第6話 愛を盗む

 長男の大友だけを溺愛し、妹にはきつくあたっていた母親に反発して、まゆこは思春期になると男関係が派手になっていった。

とは言っても田舎の高校生のすることだから、今から考えれば可愛らしいものだったのだが、同じ学校に通う自分にすれば、友人達から自分の妹をオンナとして見た発言をされただけでも、腸が煮えくり返る思いだった。

自然と家でまゆこと話すことがあっても、必要以上に冷たい態度をとっていたような気がする。

自分に続いてまゆこも大学生になって、別々の学校へ進み、そんな煩わしさから逃れてほっとしていたのに、親から家族会議の招集を受け渋々行くと、まゆこの妊娠を聞かされた。

 無性に腹立たしかった。

結婚もしない女を孕ませる無責任な男をクズだと思ったし、そんな男に簡単に体を開いた妹を軽蔑した。

家族会議でただうつむく父親と、のべつ暇なく喚き散らす母親に

「お兄ちゃん」

 と言って、怯えるような、すがるような目で見つめるまゆこに、汚いものを見るかのような冷たい一瞥をくれて、そのまま置き去りにしたのだ。


 ぼんやりと昔を思い出しながら、麗羅を膝の上へのせ優しく背中をさすった。

「なぁ、麗羅、欲しい物があれば、おじちゃんに言えよ」

麗羅は、泣きながら何度も、ごめんなさいを繰り返した。


 翌日、久しぶりに宮崎が訪ねてきた。

一人ではなく、教頭と役所の福祉関係のケースワーカーという職種の女性二人と一緒だった。

どうやら、スーパー側から学校へ連絡があったようだった。

四人は、心配そうに大友の後ろからのぞき込む麗羅の顔を見ると、最大限の笑顔で挨拶をした。

ケースワーカーの一人が麗羅を連れ出し、大友が部屋へ三人を招き入れると、最初に教頭からお詫びの言葉があった。

訝しがる大友に

「宮崎先生が、自分のクラスの生徒を心配してこちらへ伺っていることは、聞いていました。

しかし、一人の生徒に深入りすることは、良くないことだと私が控えるように指導したのです。それが、今日のことに結びついたのかもしれません」

「いえいえ、そんな。先生のせいじゃないですよ」

そこから、今日の訪問についての話になった。

麗羅の今後の事を話し合おうと、母親と連絡をとったが、日時の約束をしていたにもかかわらず母親は留守で、仕方なく麗羅の様子だけでも見ようと、大友の家のチャイムを鳴らしたというのだ。

 本来他人である大友の家に上がり込むことには、三人とも酷く恐縮していたが、大友にすれば、麗羅の今の状況を打破してくれる人間がいるのなら、そんな事は、どうでも良いことだった。

今この部屋に座っている四人とも皆、麗羅の今後を心配していた。

しかし、一番憂えるべきはずの人間が、ここにはいないとも皆思っていた。

現段階では、しかるべき施設へ入所させる事が最善の策だと思われていた。

しかしそのためには、母親の許可がいる。

麗羅の母親がいない間に、勝手に連れだして施設へ入れたりしたら、現在の法律では、裁判を起こされたら行政が負ける可能性があるらしい。

 大友は、せっかく祖母がいるのだから、祖母の元へ返せばどうかと言ってみたが、祖母の元では、また、母親が取り戻しに行くので、同じ事の繰り返しだといわれた。

それでは父親は、というと三人は顔を見合わせた。

どうやら、大友には言えない事情があるらしい。

何も進展しないまま夜は更けていき、申し訳ないが、また連絡させてもらうかもしれない。と言い残して四人は帰った。

帰り際、ケースワーカーの女性が

「こどもの万引きは、愛情を盗むと私達の間では言うのです。

親から愛情を貰えない子が、我慢できずにやってしまうのです。

私達も麗羅ちゃんのために、出来るだけのサポートをします」

 と大友にだけ聞こえるように言って帰っていった。

『愛情を盗む』という言葉が、大友の胸に何度も何度も、こだました。

それ以来大友は、仕事が終わると一目散に帰ってきて、麗羅を連れて買い物に行くようになった。

そうして、欲しがるものをあれはダメ、これは買って上げると選びながらスーパーマーケット内を歩くことにしたのだ。

 これから先に確信を持てないことが、一番辛かった。

所詮、自分は赤の他人だ。いつか麗羅が離れていけば、もう見守ることさえできないかもしれない。

なんとしても万引き癖をこどもの内に治してやりたかった。

「なぁ、麗羅、おじちゃんの事好きか」

「うん」

「おじちゃんも麗羅のこと好きだ」

「うん」

「本当にわかってるか」

「知ってる」

「麗羅、おじちゃんと約束しよう。お店の物をお金を払わずに持って帰らないって」

「うん、やくそくする」

「じゃあ、おじちゃんは、麗羅に好きなものを買って上げる。

麗羅がそれをずっと持っていて、おじちゃんとの約束を守れる物」

 麗羅は、しばらく考えて

「ゆびわ」

 と言った。

これには、大友の方が驚いた。てっきり、ぬいぐるみや人形の類の物をねだられると思っていたのだ。

「ママが言ってた。男は好きな女にゆびわをあげるんだって。テレビでもやってた」

それは、ちょっと意味合いが違うんだよ。

と言いたかったが、もし、麗羅がこのまま施設へ入れば、ぬいぐるみや人形は、意地悪な同じ年頃の子に取り上げられるかもしれない。

その点、指環ならお守り袋にでも入れて、隠しておけるかもしれない。

いろいろな考えが、大友の頭の中をぐるぐると目まぐるしく回っていた。




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