのがどんな生物かもわからないし」


 神南さんはそういうと、やれやれと肩をすくめて両手を上げた。

 前世の記憶がある俺からすれば、地球人もヴェノリンド人も大した違いがないとわかるが……。

 地球の知識しかなければ、文字を描いたのがどのような種族か全くわからないだろう。

 基本的に、未知の言語の解読はそれを使っていた人々を知ることから始まる。

 その段階で挫折してしまうと、ほとんど手の打ちようがない。

 俺も前世で魔族の言語を翻訳しようとしたことがあるので、その大変さはとても良く分かる。


「あー、それでこの場所にそんなに注目されてなかったわけですか」

「そうね。もしダンジョン語が翻訳されてたら、カテゴリー4でも研究者が殺到したはずよ」

「でも、もしそうなってたら私たちも入れなかったかも」


 そう言いながら、写真を次々と撮影する来栖さん。

 もしも日本の学者がここにある資料を読み解くことができたなら、俺たちみたいな一般の討伐者は立ち入り禁止だっただろうな。

 今頃は政府の最重要機密に指定されてもおかしくない。

 現状ですら、研究者があまり出入りしていないのが不思議なくらいである。

 まぁ、カテゴリー4というのがそれだけ大きいのだろうな。


「ヤバ、吹き抜けですよ!! 凄い!!」


 やがて俺たちは図書館の中心にあるホールのような空間へとたどり着いた。

 一階から三階まで吹き抜けとなっていて、その端にはテーブルとベンチが配されている。

 古代魔法文明の時代には、きっと多くの人で賑わったのだろう。

 テーブルの上に置かれた文具の残骸を見て、かつての生活に少し思いを馳せる。


「モンスターはいなさそうね」

「周りを見てきます」

「じゃ、私はここで咲を見てるから」


 俺は周辺の見回りを口実に、神南さんと来栖さんの視界から外れた。

 ……実際のところは、魔力探知で危険が無いことは既に確認しているのだけれど。

 どうやらこの図書館の中は、モンスターに荒らされないように魔除けが施されているらしい。

 来栖さんの眼もあることだし、しばらくは本を読んでいても安全なはずだ。


「分類法は王立図書館とほぼ同じだな。ということは……」


 俺はしばらく図書館の中を散策し、お目当ての本がある書架へとたどり着いた。

 流石は古代魔法文明の大図書館、魔法理論に関する本だけでも相当な数があるな……。

 俺はとりあえず気になったタイトルの本を、片っ端からザックに詰めることにする。


「すげ、これ失われた魔導書だ!! こっちは竜魔法かよ! 神聖魔法の書もあるな」


 古代から現代に至るまでに失伝してしまった数多の魔法。

 それらについて記された本が、次々と見つかる。

 こりゃ、黄金の山なんかよりよっぽど価値があるぞ……!

 本のタイトルや内容を知れば知るほど、この図書館の価値に身が震えた。

 惜しむらくは、それを理解できるのがこの世界で恐らく俺だけということだろうか。

 

「この理論を応用すれば、もっと魔力を底上げできるかもな。あとは……」

「桜坂先輩? せんぱーーい?」

「そろそろ出るわよー!」


 ……おっといけない、軽く内容を確認するだけのつもりがついつい読みふけってしまった。

 俺は慌てて本をザックに詰めると、来栖さんたちの方へと戻る。

 既に写真撮影は終わっていたらしく、神南さんだけでなく来栖さんまで呆れ顔をしていた。


「ったく、何してたのよ?」

「つい、あちこち見てたら時間が経ってて」

「ここはカテゴリー4のダンジョンなのよ? 変なことしないで」


 声を荒げる神南さんだが、まったくごもっともな意見である。

 魔除けが施されているらしいとはいえ、ここは危険なダンジョンの中。

 少しばかり油断しすぎていただろう。

 俺が頭を下げて謝ると、神南さんは仕方ないわねとばかりにため息をつく。


「……写真はたっぷりとれましたし、そろそろ退却しましょうか」

「そうね。欲を出せばもうちょっと進めそうではあるけど……あと一歩が危ないのよね」


 恐らく、このダンジョンのどこかにアーティファクトがまだあると思っているのだろう。

 神南さんは後ろ髪を引かれるような顔をしたが、すぐに撤退を決断した。

 こういう思い切りの良さが、彼女が一流の討伐者たるゆえんだろう。

 前世の冒険者でもそうだったが、引き際を判断できない人間はどれほど強くとも二流だ。


「……そう言えば、あいつら結局来ませんでしたね」

「千鳥のこと?」

「ええ。図書館には絶対来ると思ってたんですけど」


 このダンジョンの目玉は、何と言ってもこの魔法図書館だろう。

 番人をしていたガーゴイルも倒したことだし、千鳥の面々がいつまで経ってもここへ来ないのは少し不自然に思えた。

 すると流石の神南さんも、顎に手を当てて少し考える。


「もし外に出ても連中がいなかったら、念のため報告しましょうか」

「そうですね。じゃあ……」

「にげ……ろ……!!」


 こうして図書館を後にしようとしたところで。

 ボロボロの機動服を着た男が、いきなり声をかけてきたのだった――。

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