第21話:ふわり先生、相変らずおっちょこちょい

***


 4時間目。ふわり先生の国語の授業中のことだった。

 先生は黒板の前を右に左に歩きながら、片手に持った教科書を朗読していた。

 まるでプレゼンをするIT企業の創業者のようだ。

 きっとそれがカッコいいんだと思ってるんだろうな。


 しかし先生は、足を滑らせて、ぐきっと足首を捻ってしまった。


「あてててて!」


 読んでいた教科書を放り投げて、わちゃわちゃと手を振り回しながら痛がる動作がまるでコメディみたいだ。

 なにやってんだよ先生。相変らずおっちょこちょいだな。


 そんなふわり先生を見て、陽キャの権化ごんげ春田はるたが席から立ち上がって叫んだ。


「せんせー大丈夫かっ!?」


 先生は捻った方の足を床に押しつけて、痛みがないか確認している。


「あ、大丈夫。大げさに言っちゃったけど、そんなに痛くないわ」


 どうやら大したことがなさそうでよかった。

 だけどほんとおっちょこちょいにもほどがあるぞ。


「あははっ、バッカじゃねぇの!?」


 春田が教壇のふわり先生を指差しながら、腹を抱えて笑ってる。

 こいつは先生をお気に入りだから、バカとか言いながらも、大したことがないってわかってホッとしたんだろう。


「んもうっ、なによっ! バカにしないでよぉ」


 ほら出た。ふわり先生は童顔なのにぷっくり頬を膨らませるから、それだけで子供っぽいんだよなぁ。


「いやいや、バカでしょ! そんなカッコつけてすかした歩き方してるから、コケそうになるんだよ、あはは」

「んもうっ!」


 春田の煽りに拗ねたような態度のふわり先生。いつもの光景だ。

 他の生徒達もそれに乗っかっていく。


「ふわり先生、おっちょこちょいすぎっ!」

「そーだよっ! 笑えるぅ~!」

「んもうっ、みんな! 授業中だよっ! 静かにしてよぉ~」


 ほら先生。そんな言い方じゃ、みんなまともに聞いてくれないよ。

 俺のアドバイス、覚えてないのか?


 ──なんて思ってたら、ふわり先生が突然両手のひらで、頬をベチっと叩いた。

 そしてキリっとした顔になって、気合を入れるように声を出した。


「よしっ……」


 それから騒いでる生徒達に向かって、真剣な顏と口調で大きな声を出した。


「みんな! お願いだから、私の話をちゃんと聞いてっ!」


 俺が教えたまんまのセリフだ。

 珍しくシリアスモードのふわり先生の声にみんなが驚いて、教室内は急にシンと静まり返った。

 そこに先生は、さらに真剣な口調でみんなに語りかける。


「ねえみんな。いつもこういう雰囲気になっちゃって、私の授業は思うとおりに進められてないの。このままじゃ、みんなに迷惑かけちゃうよ」


 みんなは真面目な顏で先生の話を聞いている。

 ちゃんと気持ちがみんなに伝わってる。

 やっぱふわり先生って、みんなに舐められてるんじゃなくて親しまれてるんだ。


 ──よかった。


「私、そんなのイヤだから、ちゃんと授業を進めたいの。お願いだから、静かにして私の授業を聞いてもらないかな」

「わかりました」「はーい」「わかったよ。ごめんふわり先生」


 みんなが口々に同意を示している。

 これで先生は落ち着いて授業をやれそうだ。


「よっしゃ」


 ふわり先生は小さくガッツポーズをした。

 とても嬉しそうな笑顔が、キラキラと輝いて見えた。


 うわ、なにそれ。めっちゃ可愛い。


 ──俺は不覚にも、ちょっとドキッとしてしまった。




 その後は、今までにないくらい順調にふわり先生の授業が進んだ。

 そしてチャイムが鳴り、授業終了。

 ふわり先生は満足げな顔で教室を出て行った。


 俺と笑川はアイコンタクトを交わして教室から廊下に出た。

 職員室に戻るふわり先生の背中を追いかける。


「先生、ちょっといいですか」

「笑川さん……と穂村君まで。どうしたの?」

「ストーカーの件で報告したいことがありまして」

「あ、うん。じゃあちょっと場所を変えようか」

「あ、はい」


 俺はふわり先生と笑川と一緒に、校舎の一階まで移動した。そして校舎の裏庭に出て、三人で立ち話をした。


「ふわりちゃん! ストーカー事件は解決だよっ! ブイっ!」


 笑川がピースサインをしながら、いきなりの終結宣言。


「え? ホント?」

「うん、これがマジなのだわ!」

「そうなの?」


 ふわり先生が俺を向いたから、うなずいた。


「よかった。詳しく教えて」


 校内と校外、二人のストーカーがいたこと。

 両方とも解決したこと。

 笑川が主に説明をして、時折俺が補足の説明を入れた。

 ただし湯上さんのことは、明確に名前を出すのはやめておいた。


 先生に悪いイメージを持たれるのは、彼女が可哀想だからだ。

 ふわり先生も理解してくれて、それ以上深くツッコむのはやめてくれた。


 まあ文芸部長の和田君を足止めする役目を先生にしてもらったから、何らかの気づきはしてるかもしれない。


 だけどはっきりとさせないまま置いてくれるのは、ふわり先生の優しさだ。


「ねえ穂村君」

「はい」

「ありがとうね」

「どういたしまして」

「本来はキミがする義務のない面倒なことを押しつけたのに、それを嫌な顔一つしないでやってくれて。ホントにありがとう」


 セリフは俺が教えたとおりの内容だ。

 だけど先生の真剣な眼差しと口調が、単なる口先だけじゃなくて、心から俺に感謝してくれていることが伝わってくる。


 ヤバ。そんなふわり先生の気持ちが嬉しくて、ちょっとウルっと来そうだ。


「先生。そこまで言ってくれたら俺こそ、先生に礼を言いたくなるよ。ありがとう」

「え? なんで穂村君がお礼を言うのよ」

「いや、なんとなく」

「そっか。穂村君がそんな風に言ってくれるの、ホントに先生嬉しいよ」


 感極まったように頬を染め、潤んだ瞳のふわり先生。

 そんな先生は、とても綺麗に見えた。

 俺はまた不覚にも、ドキリとしてしまった。

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