かおす

灯村秋夜(とうむら・しゅうや)

 

 なんかちょくちょくネタかぶっちゃってるな、大丈夫か? エンタメ目的で来たわけじゃないから、楽しい話にはなんないんだけどさ。俺が見たものの話になるんだけど、本当に気味悪くて、見てるだけで呪われそうというか……実際、呪いが実在するかもしれんなんて思い始めたの、あれがきっかけだったんだ。

 アパートだとわりと小さいから、隣同士が知り合うこともあるとか、仲が良くなるとかってメロドラマもあるらしい。大学に入ってから一人暮らし始めて、二回生の途中で実家に戻った。ガチでヤバいことに巻き込まれたかもしれないって必死に説得して、あのマンションには二度と近付かないように心がけてる。噂を広めたりとかはするつもりないし、元凶になったあのオッサンが死んだから、今はたぶん大丈夫なんだろうな。それでも絶対近寄らないけど、まあ……人情ってもんがあるの、な。

 そういやタイトルつけるんだよな。顔、顔の……いや、いっそ「かおす」でどうかな。あの場所をひとことで表すなら、それがぴったりだと思う。忘れようとしても忘れられるもんじゃない。アクセントがおかしい? まあまあ、話を聞いたら俺がこうした意味も分かってもらえると思うから。


 家から大学まで片道二時間、しかも路線は雨風ですぐ止まるってことで、一人暮らしすることになった。家事の基礎を叩きこまれたけど、そう難しくもなかったし、自炊っつってもそこまで手がかかるわけじゃないからな。よっぽどのことがなければ、問題なくやっていけそうだった。友達もできたし彼女もできて、大学生活は順風満帆だったと思うよ。サークル活動だけあんましだったけど、まあ、もともと彼女に誘われて入ったとこで、なじみもない和楽器サークルだったし。できたらかっけぇじゃん、みたいに思えたりもしなかったんで、上達はしなかったよ。

 そんなにいいところじゃないけど、マンションの部屋も気に入ってた。生活に必要なものは揃ってるし、こぢんまりとしてて、ちょうど俺が暮らすときのスペースの使い方に合ってるっつうかさ。なんだったら就職もここを拠点にするか、ってくらいだったよ。今住んでる部屋も、間取りはだいたい同じのを探した。

 上の住人がちょっとうるさかったけど、子供がいるみたいだし、そこんとこは我慢してたよ。で、隣の角部屋にいる誰かが、しょっちゅうコンコン音させててさ。最初はちょっとイライラしたけど、小気味いいリズムっていうか、すげぇリズミカルでスムーズなのな。あとから知ったことなんだけど、彫刻家だった。相当腕がいいんだろうなってのは、このときからだいたい分かってたよ。作ってたもの……あれを見た後でも、腕前だけはマジで達人というか、ゆくゆくは人間国宝にだってなれたんじゃないか、ってくらいだった。

 部屋にいるとき、だいたいずっとコンコン音がしてて、……いやまあ、妙にくぐもってるというか、音の感じからして防音壁越しだったと思うけど、音を聞きながら料理したり、音が途切れたらだいたい夜の十時から十一時だなって思ったり。あいさつ回りはしない方がいい、なんて言われたから顔もほぼ覚えてないけど、隣人との関係って意味では悪くなかったと思う。

 芸術家って、集中したいとかで辺鄙なとこに住むやつが多いんだよな? 街の中、集合住宅にいても自分を保てるとか、最強すぎだろってさ……そのときは思ってたんだけど、そのオッサンが突然死んだんだ。いや、ただの隣人だし死体もちゃんとは見てないし、詳しい話を聞きたいかって言われたら別にいいですって答えるだろうけど。でも、いろいろあってオッサンの部屋に入ることになって……そこで、オッサンが作ってたものを見た。


 二回生になってだいぶ経って、もう冬も近かったかな。明日は女子も交えて友達と遊ぶぞーってことで、風呂でヒゲ剃ってたんだ。うまい先輩がいたから一緒に銭湯行ってコツ聞いてさ、おっしゃ女子の前でカッコつくわこれ! って、若干テンション上がってた。クリーム流し終わって、体も流し終わったし風呂出て、体拭いてるときにさ……ドーンッ、って大爆発みたいな音が聞こえた。小学生のとき、学校にわりかし近いビルに避雷針があったから、雷落ちたらみんなビビり散らかしてたんだけどさ、あれと同じくらいデカい音だった。

 いつもの音と違うし、倒れた感じでもなかったから、いったい何があったんだろうって思って……急いで服着て、もうひとつ隣の奥さんといっしょに「どうしたんですか、何かあったんですか」ってピンポン鳴らしたよ。すぐ隣ならともかく、上にも、ひとつ部屋隔てた先にも聞こえてるんだから、けっこう騒ぎになった。すぐに管理人さんが来て、鍵開けて入っていった。「うわっ!」って言ったあとすぐ出てきて、通報してくれって……死んでたんだよな。

 動転してたのか、頼りになる人にいてもらわないといけなかったのか、俺も部屋に入ることになった。管理人さんもけっこう年だったからかな。木の匂いとニスの匂い、あとなんかほこりくさい匂いがしてた。一人暮らしの芸術家にしちゃ、かなりまともな暮らしをしてたんじゃないかって、今になってみると思うよ。でも、どうして木の匂いなんかするのかって話だ。部屋中どころか、玄関にまであったんだよ、木が。


 木彫りのお面だった……人の顔そのものの、リアルなお面だ。


 ずらっと並んでた、って言葉じゃ表しきれない。図書館の本棚を見て「うじゃうじゃ」なんて表現を使いたくなることって、ないだろ? ある程度整った形のものが整然と並んでるのに、綺麗だなとかもっと見ていたいなとか、そんな気持ちは湧いてこないんだよ。だって、俺が一年以上ずっと聞いてて、たぶんそれよりずっと前から続いてたんだろうあの音……あれは、お面を作ってる音だったんだから。

 備え付けのデスクの下に顔を突っ込んで、オッサンは死んでた。ただ倒れてるだけにしか見えなかったけど、血だまりが広がってたから、何かしら死因はあったんだろうな。それが何だったのかは分からない。ただ、ひとつだけ気になることがあって……机の上にあった作りかけの顔、あれは間違いなく俺だった。

 部屋中、壁じゅう、天井にまでお面がずらっと並んでるもんだから、やってきた救急隊員とか警察の人も、かなり不気味がってたよ。なんなら、あの中に本物の生首が紛れてるかもとか、資料にした違法なものとか犯罪の証拠でも出てくるか、って勢いだった。でも、オッサンの部屋から出てきたのは、ふつうの生活用品と彫刻の道具、あと古びたデザインの参考書とか、教科書だけだったらしい。調べたら、大学じゃなくて高校のやつだったらしくて、美大生とかじゃなかったみたいなんだよ。

 ところで、なんだけどさ……誰が見ても思わずぎょっとするような、めちゃくちゃリアルなお面だったんだ。鼻毛みたいな位置に出てる宝ひげとか、ぶっとい眉の間にあるニキビ潰したケガとか、どういう技術だよってくらい再現度高かった。そのはずなのに、あのときオッサンの机にあった俺のお面には、ちょっと偏ったヒゲ生えててさ。あれ、俺が剃り残しやったあとから生えてきたのを再現してたんだと思う。


 俺の妄想なんだけど、あのオッサンって……ぜったい現実通りに作らなきゃいけないっていう縛りというか、呪いでもかかってたんじゃないかなって思うんだ。制作がひと段落付くタイミング、実は三日に一回くらいあってさ。そう考えると、俺のヒゲのことも説明つくんだよ。

 先輩と銭湯行った日、ちょうどひと段落ついてた。で、そこから作り始めたタイミングで遊びに誘われて、教わったやり方でヒゲ剃って……現実の俺の顔は「偏ったヒゲ」じゃなくなった。いつ見たのか、写真でも手に入れたのかは知らないけど、元にした俺の顔とズレたんだろうな。だから、オッサンは……“違反”とかしたんじゃないか、って思ってる。

 オカルトサークルのやつらに聞きたいんだけどさ、人の顔ってどうするんだ? 百じゃきかない量あったけどさ、あれ何に使うんだよ? いや、知らないって言われても困るって。じゃああれってマジで何なんだよ、何やってたんだよ! 教えてくれって……! なんかあるんだろ? 世界あちこち探したら、そういうのさ……ないのかよ!?


 ただ作ってただけなんて、そんなわけないだろ!

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かおす 灯村秋夜(とうむら・しゅうや) @Nou8-Cal7a

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