第十一話 ガーゴイル

「グルルルル……」


 俺と神南さんが広場に滑り込んだところで、ガーゴイルの頭がこちらを向いた。

 その顔は猛禽類を思わせる造形で、大きな嘴の奥から低い唸り声が聞こえる。

 こいつ、予想より索敵範囲が広いな。

 広場の大きさは直径三十メートルと言ったところだろうか。

 その端に来た時点ですぐに動き出したので、半径十五メートルぐらいは索敵領域のようだ。

 

「グアアアァ!!」


 さらに近づいたところで、ガーゴイルが空に飛び上がった。

 すかさず風の弾を放って撃ち落とそうとするが、向こうも負けじと竜巻を放ってくる。

 風の弾丸と小さな竜巻が正面からぶつかり、双方ともに掻き消えた。

 なるほど、風の魔法の使い手ってわけか。

 図書館へと通じる広場の防衛を任されているだけあって、なかなかの強敵だ。


「天人、あいつの近くに木を出せる?」

「もちろん!」


 神南さんの言わんとしたことを察した俺は、すぐに地面に手を添えて魔力を注ぎこんだ。

 たちまち木の根が石畳を突き破り、ガーゴイルに向かって大きく成長する。

 ――タンッ!!

 石畳を蹴って、神南さんが高く跳ぶ。

 彼女は木の幹を足場にすると、瞬く間にガーゴイルに肉薄した。

 刹那に閃く紅い斬撃。

 燃える刃が袈裟に振り降ろされ、ガーゴイルの翼を切り落とさんとする。

 だがその瞬間――。


「危ない!」


 身を捻り、斬撃を回避したガーゴイル。

 奴はすれ違いざまに竜巻を放ち、神南さんの背中へと叩きつけた。

 ――ボンッ!!

 強烈な風圧に、たまらず神南さんの身体がエビぞりになる。

 そして彼女はそのまま地面に叩きつけられてしまった。


「くぅっ!」

「神南先輩!!」


 続けて攻撃を放とうとするガーゴイル。

 ここですかさず来栖さんが、神南さんに指示を発する


「左! 次は右!」

「サンキュ!」

 

 恐らくは、事の起こりを見ているのだろう。

 来栖さんの指示は実際のガーゴイルの動きよりも、不思議なことにワンテンポ速かった。

 相手が思考の浅いガーゴイルだからこそできる芸当なのだろうが、さながら未来予知である。

 神南さんはそれに従ってすぐに体勢を立て直す。

 だが、先ほどのダメージもあるせいかなかなかどうして攻勢に転じることはできない。

 このままでは、体力的に削り負けてしまうだろう。

 

「仕方ないな……!」


 こうなったら、来栖さんにバレるの覚悟で強力な魔法を撃ち込むしかない。

 深呼吸をすると、俺は外気法を発動するべく周辺のマナを取り込み始める。

 しかしここで、来栖さんが言う。


「桜坂先輩! あいつ、ひとつ弱点があります!」

「え?」

「竜巻を作り出す瞬間、完全に動きが止まるんです! たぶんその間は、まったく何もできないんだと思います!」


 ガーゴイルの魔法が発動するのにかかる時間はほんのわずか。

 この攻防の中でたったそれだけの間の出来事を見極めるとは、大したものである。

 先ほどからの指示と言い、彼女のイデアの『完全なる眼』というのは伊達ではないようだ。


「……問題は、その隙をどう突くか」


 ガーゴイルとの攻防に既に手いっぱいの神南さんを見る

 わずかな隙があると言っても、相手の動きは相当に速い。

 しかも、いざとなれば空を飛ぶことだってできる。

 このままでは、攻撃を当てることすらまず困難だろう。


「神南さん、少し距離を取ってください!」

「どうするの?」

「俺が押して、隙を作ります!」


 俺は再び、風の弾をガーゴイルに向けて放った。

 するとガーゴイルもまた先ほどと同様に、即座に竜巻を放ってかき消してくる。

 よし、やはり魔法に対しては必ず魔法で対抗してくるようだな。

 だったら、このまま次々と撃ち込めば――!!


「どりゃあああっ!!」


 魔力を練り上げ、術式を構成し、撃つ。

 どれほど鍛錬を積もうと、一連の流れには数秒の時間がかかる。

 だが俺は、複数の術式を並行して起動することでこれを克服した。

 分かりやすく言えば、鉄砲の三段撃ちみたいな要領である。

 これにより風の弾が間断なく繰り出され、列をなしてガーゴイルに襲い掛かる。


「グァア!!」


 ガーゴイルもまた、負けじと魔法を繰りだす。

 古代魔法文明の遺物だけあって、その発動速度は大したもの。

 何と、俺の無茶苦茶な連射速度にかろうじて食らいついて来た。

 しかし、来栖さんの指摘したように魔法の発動中は指一本動かせないらしい。

 翼を動かすことすらままならず、やがてガーゴイルは高度を維持することすらできなくなる。


「さっきのお返しよっ!!」


 神南さんがすかさず落ちてきたガーゴイルに迫り、切り上げる。

 ――ズバッ!!

 鉄をも溶かす炎の刃は、石で出来た身体をいともたやすく両断した。

 ガーゴイルは半分になってもなお抵抗しようとするが、さらに止めとばかりにもう一回切られる。


「グアァ…………」


 うめき声を上げつつも、動かなくなるガーゴイル。

 やがてその姿は黒い霧となって消えて、大きな赤い魔石が残された。

 神南さんはそれを拾い上げると、ほっとしたように胸をなでおろす。


「何とかやれたわね。流石はカテゴリー4ってとこかしら」

「でも、どうしようもないほど強いってわけじゃなかったですね」

「ええ。もう少し行けそうだわ」


 再び図書館に向かって歩みを進める俺たち。

 こうして広場を抜けると、いよいよ巨大な建物の全貌が露わとなった。

 これが、伝説に残るイル・バランの魔法図書館か……!!

 千年以上の歳月を経て、なおも聳え続けるその姿は優美にして壮大。

 柱や壁には精緻な装飾が施されていて、王宮を思わせるような造りである。

 そしてその最大の特徴ともいうべきドーム型の天井は、悠久の歳月にも負けず見事な曲線を描いている。


「うわぁ、やば……!!」


 すかさず、カメラを取り出す来栖さん。

 こうして俺たちは、ついに伝説に謳われる場所とやってきたのだった。

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