第16話:んもうっ、待ってよホムホムっ!た

***


「んもうっ、待ってよホムホムっ!」

「……え?」


 学校から駅に向かう下校路を一人で歩いていたら、背後から笑川の声が聞こえた。

 振り返ると、大きな胸を揺らしながら追いかけてくる笑川の姿が目に入った。

 うわ、びっくりするだろ。


「ちょっと教室にカバン取りに行ってる間に、気がついたら勝手に帰ってるんだからぁ」


 俺に追いついて横を歩きながら、笑川は睨んできた。


「いやいや、勝手に帰ってるって普通だろ。もう一緒に帰るお役目は果たしたし」

「そりゃそうなんだけどねー あたしまだホムホムにちゃんとお礼言ってなかったじゃん。だからちゃんとお礼を言いたかったのに、気がついたらいなくなってたんだよ」

「ああ、それは悪かった」


 笑川って案外律儀なんだな。


「じゃあ今からお礼を言うよ。心して聞け」

「なんでそんなに上から目線なんだよ?」

「あはは、じょーだんに決まっとろうが」


 うーん、謎テンション。

 でもまあ笑川って、いつでもどこでも明るいよな。

 これが真の陽キャってヤツなんだろう。


 俺なんてバーで営業用に喋ることは問題ないけど、基本的には一人でのんびりしていたいタイプだもんな。


「穂村君、ホントにありがとう。穂村君に協力をお願いしてよかったよ。キミはやっぱり頭もいいし行動力もあるし、考え方もしっかりしてる。そしてなにより優しい」

「……あ、いや……」


 てっきり『ありあり!』とか明るくシンプルに礼を言われるのかと思ってた。

 なのに突然笑川が落ち着いた口調で俺を絶賛したから、めっちゃびっくりした。


 相変わらず予想の斜め上をいくヤツだ。

 思わず横を歩く笑川の顔を見た。


 ふざけてる様子はない。穏やかに微笑んでる。

 細めた目がキラキラと輝いてる。

 さすがに美しいな。


 不覚にもドキリとしてしまった。


「そ、それは褒めすぎだ……」

「ねえねえホムホム。顔が赤いよ。ドキドキしてる?」

「は? なんで俺がドキドキしなきゃなんないんだよ。してない」

「そっか、あはは」


 いつもと全然違う感じでマジな顔と声。

 ギャップで魅力的に見えたし、確かにドキドキした。


「笑川の感謝の気持ちは確かに受け取ったよ」

「ん〜……」

「どうした?」

「いや、やっぱホムホムって、なんか大人っぽいなって思った。そんな言い方とかさ」

「あ、いや。小説読むのが好きだから、つい回りくどい表現をしてしまうだけだ」

「そっかな?」

「そうだよ」

「まあ、いいや。本人がそー言うなら、そーなんでしょ」


 すべてを理解してそうに見える笑顔。

 笑川の方こそ、なにか色んなことが見えてそうで怖いな。

 まあストーカー問題も解決したし、今後は関わることもほとんどないだろうからいいけど。


 とは言え、駅まで一緒に来たから、同じ電車に乗った。そして自宅最寄りの天王寺駅を出た所で別れた。


「じゃあねーホムホム!」

「ああ。気をつけて帰れよ」

「うん、ありがとっ!」


 笑川は全身で手を振るように大げさなアクションをしてる。俺は照れ臭いから、少しだけ手を挙げた。

 そして笑川と違う道を歩いて自宅に向かう。


 何はともあれ。笑川がなんの不安もなく一人で登下校できるようになったのはよかったな。


「……あ」


 5分ほど歩いてから思い出した。

 湯上さんと話すために俺が持ってた笑川宛の手紙。

 それが制服の上着のポケットに入れたままになってる。


 うーむ、どうしようか。

 笑川も要らないだろうけど、俺が勝手に捨てるわけにもいかない。

 かと言って、明日までこの手紙を持っとくのもなんとなく気が進まない。

 よし、今日のうちに返しておこう。


 そう考えて方向転換をして笑川を追いかけた。

 少し早足で駆けていくと、通りに面した公園の前辺りで笑川の後姿が目に入った。


 もう少しで追いつく。

 そう思った瞬間──


「え?」


 笑川の後ろから近付いた黒いパーカーを頭まで被った男が彼女の手首を握って、ぐいっと横に引っ張った。

 突然のことで何が何やらわからないうちに、態勢を崩した笑川は、そのまま男に引っ張られるままに公園の中に連れ込まれてしまった。


 なんだあいつ!?

 ヤバいぞあいつ!


 ──俺は公園の中に消えた笑川を慌てて追いかけた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る