第12話 歓迎会と出会い

「……総吾郎の馬鹿」

「す、すみません」

「そんな謝罪とこんな美味いパンケーキで許してもらえると思ったのか! この! 浮気者!」


 パンケーキを頬張りながら、栄佑はそう怒鳴った。浮気も何も、そういう関係ではないのに。そもそも、そういう関係がまず有り得ないというのに。

 『卍』基地に帰還して栄佑にパンケーキを渡そうと、彼の部屋に向かったのが二十分程前だ。総吾郎を部屋に招きいれた栄佑は、最初から不機嫌だった。そもそも、総吾郎は完全に忘れていたのだ。彼が鼻の利く狼の『合成人間』だったことを。

 あっという間に光精といたことがバレてしまい、騒ぎ立てる栄佑の口にパンケーキを突っ込んで大人しくさせたのがついさっきだ。するとかわりに、こうぐちぐち言っているわけなのだが。


「俺ずっと待ってたのに。晩御飯一緒に食べようと思って、待ってたのに。そしたらお前はあんなゲスなイケメンとご飯食べてたとか。マジ信じらんねー」


 パンケーキの一枚目を平らげると、こちらをじっとりと睨んできた。もう一枚差し出すと、引っ手繰られた。


「ていうか、やっぱあの時噛み殺しておけばよかったな。もう本当あいつ嫌い」

「そういえば、栄佑さんと光精さんって」

「うわー! こ、う、せ、い、さん!! 下の名前呼びですか! 親密ですね!!」

「す、須藻々さんとは『neo-J』でどういう関係だったんですか?」


 こんな大声を出されて、もし誰かに聞かれたら。栄佑は少し大人しくなったものの、相変わらず不機嫌だった。


「まず、あいつとどんな話したのか教えて。そんなあいつの匂いと美味そうな匂いつけて帰ってくるとか、これがもし夫婦とかだったら離婚調停モノだぞコラ」

「離婚って……その、アキラさんのこととか。そういえば、栄佑さんってあの人とアキラさんの関係知ってるんですか?」

「知ってるけど教えてやんない」


 完全に機嫌を損ねてしまったようだ。このままでは埒があかないので、溜息で済ませることにした。

 二枚目のパンケーキを一口齧ると、栄佑はぶすっとした顔のまま呟いた。


「結構『neo-J』では有名だったんだよ、あいつらの関係。つーか、須藻々がおかしかったんだよな色々。で、ああ、俺達の関係?」


 頷く。すると、落ち着いたのか彼は話し始めた。


「俺、狼だしそれなりに戦力だからって門で見張りやってたんだよ。番犬的な。だから、言ってみりゃあいつの直の部下だった」


 そういえば、彼は総吾郎のことを『新しい飼い主』と呼んでいた。つまり、過去の飼い主は光精だったという解釈でいいのだろうか。もっとも、総吾郎には栄佑の飼い主であるつもりはさらさら無いのだが。


「ほら、あいつ性格歪んでるじゃん。俺、散々虐待されたんだよ。まあ、あっちからすりゃただの悪戯だったんだろうけどさ。思い出すだけで泣きそう」

「す、すみません」

「でも、総吾郎は優しいから好き」


 パンケーキの皿などを片付けながら、彼は笑った。そんな彼を見て、顔が綻ぶ。あれだけ歳不相応なレベルのスキンシップをされても嫌悪感に繋がらないのは、彼自身の純粋な人懐っこさのせいだろう。

 部屋の扉が、ノックされた。栄佑が「鍵開いてるよ」と言うと、控えめに扉が開く。そこに居たのは、アレッタだった。


「アレッタ!」


 いつの間に目覚めていたのだろう。栄佑を見ると、彼はニヤニヤ笑みながら、アレッタを手招く。アレッタは車輪を回しながら、部屋の中へ入ってきた。


「お前がバイトしてる時間に目を覚ましたんだよ。なー」

「なー」


 舌ったらずで栄佑を真似るエレッタは、笑顔だった。そのことに、心の底から安堵する。しかし、そんな総吾郎をぎろりと睨むと栄佑はぼそりと呟いた。


「そのお祝いも兼ねて晩御飯のつもりだったのに」

「本当にすみません……」


 アレッタは総吾郎を不思議そうに見上げながら、彼の傍へと近付いてきた。下半身の構造のせいか、身長の低めな総吾郎の腰程にも彼女の全身は届かない。


「そーごろ、だいじょうぶ?」

「え? 何が?」

「うみにおちたって。かぜ、ひいてない?」


 舌ったらずながらも、アレッタは頑張って言葉を紡ごうとしている。それが可愛らしくて、思わず彼女の髪を撫でる。つるつるとした、柔らかい髪だった。


「大丈夫。アレッタこそ、大丈夫か? どこも痛くないか?」

「アレッタはだいじょうぶ! あしもね、じょうぶにしてもらったの」

「そっか、よかったな」


 どこをどう改造してもらったかを一生懸命話すアレッタに微笑ましさを感じながら、総吾郎はふと思った。

 アレッタは、受け入れている。少なくとも、自身の体をにこにこと笑って話す程には。初めて会った時も、目に見えて嫌がりはしなかったものの辛そうに見えたのに。一体、何かあったのだろうか。


「よーしアレッタ。本当はこんな時間におやつを食べるのは悪い子のやることだけど、今日は特別に栄佑が許してあげよう! じゃーん、総吾郎の焼いたパンケーキでーす!」

「きゃー!」


 先程栄佑が食べていたパンケーキを見て、アレッタが目を輝かせる。車輪をからから回しながら、総吾郎の回りを旋回するアレッタは歳相応の少女だった。栄佑とは相性がいいのかもしれない。というか、この二人は結構精神年齢が近い気もする。

 アレッタのためにパンケーキを小さく切り分けると、栄佑はアレッタの口に一欠片運んだ。リスのように頬を膨らませて咀嚼しながら、彼女は幸せそうに笑う。


「おいしー! すごくおいしー!」

「だろー」


 フォークを振り回して喜ぶアレッタに、栄佑はまた一欠片食べさせる。そんな様子を見ながら、総吾郎は自身の心が熱くなるのを感じた。まさか、こんなに喜んでもらえるとは。


「……もっと修行しよ」

「え、どしたの」

「いえ、何でも」


 お土産のパンケーキをこれから増やそうか、とぼんやり考えているとアレッタがふと口を開いた。


「ねえ、そーごろ。あのね、もしかしてママのこと知ってる?」


 どきり、とした。栄佑も同じだったらしく、「急にどうした」と尋ねる。アレッタは首を傾げながら、パンケーキを飲み込んだ。


「あのね、このパンケーキね。ママのあじがするの。ママがつくってくれたビスコッティとか、ケーキとかみたいな」

「何か入れたの?」


 栄佑の問いに、首を捻る。しかしすぐに、合点がいった。


「マーマレード入れました。オレンジ風味の、ドリフェのやつなんですけど」

「ああ、なるほどね。アレッタ、ママのお菓子オレンジ味?」

「うん!」


 それを分かったからなのか、アレッタはより時間をかけてパンケーキを咀嚼する。その姿を見ていると、胸の奥がきゅんとつまった。

 アレッタは、母の死の真相をまだ知らない。少なくとも、知ろうとはしていない。それは、知らない方がいいと彼女が分かっているからか。それとも、希望にすがっているからなのか。

 自分が出来ることとは、何だろう。


「ごちそさまでした!」


 アレッタは手を合わせると、綺麗になった皿を総吾郎にさしだした。それを受け取りながら、アレッタの頭を撫でてやる。すると、彼女はくすぐったそうににこにこと笑った。


「美味かったろー、総吾郎にいちゃん作だぜ」


 栄佑の言葉に、ハッとする。

 そうだ。つまり、そうなればいいのだ。





「歓迎会? アレッタの?」

「栄佑さんのも兼ねて、なんですけど」


 久し振りに見る杏介の顔は、前回よりもだいぶすっきりとしたものだった。やはり、体調を崩したとはいえ無理矢理にでも休んだのが効いたのだろう。

 研究の休憩中という彼を食堂でつかまえ、計画を話した。すると、彼は渋い顔をしてコーヒーをすすった。


「なるほどなあ……昨日の晩そんなことがあったわけか。悪いけど俺、休んでた分の研究追い込まなあかんから参加出来るか分からんわ」

「そうですか……」

「一応、日程決まったら教えてや。合間縫えそうなら行く」

「ありがとうございます!」


 笑顔になった総吾郎を見、杏介は苦笑する。


「あの可愛げないクソガキ、お前や安西さんには懐いてんねんなあ……俺のどこがあかんのかな」

「いやまあ、それは……まあ」


 彼とアレッタの相性は最悪だとは思う。しかしそれは、今更言うことでもないだろう。彼もよく分かっているはずだ。


「架根は? 来んの?」

「それが、アキラさんずっと見なくて……一回事務の人に話を聞いたら、何か極秘任務に就いたとかで」

「ああ、なるほどな。まあ、架根なら有り得るわな」


 昼食を食べ終えると、杏介は何やら錠剤を取り出した。瓶を見るに、恐らくサプリメントの類だろう。それをコーヒーで流し込んでいるあたり、意味がなさそうにも思えるが。

 アキラの極秘任務のことを聞いた時、内心の不安が一気に膨れ上がった。しかし、自分はまだ未熟な新入りだ。極秘とまで銘打たれた任務についていける自信もない。先日の事もあるせいか、不安が止まらない。


「え、じゃあ今参加者は? お前とアレッタと安西さんだけ?」

「あ、いえ。アマイルスさんも来てくれるそうで」

「ああ、アレッタあいつには懐いてるもんなあ。あの滝津とかの件で助けられてから、もう離れへんらしいで」


 呆れ顔で瓶を白衣に戻しながら、杏介は立ち上がった。恐らく、もう行くのだろう。それを追うように総吾郎も立ち上がると、杏介はふと思い出したかのようにこちらを向いた。


「田中くん、これから約一週間の予定は? ちょっと新作の『種』が出来たから、実験兼ねて見てほしいんやけど」

「え? それなら今行きますよ」


 そう答えると、杏介は急に慌てたように首を勢いよく振った。


「あ、あかんあかん! 今まだ調整中のやつやから!」

「ここ一週間……明日と明後日がバイトで、それ以外は勉強でもしようかなって」

「バイト、何時まで?」

「明日が昼からラスト、明後日がモーニングから二時までですけど」


 どうして、こんなに突っ込んで聞いてくるのだろう。不思議に思っていると、杏介は何かぶつぶつ言いながら急に声を上げた。


「よし、じゃあ明後日やな。明後日やるから、お土産に何かお菓子買ってきといて。最近甘いもん好きになってん」

「あ、はい分かりました」

「って、もう一時やん。悪い、俺行くわ」

「はい、お疲れ様です」


 一体、何なのだろう。

 白衣を翻しながら駆けていく杏介を見ながら、総吾郎は首を傾げた。





 モーニングの忙しさに死にそうになったが、何とか落ち着いた。そこで許可をもらい、例の土産用のパンケーキを焼き始めたのが三十分程前だった。


「……よし、こんなもんか」

「どれだけ焼いてるの!」


 アレッタのために、マーマレードやオレンジ果肉を使ったパンケーキ。それと、いくつもの種類のパンケーキを焼いた。練習がてら焼いた結果、気がつけば二十枚を超えるパンケーキが焼きあがっていた。


「あ、すみませんっ! ちょっと頼まれてて……社割使っていいですか?」

「いいけど、一体何やるの? 催し?」


 歓迎会は、三日後となった。その日なら杏介も参加出来る、とのことだったがアキラは依然として行方が知れない。彼女は、大丈夫だろうか。

 重手に手伝ってもらい、全てのパンケーキを箱に詰める。着替えと支払いを済ませ、パンケーキを持って店を出た。アレッタは、喜んでくれるだろうか。

 先程やってきた『卍』の送迎の車に乗り込むと、運転席に座っているのが行きと違うことに気付いた。そして、覗き込むといつもの美しい無表情があった。


「アキラさん!」

「お疲れ様」


 助手席に座って扉とシートベルトを閉めると、車が発進した。彼女はいつものように、本当に普段どおりに運転している。


「あ、あの……久し振りですね」


 出てきた言葉が、それだった。聞きたいことは沢山あったが、仕方ない。まずは、そこからだ。


「そうね。元気だった?」

「はい。あの、アキラさんは」

「私は今朝任務が明けて、戻ってきた。タイミングがよかった」


 恐らく、送迎のことを言っているのだろう。「そうですね」と返すと、車が急停止した。信号機は、赤になったところだった。

 そういえば、そもそも何故アキラが来たのだろう。彼女の荒い運転は、送迎には絶対向いていないのに。誰も止めなかったのだろうか。


「田中くん」

「はい」

「この呼び方、やめるわ」


 いきなり何を言い出すのだろう。わけが分からずにいると、車体が揺れた。動き始める。


「一応、本名は山下なわけだし。でもそこ訂正するのも面倒臭いから。……でも、総吾郎も長いか」

「そ、それはすみません」

「じゃあ、ソウくん」


 それだけ言うと、話が終わったかのように彼女は口を閉じた。もしかすると、それをずっと考えてくれていたのだろうか。そう思うと、少し胸が熱くなった。ときめきに近い、そんな熱だった。


「あ、また赤」


 急停止。衝撃が、一気に総吾郎を打つ。やはり、彼女の運転は優しくない。

 普段の倍近くの時間をかけて、基地へ戻ってきた。辿りつくまでに何度か嘔吐しそうになったが、運転手のアキラはそんな様子をおくびにも出さない。やはり、運転している側には関係ないのだろうか。

 駐車場に車を止めると、アキラは携帯電話を取り出して何かを話し始めた。しばらく相手の声を聞くと、無言で電話を切る。その動作が気になって、「誰ですか」と問うてみた。


「林古くんなんだけれど、何だか怒ってたから切った」

「いいんですか?」

「多分。ほら、こっち」


 色々と問題がある気がするが、深くは突っ込むまい。彼女についていきながら、エレベーターに乗り込んだ。

 エレベーターが広場へと向かい下降していく最中、アキラは隅にもたれかかる。普段見ない動作なだけに気になったが、きっと疲れているのだろう。あえて突っ込まないことにした。

 エレベーターが止まり、開く。扉のすぐ前に立っていた総吾郎を襲ったのは、破裂音だった。


「えっ!?」


 びっくりして広場を見回すと、ひらひらと紙テープが舞う中に沢山の職員がいた。腕を引っ張られエレベーターを抜け出ると、その主は杏介だった。しかし彼は、アキラを睨んでいる。


「いきなり電話切んなや! つーかほんまに何でこんな時間かかんねんアホ!」

「赤信号が多かったのよ」

「嘘つけ! 単純にお前の運転技術のせいやろ!」


 訳がわからずきょろきょろしていると、回りの職員達がにこにこしながら道を空けてくれる。その中には、アレッタと栄佑も居た。


「あ、あの、これは」

「はいはい、主役はもっと奥行こなー」

「しゅ、主役?」


 広場の中心に向かう途中で、アマイルスが総吾郎からパンケーキの箱を渡すように手招いた。大人しく渡すと、杏介に引きずられるようにして中心へと向かう。

 ようやく止まると、杏介はニヤニヤしながら口を開いた。


「お前な、安西さんやアレッタのこと考えるのもいいけど自分の立場忘れんなや。お前、職員やったら一番新入りやねんぞ」

「は、はい」

「歓迎会するなら、お前の分もや」


 そこで、ハッとした。広場にいる他の職員も、皆頷いている。


「よし、飲み物回そかー! 皆揃ったことやし!」

「み、皆!?」

「おう、そのために架根も任務引き上げさせたんやで。さすがにボスは仕事抜けられへんかったんやけどな」


 アキラを見ると、彼女は相変わらず無表情だった。しかし、その表情はどこか普段に比べると柔らかい気がする。

 グレープジュースを受け取りながら、その手が少し震えていることに気付いた。胸の奥から、何かがこみ上げてくる。何だか、泣きそうだった。


「じゃあ、新しく『卍』にきた三人! この世界に生きる以上色々大変やとは思うけど、これから頑張んぞー! 乾杯!!」


 全員のグラスが、浮かぶ。そこで、崩壊した。


「あれ、田中くん泣いてる?」


 隣に居たアマイルスが、優しく声をかけてくる。しかしそれすら、滲んでいた。涙を拭きながら首を振ると、彼はティッシュを手渡してきた。それで涙を拭きながら、口を開く。


「すごく、嬉しいだけです」


 全員が、沸いた。それにつられて、笑う。

 持って帰ってきたパンケーキを皆で切り分けながら、総吾郎もまた栄佑の元へと向かう。彼もまた総吾郎を探していたらしく、駆け寄ってきた。


「サプライズ大成功だろ!」

「サプライズ過ぎますよ……びっくりしました」


 パンケーキを受け取り、二人でそこかしこに散りばめられた椅子に座った。パンケーキを頬張りながら、栄佑は得意げに話し始める。


「ふふーん、お前が俺らの歓迎会してくれるって杏介くんに言った時杏介くん思いついたんだってよ。すっげーよな、アドリブとか演技力とか。わざと実験つってサプライズかましたりとか」

「全部杏介さん企画なんですか?」

「や、俺やアマちゃん、あとアレッタも。アレッタも頑張ったんだぜ、広場の飾りつけ」


 指差した先には、色とりどりのレースで飾られた壁があった。それも、かなりの広範囲である。息を呑んで見ていると、栄佑はニヤニヤ笑いながら耳打ちしてきた。


「あれ、アレッタの手編みなんだよ。今まで集めた人毛だってさ」

「じっ!?」

「誤解すんなよー、要するにさ」


 彼は優しい目をして、耳打つ。


「母親との思い出を、こうやって活かしたんだ。『卍』に、総吾郎に助けてもらったお礼だってよ。あいつなりに感謝を示したいけど子どもだから皆みたいに働けないしどうしようって言ってた。俺ちょっと泣いた」


 皆には言うなよさすがに、と言われ頷く。嬉しくなってパンケーキを齧っていると、アレッタがやってきた。にこにこしながら、車輪を回している。


「そーごろ、えーすけ!」

「よーアレッタ。杏介くんとお話出来たか?」


「アレッタ、きょーすけきらいっ」


 頬を膨らませながら、空になった皿を見せ付けてくる。アレッタは本当に怒っているのか、落ち着きなくその場をくるくると回った。


「アレッタのパンケーキぜんぶたべたの! いとゆるすまじ!」

「マジで? あいつも案外子どもっぽいな」

「というか、どこでそんな言葉覚えたんだアレッタ……」


 しかし、恐らく彼なりに歩み寄ろうとした結果なのだろう。そう考えると、少し微笑ましい。


「オレンジのやつアレッタのなのにー、きょーすけのばかーばかー」

「じゃあ、栄佑にーちゃんの苺のやつ食う?」

「くー!」


 二人がきゃっきゃしているのを見ながら、総吾郎はそっと席を立った。色々な人間と話をしながら、アキラを探す。

 ようやく見つけると、彼女はまた沢山の人間と話していた。その表情は相変わらず無表情で、しかし面倒臭がる素振りは見せていない。彼女とも色々話したかったが、とりあえず今回は身を引いた。


『アキラを、守ってやってくれ』


 ふと、光精との約束を思い出す。アキラと彼との謎は、ただ深まるばかりだ。

 それでも、自分は『卍』だ。今までの経緯からして、『neo-J』と相容れられる気は正直しない。下手をすれば、光精とすら敵対することになるのかもしれない。

 しかし、今ここで生きていくと決めたからには。


「総吾郎―、こっちのお菓子も食べようぜー!」

「あ、はいっ」


 今は、この空気を楽しもう。新たに出来た、家族と。

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