第20話:しつこいのはやめてくださいよぉ〜

 俺はふわり先生を追いかけるために店から前の通りに出た。

 駅への方向を見ると、薄暗い中街灯の下で、先生が立ち止まって誰かと話しこんでいるのが目に入った。

 よかった。すぐに追いつける。


 小走りで近づくと、先生と話しているのはチャラい感じの茶髪パーマ男だった。


「ねぇ、いいじゃん! ウチの店においでって! めちゃくちゃ稼げるから!」

「だから私はちゃんと仕事してるから結構ですって」

「キャバ嬢はダブルワークも多いから大丈夫だよ!」


 なるほど。どっかのキャバクラのスカウトか。

 いやいや、高校教師でキャバ嬢とのダブルワークは大丈夫じゃないっしょ。


「んもうっ、しつこいのはやめてくださいよぉ〜」

「いいじゃん!」


 だからふわり先生。

 そのふわふわした言い方だから、相手はなかなか辞めてくれないんだよ。

 もう、仕方ないなぁ……


「なあ、あんた。いい加減にしろよ。嫌がってるじゃないか」

「……は? なんだおまえ?」


 うわ、茶髪パーマ男に、いかつい顔で思いっきり睨まれた。

 ぇぇ……


「引っ込んでろよ、このガキ!」


 スカウトマンが俺の胸を押そうと、いきなり俺に向けて、勢いよく手を伸ばしてきた。

 俺は無意識のうちに身体を斜めにして、男の手を避けた。


 その流れで相手のあご先に手のひらを打ち付け……る直前で寸止めした。

 いわゆる掌底しょうてい打ちというやつだ。

 もちろん相手に当てたりはしない。──暴力反対!


 だけど相手の男は突然の反撃に驚いたんだろう。

 目を丸くして、腰を抜かしてヘタリこんでしまった。


「この人はウチの店のお客だ。ウチの客に迷惑かけんなよ」

「あ、それは気がつきませんでした。す、すみませんでしたぁ!」


 男は慌てて立ち上がると、がくがく震える足取りで逃げ出した。

 ふわり先生がそれをびっくりした顔で眺めている。

 そして俺を向いた。


「ホト君! ありがとぉ〜っ! 私を追いかけて来てくれたのね〜! すっごいカッコよかったよぉ~!!」

「うわっ!」


 ──びっくりした!!


 いきなり先生がガバッと抱きついてきた。

 小柄で子供みたいだって思ってたけど、身体はめっちゃ柔らかし、いい香りがするし。

 やっぱオトナの女性だ。 ああ……


 ヤバ。俺の理性、しっかりしろ!

 相手は担任の教師だぞ!


「あ、ふわりちゃん。これ忘れてたよ」


 身体を引き剥がすようにして離れて、スマホを差し出した。


「あ……そっか。忘れ物届けてくれたんだ」

「うん、そうだよ」

「あ、ありがとう」


 ちょっと嬉しそうな。

 そしてちょっと寂しそうな笑顔で、ふわり先生はぴょこんと頭を下げた。


「駅まで送って行くよ」

「いいの?」

「ああ」


 今度はふわり先生は、さっきよりもちょっと嬉しそうな顔で微笑んだ。



 そして天王寺駅まで先生を送って行った。

 駅の改札を抜けた後、照れたような顔で手を振るふわり先生の後ろ姿を見送ってから、俺はバーPalmパルムに戻った。


 それにしても笑川のストーカーと言い、さっきのキャバスカウトと言い。

 最近この辺りは物騒な男が多いな。


 いやいや、たまたまだからな。

 俺が生まれ育ったこの街は、決して治安が悪いわけじゃないからな。

 そこんところ誤解のないように。


 ──って、いったい誰に言い訳してるのかわからないけど。

 ちゃんと説明しておきたい気分だから言ってみた。


***


 翌日。登校してすぐに、笑川が「ちょっと話をしよ」と声をかけてきた。

 二人で教室を出て、廊下の端っこに移動する。


「ありがとねホムホム」


 笑川は、改めて昨日の礼を言ってくれた。


「いや、どうってことない」


 俺の悪い癖で、つい無愛想に答えてしまった。

 だけど笑川が満面の笑みでお礼を言ってくれたのは、結構嬉しい。

 さすがに学年一の美少女で、相当可愛いしな。


「あのさ、ホムホム」

「なに?」

「あたし、さらにホムホムに興味出てきたなぁ」

「興味持たないでください」

「あはは、なに言ってんの? ストーカーの対処もあんなに冷静だし、めっちゃ強いし、でもガッコじゃ大人しくて目立たないし。ヤバすぎっしょ。興味持つなって方がムリ」


 うーむ……しまったな。ちょっと色々とやり過ぎた。

 まあふわり先生から与えられたミッションも完了したし、これからはあんまり笑川に近づかないようにしよう。


「笑川。ストーカー対策はもう必要ないし、あとはふわり先生に経緯報告したら俺の役目は終わりだよ。これからは今までどおり、あんまり話をすることもない」

「そんな寂しいこと言わなくてもいいじゃん~」

「いえ、終わりです」


 冷たく突き放してみた。


「ぶぅ~っっ!」


 ほっぺを膨らませて、そんなあざと可愛い顔したって無理だからな。

 これで笑川との関りはジ・エンドだ。

 学校で色々と俺の素を見せるのは面倒だし、イヤなんだよ。


「でも昨日のことをふわりちゃんに報告するのは、一緒に行ってくれるんしょ?」


 昨日のこと、つまり湯上さんのことと天王寺駅でのストーカーのこと。

 両方とも解決したから、それをふわり先生に伝えて安心してもらう必要がある。


「まあ、それはな。俺もそこまではやるつもりだ」

「ん、ありがと」


 笑川は目を細めてうなずいた。

 どうやら納得してくれたようだ。よかった。


 ちょうど今日の4時間目はふわり先生の授業で、それが終わったら昼休みだ。

 だからふわり先生への報告は、先生の授業終わりにしようと決めた。

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