第23話 まるでお姫様みたいな生活なの
スナオが中央から率いてきて多くの避難民を救った船たちがどこから来たものだったのかと言えば、スナオ本人が話したように、
「守護官がみんな逃げちゃって、おれの親は憤慨しててねえ。ほとんど脅すような感じで中央の人たちに船を供出させてたんだ。やー、我が親ながら怖い怖い」
という形で持ってきたものらしく、つまり、大小様々だし元々避難用ではないものが少なからず混じっている。
コハクとシズクさんが今乗っている船はまさに避難用ではない元は金持ちが持っていた個人用の船、つまり結構小さく、水棲馬が二頭いれば充分に引くことのできる大きさだった。
夜になって九の船がヨヒラ島の外側の堀に戻ってくると、朝にはコハクたちの乗る小さな船しか泊まっていなかったのに、他に新しく数隻が増えていて星のように竜火石を光らせ待っていた。
「キキョウ島で避難民を下ろしたあと、すぐに戻ってきた船たちだねきっと」
スナオはそれを見て言った。
「もう戻ってきたのか。キキョウ島って近いんだな」
「近いと言えば近いけど、それでも結構急いだと思うよ。おれたちの為に食料だって運んできたと思うし、守護官だって集めてきただろうからさ」
そういえばヨヒラ島を出てここに戻ってくるとき九の船に乗っている守護官が明らかに増えていたな、と今更になって思う。
今日見つけ出された避難民たちが新しく来たその船へと移動する中、いつの間にやってきたのかスナオの家の使用人、白髪交じりの男が僕たちに近づいてきて、
「スナオ様、ヒイロ様、ご無事で何よりですが、また何かやらかしたのですね。ご両親に報告いたします」
僕たちの首にはまだ札が下がっていた。忘れてた。
スナオは珍しく少しだけ顔を青白くして、
「いや、しなくていい! ヒイロのだけ報告して!」
「どうして僕の失態を報告しようとしてるんだ!」
とは言ったものの、ユンデとアギトなる二人の使い魔については報告しておくべきだろう。
スナオの両親はどうやら
……化け物なのか?
多分そうかもしれない。
以前、スナオの両親について聞いたときも、
「おれの両親はね、十歳のおれをいきなり島の外に置き去りにして、『魔動歩兵を一体討伐するまで帰ってくるな』とかいう親なんだけどさ」
「それはヤバい」
「いや、おれが喜び勇んで突っ込んでいってたら、お前は守護官失格だって言われて、それから連れてってくれなくなったし、訓練生から守護官になったあとも内地勤務にさせられちゃった」
「お前の方がもっとヤバい!」
という会話があった。
なんなんだよお前、怖えよと思った。
危機感の感覚麻痺してんじゃねえのか、とも思った。
その親あってこの子あり。
親の顔が見てみたい。
見たくないけど。
スナオが札に書かれた撤退命令を無視して戦い続けたというのもここら辺に原因がありそうだった。
九の字が超接近戦に慣れている守護官として選んだのも納得だ。
喜び勇んで飛び込んでくんだもん。
そういう意味では、飛び込む理由が違いこそすれ、ネネカとお似合いと言える。
今や犬猿の仲でも。
「ヒイロ様、船にお連れいたします」
使用人の男に言われて、スナオと別れ、船から船へと跳べない僕は運ばれる形でコハクたちの船へと戻ってきた。
船にはコハクたちだけではなく、スナオの家の使用人数人も乗っていて、彼らは一般人ではあるもののそこはスナオの家使用人、有事の際にはキビキビ動くから安心してくれと言われている。
過剰な詮索もしない、とも。
だから、彼らはコハクの魔眼については知らず、この有事の中で一人の賓客として丁重にもてなされている。
実際、この船はコハクとシズクさんの個人船のようになっていて、九の字の計らいで不便なく生活できるようになっていた。
突然贅沢だった。
魔眼を隠さなくてはならない以上、食事も服も何もかもを部屋の前まで運ばせ、厠などどうしても外に出なければならないときだけ左目の魔眼を布で隠して、竜眼だけで移動する。
「まるでお姫様みたいな生活なの」
僕が部屋に戻るとコハクは言った。
引きこもりみたいな生活だと一瞬思ったけど僕は何も言わない。
「シズクお姉ちゃんもお姫様なの」
「コハっちゃんが言うんだから、あーしも麗しの姫だよ、ヒーロー君。丁重にもてなすがいいよ」
シズクさんは部屋で寝っ転がりながら言う。誰も入ってこないからって自分の家みたいにやりたい放題だ。
「本当はお酒飲んだくれて、うへうへいいながら小説を読みたいけどねえ」
「コハクの教育に悪いので止めてください」
その小説は官能小説だろどうせ。
そんな姫はいない。
いないと思いたい。
コハクはお姫様らしくお淑やかにやってきて、飛び乗るように僕の膝に座ると、
「コハクはお姫様、シズクお姉ちゃんもお姫様、そして、お兄ちゃんは飼い犬なの」
「コハク犬嫌いなのに!?」
絶対ちゃんと飼ってくれないじゃん!
「もしくは椅子なの」
「生き物じゃなくなった」
というか、犬と椅子を同列に並べるってことは、コハクにとって犬は座るものなのだろうか。あまりに犬を嫌いすぎて認識がねじ曲がったのかな。
そう思っていたら、
「シズクお姉ちゃんの読んでる本のお話であったの。飼い犬は椅子にして座るの」
それは…………女王様と飼い犬の話だろ!
両方人間だ!
僕がばっとシズクさんを見ると、シズクさんは目をそらし、狸寝入りをした。
「ぐーぐー! すぴーすぴー!」
「そんないびきはあり得ない! シズクさん! なんてことしてくれてんですか! 僕言いましたよね! その呪いの品をコハクに絶対読ませないでくださいねって!! 読み書きを教える時には隠しといてくださいねって!!」
「読み書き教えるときに手頃な本がなかったんだよお。大丈夫大丈夫。行為に及ぶところまでは読んでないからあ。その前までで止めたらただの物語だからあ」
「その物語がヤバいって言ってんです! その特殊な状況が!」
「なにをいうヒーロー君! いじめて悦びいじめられて悦ぶのは特殊じゃないよ!」
鼻息荒く反論するシズクさん。
どこに憤慨してるんだあんたは。
「とにかく、コハクが『飼い犬』を『いじめて座るための人間』だと思ってることがヤバいんです! コハク! 飼い犬はワンちゃんのことだぞ! 可愛がりながら育てる存在だぞ!」
「ワンちゃんなんか誰も可愛がるわけないの。何を言ってるのお兄ちゃん」
犬嫌い過ぎて説明が進まない!
コハクの中で論理が完成してしまっている。
犬を飼う奴はいないから『飼い犬』と言う単語は人間を指す。
簡単な理屈だ。
「シズクさん! 責任とってちゃんとコハクの間違いを正しておいてください! 僕は明日、妖精の華を討伐してくるんで帰ってくるまでには、ちゃんと!」
「え! 明日なのかな? 明日妖精の華を討伐に行くのかな?」
シズクさんはぎょっとして僕を見る。
九の字との話を聞いていたんだから、すぐにこうなることは解っていたはずなんだけど。
「そうですよ。九の字の準備ができたらしいです。だから明日……」
「椅子は動いちゃダメなのぉ!」
コハクが僕の胸に頭を押しつけるようにして体を預けてくる。
わがままなお姫様だ。
「お兄ちゃんはずっと椅子なの。今日も明日も明後日も、ずっと。ずっとここでコハクの椅子をするの」
何という無理を言うのか。
「妖精の華を討伐しなきゃ。コハクの薬を作るためには必要だからさ。そうしたらこうやって船の上で過ごす毎日も終わるんだよ?」
「いいの。ずっと船の上でもいいの。隠して過ごせばそれでいいの! コハクは……コハクはお兄ちゃんがいなくなるのが嫌なの!!」
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次回は明日12:00頃更新です。
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