第32話 火噴いた! 火噴いた!
妖精の華が新しい魔動歩兵を生み出す気配はない。
一つ生み出したあと次を生み出すのにどのくらいの時間がかかるのか定かではないけれど、昨日から今までの間に四体しか増えていないところを見ると、次が生まれるのはだいぶ先であることは明らかだった。
つまり、今は、妖精の華自身に集中すればいい。
目標確認。
さらに近づこうとしたまさにその瞬間、華の根元で動きがあって、長槍を持った腕がまるで前へ前へと進んでいるように見える。
その認識は間違っていなかった。
茎の壁面、真っ赤に染まったその場所がいきなり隆起して、魔動歩兵がずるずるとツタを引きずりながら外に出てくる。
華の本体だ。
右腕には槍が握られているし、背中から伸びたツタが華に直接繋がっていて、動きづらそうではあるが気にした様子もない。
『華自身が出てきますか。槍は厄介ですが勝てない相手では――』
ナキは口を閉じた。
僕も同じものを見て、唖然としてた。
魔動歩兵の左手、竜源装の握られていないその部分が赤から黒に戻ると、
突然、火を噴いた。
「火噴いた! 火噴いた!」
とスナオがはしゃぐ。
何でそんな楽しそうなんだお前。
「あれは……竜源装の能力?」
「いや、よく見なよ、ヒイロ。竜源装の溝は三つで、第三限だよ。固有能力じゃない」
「じゃあどうして……」
「あれは
「えっ、何で妖精の華が使えんの?」
「えっとね。うわっはは! あっぶな!」
スナオは火を避けるのに集中し始めてその先を言わなかった。
『妾が説明しましょう』
頼む。
『妖精の華は、多くの魔動歩兵を生み出すと同時に、その後、使い魔へと変化するのですよ。元人間の使い魔と、元魔動歩兵の使い魔がいるのです。ユンデは元人間、アギトは元妖精の華っぽいですね。はっきりとは解りませんけど』
あの怒髪衝天の髪は魔動歩兵のものだったからそうかもしれない。
『そもそも使い魔という言葉自体、元は魔動歩兵の変化したものを指していたはずですが、いつの間に変わったんでしょうね』
ナキが今しなくてもいい疑問を呈していると、魔動歩兵はその魔法の炎を僕たちの方へと放った。堪らず数歩後退ると、ユラとスナオがその魔法の炎に向けて刀を振るう。
炎を切る。
瞬間、僕たちに襲いかかろうとしていた炎は急速に勢いをなくして、萎んでいった。
『ふむ。所詮、魔法は魔法のようですね。竜源刀には叶わない』
とそこでスナオが目をキラキラさせたまま言った。
「ヒイロ、いま魔法を発動する瞬間を見た?」
「左手が黒くなってたな」
「そうそう。それが合図だから注意すればよさそうだよね。その瞬間攻撃すれば斬り落とせるとは思うけど、致命傷にはならないかな。急所の胸が黒く染まる訳じゃないし」
僕はちらと振り返る。すでに背後の魔動歩兵は自分の身体で作った柵を外し終わったようで、こちらに駆けてきていた。
「時間が無い」
「…………わたしが止めるから、ヒイロ、掴んで壊して」
そう言うと、僕たちの返事も聞かずにユラは駆け出した。
「おい!」
と声をかけるも無視、一気に間合いを詰めて妖精の華に接近する。
妖精の華は何度も炎を放ったが、そのたびにユラは腕を伸ばして刀を振り、切り裂き、萎ませる。
明らかに危険な距離にも関わらず、ユラは突進を止めず、妖精の華が槍を構える。
殴るような刺突。
ユラはなんとか反応して刀で捌いたが切っ先が肩を抉る。
速すぎる。
ようやくユラは立ち止まって、刀を構えたが、その距離で反応できるとは到底思えない。
「何を考えてるんだあいつ」
「あれが、ユラの戦い方だからね。……おれもやるか」
スナオは言って振り返った。もうすぐそこまで魔動歩兵が近づいている。
「ちょっとしか時間は稼げないかもしれないけどさ、何もしないより良いよね」
スナオは刀を構えて、迫り来る魔動歩兵に向き合った。
「ヒイロ。後は頼んだ。おれは……ちょっと遊んでくるよ」
「……僕が妖精の華を討伐するまで、死ぬなよ」
スナオの背を見送ると、僕は妖精の華に向き直った。
ユラは間一髪で槍を捌き続けているが、殴るような刺突は次々に繰り出されていて、徐々に彼女の身体に傷がついていく。
肩、脇腹、太もも、頬。急所に近くなり、それでもまったく距離をとる様子がない。
槍を捕まえるためにしては、あまりにも無茶だ……。
『主人様。九の字は、ユラがネネカやスナオと同じく超接近戦に特化していると言っていましたよね? でも彼女は、ネネカのように主役志望でも、スナオのように好戦的でもないように見えます。おかしいと思ったんです。でも今わかりました、ユラが何を考えているのか』
ナキは小さく息を吐くと、言った。
『ユラは、自分身体を傷つけてでも接近して急所を狙っているのです。《超回復》で身体を治しながら』
見れば確かに、服は所々破れているものの、傷は治っているように見えた。
そんな捨て身の方法で……。
『主人様。つまりですよ、ユラは槍を捕まえるために、おそらく、身体に突き刺してでも止めようとするのではないでしょうか』
そんな馬鹿な。
とは言ったが、ユラの傷が徐々に深くなっているのに僕は気づいていたし、急所を避けてはいるものの、刺される場所を腹や肩など掴みやすい部分に誘導しているようにも見えた。
早く槍を捕らえるために。
ネネカを早く救う為に。
『あれは、危険です。あの距離では援護すらできません』
――――――――――――――
次回は明日12:00頃更新です。
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