第4話:誰だよホムホム?

高井田たかいだ先生。頼む相手を間違えてますよ。そんなのは笑川が仲のいい友達か、それとも柔道部や空手部の強そうな連中に依頼すべきだ」


 ふわり先生の前ではできるだけ声を出さないようにしていたけど、あまりに意味不な依頼に、ついベラベラと話してしまった。

 だけどバーテンダーの時とは声も話し方も変えてるし、ふわり先生はまったく気づく素振りはない。


 ホト君の時は接客業のお仕事だからハキハキ喋る。だけど今はボソボソと陰キャな感じ。

 まあ今の方が素の俺なんだけどな。


「そういうことで穂村君よろしくね」

「いやっ、センセー聞いてた?」

「だって笑川さんが、穂村君にお願いしたいって言うんだもの」

「……は?」


 わけがわからず、隣の笑川瑠々を見た。

 そしたらニンマリ笑いかけられた。


「そーなのよね。ホムホムよろ」

「誰だよホムホム?」

「もちろん穂村君のことだよ」


 なぜか突然のホムホム呼び。


「なんで?」

「だから穂村君のホムの部分を2回繰り返して……」

「いや、そっちじゃなくて、なんで俺がボディガード役?」

「そっちか。ややこしいぞっ、ホムホム!」

「ややこしいのはそっちだ」

「そっかな」

「そうだよ。そんなの彼氏に頼めばいいだろ」

「彼ピいないし」

「いない? マジか?」


 笑川って凄くモテるのに、それは意外すぎる事実だ。


「こらこら穂村君。レディに彼氏がいるかなんて突然訊くのはマナー違反だぞ? そりゃあ笑川さんは人気女子だから、思春期男子の穂村君としては彼氏がいるかどうかは気になるでしょうけど。うーん、いいねぇ、青春って」

「いや、高井田先生。今の話の流れ聞いてたら、そんな意図じゃないことは明白でしょ?」


 早く教室に帰って、まったりと自習時間を過ごしたいのに、相変わらず話が全然前に進まない。


 ──もうやだ!!


***


 なんだかんだ横道にそれながら、ふわり先生と笑川から聞き出した内容はこうだ。


 ストーカーぽいことをされてるとは言え、相手は間違いなくウチの生徒だし、犯罪と呼べるレベルではないし、今のところ警察に相談するほどではない。


 だけど多くの人目がある学校はいいとして、最寄り駅から自宅まで歩く間にも、ふと誰かにつけられているような不安を感じるそうだ。


 証拠はないし、そんな気がするってだけのことらしい。

 だから本当に気のせいかもしれないとは思いつつ、やはり一度気になると不安は拭い去れない。


 だから笑川はふわり先生に相談をした。


「それで最寄り駅が同じで、家が近所の穂村君に、一緒に帰ってもらうお願いをしようという話になったのよ」

「え? 家が近所?」


 今ふわり先生はサラッと言ったけど、そんなことは知らないぞ。


「そーだよー」

「笑川さんって俺と同中おなちゅうか?」


 こんな美人と同じ学校ならきっと覚えているはずだが、そんな記憶はまったくない。


「違うよ。あたし小中と私立だったし」

「ああ、やっぱりな。……でもだったら、なんで俺が同じ最寄り駅ってわかった?」


 学校では俺は目立たぬモブで通してるし、親しい友達はまったくいない。

 自宅がどこにあるかなんて話しをクラスでした覚えもない。


「ガッコ帰りに最寄り駅で、ホムホムを何度か見たことあるんだよね。──で、センセーに確かめたら、やっぱ同じ駅だってわかった」

「そうなのよ。だから穂村君。毎日とは言わないまでも、時間が合う時は一緒に帰ってあげられないかな?」

「うん、ホムホムお願い。下校の時だけでいいからさ」

「ええぇぇ……」

「なんで嫌そうな顔するのよ穂村君。笑川さんは可愛くて男子にすごく人気だし、一緒に帰れるだけで羨ましがられるよ? レアガチャ引き当てた感じだよ?」

「教師が生徒のことをレアガチャ言うな」


 笑川が人気ナンバーワン女子だから嫌なんだよ。

 目立ちたくないのに、どうしたって目立ってしまう。男子からやっかまれるリスクもバリたかだ。


 俺にとっては可愛い女の子と一緒にいれるなんてのはどうだっていい。


 真紅しんく姉さんは、高校時代に全国的美少女コンテストで優勝してるくらいハイレベルだ。

 だけど素はガサツだし性格は怖い。


 バーcalmカルムの客たちもそうだ。

 ナンバーワンキャバ嬢はすごい美人だけど、男は札束にしか見ていないらしい。


 つまり俺は17歳にして、オンナのウラの顔を知りすぎたってことだ。

 美人だからいいってわけじゃないことを痛いほど学んだ。

 だから女子に幻想は抱かない。彼女が欲しい願望なんて皆無だ。


 でもまあ、とは言え──


「わかった。協力するよ」


 不安に思う笑川を突き放すなんてことはできない。


「よかった! 穂村君、さっすがぁ!」

「だけど駅から家の近くまで一緒に帰るだけだぞ」

「それでじゅーぶん! ありがとホムホム! いぇいいぇい!」


 ──だから誰がホムホムだよ。

 それにハイタッチしてくんのやめろ。つい応じてしまったじゃんか。


 内心そう思うが、ツッコむのはやめた。あっけらかん過ぎる笑川にツッコんでも無駄な気しかない。


「ところでセンセ、おめ!」

「なにが?」


 突然笑川えみかわが先生を祝福した。

 なんのことだ?

 ふわり先生もきょとんとしてる。


「ほら、さっき教室で言ってたじゃん。いい出会いがあったんしょ?」


 うわ、その話、ぶり返すなよ。

 万が一にでも先生が、俺に気づいたらどうすんだ。


「え? ああ、あれは……まだ付き合うとかじゃないし」

「でも出会いがなけりゃ、彼ピはできないよ。まずは出会いからっ!」

「まあそうだけどね。確かに彼とはレアなエンカした」


 エンカ言うな。

 オタクもろバレだぞふわり先生。

 でもその彼が俺だと、気づいている感じはまったくないからひと安心ではある。


「ねえふわりんセンセー。その彼とどこで出会ったん?」

「あうあうっ……そ、それは内緒」


 そりゃそうだろな。たまたま入ったバーのバーテンダーだなんて、生徒に言えるわけない。


 ──って言うか、一回会っただけのバーテンダーを好きになるか?

 ちょっとヤバいぞふわりちゃん。


「と、ところで! そう言えば、笑川さんと穂村君の自宅って、最寄り駅が天王寺なんだね」

「うん、そだよ」


 天王寺。大阪でも有数の繁華街でありながら、15分も歩けば住宅街が広がる下町。

 俺はそこで生まれ育った。


 今は元々の実家近くに真紅しんく姉さんの賃貸マンションがあって、今はそこで二人で暮らしている。バーcalmカルムは住まいから徒歩圏内だ。


「ん? どーしたの?」


 ふわり先生が突然黙り込んだものだから、笑川が怪訝な顔をしている。


「あ、いえ。別に」


 昨日のバーと俺の家が近いという偶然・・に、ふわり先生はちょっと引っかかったのかもしれない。そんな感じの顔をしていた。


 先生の中でホト君と俺が繋がることは、今のところは無さそうだ。

 だけどいくら天然な先生とは言え。


 ──やっぱ気をつけよう。

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