第4話 餡掛け

 翌朝、いつものように渡された蒸しタオルで顔を拭いた大友が食堂に向かうと、その日はやけに職員の数が多い。センターで七夕まつりという名目で、入居者の家族を招くらしい。

食事を終え、そそくさと自室へ戻ると落ち着く暇もなく、職員がコミュニケーションルームへと誘いに来る。

参加しない旨を伝えると、足繁く訪問してくれる家族のいない大友が、寂しい思いをするかもしれないと勝手に思った職員は、忙しさもあってそれ以上誘うこともなかった。

 日付と天気だけの日記を書くと、それほど見る気もしないテレビをつける。

日々の暮らしの知恵や、毎日の献立のために料理を紹介する番組が放送されていた。

昔も今も変わらないな。

すぐに変わる画面に舌打ちしながら、材料や作り方をメモしていた自分を思い出していた。

 それにしても、このセンターの食事は餡かけもどきが多すぎる。

本来、餡かけの時は濃い目の味付けにしなければいけないのに、年寄り用だからと薄味にして、喉を詰まらせない様になんでもかんでも葛でとろみをつけるから、全く味がしない。

麗羅はたっぷりの餡をかけたかに玉が大好物だった。

最近、やけに麗羅の事ばかり思い出される。

昨日、入居者の訪問に来た女性の連れていた子どもも、連想の引き金になったのだろうか。

参加はしない。と言っていた七夕まつりだが、こんな時にと騒いでいる声につい覗いてしまった。

真野、とかいったか、いつも問題を起こす婆さんが、せっかく面会に来た娘らしき人にわがまま放題を言って困らせていた。

娘は、見知らぬ大友にも声を掛けてくれる、優しげな女性だ。

その娘に手を引かれた孫らしい子の、自分の母親をぞんざいに扱う老母を、困ったような悲しい目で見ていた姿が、麗羅と重なったのかもしれない。


 その日も大友は、いつものように仕事を終え、麗羅の喜ぶかに玉を作ってやろうと二人分の食材を買って帰ってきた。

麗羅は?と見ると、隣家のドアが半分開き、落ち着いた感じの女性がその前に立っていた。

玄関のたたきに立ち、ドアノブを握る麗羅は、大友を見ると心配そうな顔をした。

麗羅の視線をたどり大友を見た女性は、軽く会釈をした。

 会釈を返し、鍵を開けようとする大友に

「すみません、麗羅ちゃんのおじさんですか?」

 と、女性が話しかけてきた。

「え、ああ、麗羅にはそう呼ばれてますが、おたくは」

「すみません。私、麗羅ちゃんの担任なんです。宮崎って言います」

「ああ」

「ちょっと麗羅ちゃんのことで、お話しさせていただいてよろしいでしょうか」

「別に話すことなんてないけど。麗羅、めし食ったか」

 麗羅は、一瞬宮崎を見た後、首を横に振る。

「こいつに飯を食わしたいんだが、いいですか」

 と言うと、自分の家のドアを開けた。

「あ、あの、お邪魔しません。麗羅ちゃんにご飯を食べさせてあげてください。ちょっとだけ、お話しさせて欲しいんです。」

 心配そうに見守る麗羅に

「宿題持っておいで」

 と言うと、今度は、宮崎に向かって

「散らかってるけど、よかったら」

 と言った。

一旦奥へ入ると、ランドセルを持ってきた麗羅と一緒に、宮崎が大友の家へ入ってきた。

いつものようにテレビをつけようとする麗羅に

「お客さんの時は、テレビつけちゃダメだぞ」

と大友が、流し台に向かいながら言う。

手持ち無沙汰で、もじもじしている麗羅に

「あ、じゃあ麗羅ちゃん、今の内に宿題やっとこうか。

でも、先生と一緒に宿題したことは、クラスのお友達には、内緒だよ。大丈夫かな」

 と、宮崎が言うと、小さく、けれどとても嬉しそうに

「はい」

 と言った。


 その日から宮崎は、ちょくちょく大友の家へ現れ、時に自分で材料を購入してきては手料理を振る舞うこともあった。

見慣れない色鮮やかなご馳走に目を丸くした麗羅は、とても幸せそうだった。

 いつもより沢山食べたせいか麗羅は眠たがったので、隣室の大友のふとんに寝かせつけた。

使った食器を片付けながら、宮崎が、

「実は今、学校の方で、麗羅ちゃんは施設へ入った方が、幸せなんじゃないかって話しがでているんです」

 と言った。麗羅には、歳の離れた父親違いの兄姉がいて、みんな施設に入っているが、麗羅だけは赤ん坊の頃父方の祖父母に育てられていたので、施設には入らなかったという。

しかし、生活保護の申請に行った母親が、働ける事を理由に断られたため、幼いこどもを理由に申請し直すために、祖母のもとから引き離してきたこと。


小学校の当番の給食着を洗って持ってこさせたこともなければ、遠足の弁当を教師がコンビニで用意したこと。

など、とても言い難くそうにぽつぽつと語った。

 関係する役所の方でも、ある程度の現状を把握していて、時折、学校へ問い合わせがくるのだという。

返す言葉がなく大友は、静かにビールを口に運んだ。

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