第3話:マジでいったいなんなんだよ?

***


 朝のホームルームが終わり、いよいよ自習タイムに突入だ──というタイミングで。


穂村ほむら君、ちょっといいかな」


 なぜか突然ふわり先生が声をかけてきた。


 先生に個人的に声をかけられる心当たりなんてない。

 もしかして昨日のホト君が俺だとバレたのか?

 心臓がバクバクしてきた。


「な、なんでしょうか?」

「ちょっと一緒に来て欲しいの」


 うわ、マジでいったいなんなんだよ?

 やべぇやべぇやべぇ!


 逃げ出したかったけど、そんな怪しい行動はできない。仕方なくふわり先生と一緒に教室を出た。


「急にごめんね。ちょっとお願いしたいことがあるの」

「はあ……」


 ホト君のことじゃなさげな感じでちょっとホッとした。

 だけど何の要件かまったくわからない。


「ちょっとついて来て」

「はい」


 しばらく廊下を歩くと国語科の教科準備室に着いた。ふわり先生が俺を中に招き入れる。

 そこはこぢんまりとした部屋で、他の先生は授業中なのか、中には誰もいなかった。


 壁際には事務デスクが3つ並んでいる。

 これが各教師の机だろう。


 部屋の真ん中にはちょっとした打ち合わせに使うような、低めのテーブルとスチールの椅子が2つずつ向かい合って置いてある。


「そこ座って」

「はい」


 ふわり先生の指示通りにスチール椅子に腰掛ける。

 先生は向かい側の椅子に座った。


 担任教師に呼び出されて、狭い部屋に二人きり。しかも用件は不明。

 全身に緊張が走る。


「もうすぐ来るよ」

「──は? 誰が?」


 意味がわからん。きょとんとするしかなかった。


「あ、説明不足でごめん。穂村君にお願いごとがあってね。今からその依頼主である……」


 依頼主ってなに? 誰?

 そんな疑問が頭をかすめた時、ガラッと音を立てて扉が開いた。


「お待たせぇ〜!」


 綺麗な金髪を揺らしながら、あっけらかんと明るい声で現れたのは──

 学年一の美少女、笑川えみかわ 瑠々るるその人だった。


 なぜ笑川がこんなところに?

 まったくもって意味不の極みである。


「ごめんねぇ穂村君。マジあんがと!」

「……は? なにが?」


 いきなり礼を言われても、ちんぷんかんである。


「笑川さん待って。穂村君には、まだ説明してないから」

「ああ、そっかぁ。そりゃま、きょとんだわ。失礼つかまつった穂村ほむら殿どの


 なんだこのハイテンション。

 いや……そういえばコイツ、教室でもいつもこんな感じだな。


「横、失礼〜」


 ぴょこんと飛び乗るような陽気なアクションで、笑川が俺の隣に座る。そして俺を向いて、ニヒと笑った。


 近くで見たら、さすがに美人だ。

 びっくりするくらい小さな顔に、完璧なバランスで配置されたパーツ。

 バーのバイトで美人を見慣れてる俺でも、ちょっとため息が出そうになるくらいの美しさだ。


 ──なんて、ついボーっと見てたら、笑川も俺の顔をじっと見た。

 しかもまるで俺の伊達メガネの奥を覗くような視線。


 ヤバっ。思わず顔をそむけて、前に座るふわり先生の方に目を向けた。


「じゃあ私から説明するわね」

「よろ、ふわりん」

「誰がふわりんよ」


 教師に面と向かってふわりんとは失礼なヤツめ。

 俺だって心の中では『ふわりちゃん』呼びもするけど、さすがに面と向かったら『高井田先生』って呼んでる。


「まあ可愛い呼び方だからいいけど」


 ──いいんかい!

 思わず心の中で突っ込んだ。


 それより何より、早く話を進めて欲しい。

 なんで俺がここにいるのか、いまだに謎のままなのだが。


「あのね穂村ほむら君。実は笑川えみかわさんがね、どうやらストーカーに遭ってるみたいなのよね」

「ストーカー……」


 その言葉が、すぐにあの手紙を思い起こさせた。


「そうなのよ。すぐには信じられないかもしれないけど……」

「信じたよ」「はやっ!」


 いや、ふわり先生のツッコミこそ早すぎだろ。


「これを見てくれ」


 俺は制服の胸ポケットに入れてあった手紙を、隣に座る笑川に渡した。


「ふむふむ……」


 笑川は手紙に目を通してから、向かいに座るふわり先生に手渡す。

 先生は中身を読んでから顔を上げて俺を見た。


「これ……穂村君が書いたの? 君がストーカー犯人だったのぉぉ?」

「いや、なんでやねん!」


 ツッコむまいと思っていたにも関わらず、大ボケ先生の発言に、脊髄反射でツッコんでしまった。


「俺が犯人なら、こんな場面で渡すかよ」

「一周回ってアリなのでは?」

「ない!」

「あうぅぅ」


 泣くな。唇尖らせるのはやめろ。

 大人だろ。


 ……まあ、そういうとこが可愛いと、生徒には大人気なんだけど。


 それはそうとして、どこをどう一周回ればアリになるのか。ふわり先生の脳内は謎だ。


「実は、今朝これが俺の下駄箱に入ってた。たぶん隣の下駄箱に間違えて入れたんだと思う」

「なるほどね。これで笑川さんが感じてた『もしかしたらストーカーに狙われてるかも』という懸念が、現実のものになったってことかぁ」

「つまり笑川は、今までもストーカーされてる気配を感じてたってことか?」

「うん。そーなのだよ穂村君」

「そうなのよね。笑川さんが言うには、学校のトイレの個室に入ってる時に、無言で何度もノックされたとか」

「そうそう。『入ってます』って何度答えても50回くらい無言のままノックし続けられた」

「うっわ、怖ぇぇ……」


 ──ってか、それってストーカーって言うよりたちの悪い嫌がらせでは?

 なんて怪訝に思ってたら、笑川は他にもあったことを話してくれた。


「机の中に置き勉してある教科書の配置が、前の日と勝手に変わってるとか」


 ──ダメだろ置き勉


「時々誰かにジッと見られてる視線を感じたり」


 ──視線を感じるってエスパーですか?


「まあとにかく、誰かにストーカーされてそうなことがいくつもあったのじゃよ」


 じゃよって、何キャラなんだよ?

 笑川ってオモロすぎ。


 まあそれは置いといて。

 コイツの言ってることは、それだけなら単なる妄想じゃねえのかって感じだけど。


 俺が目にした手紙のことを考えると、笑川の感じていたことは、間違っていない可能性が高い。

 いずれにしても誰かキモいヤツに狙われてることは確かなようだ。


「そういうことなのよ。それでなんかヤバいかもって、数日前に笑川さんから相談を受けたの」

「なるほど。──で、俺に依頼ごとって?」

「ボディーガード……ってほどじゃないけど、念のために穂村君が笑川さんと一緒に下校してもらえないかな」

「……は?」


 なんですと?

 なんで俺が、学年一美人のボディーガードを?

 俺は学校では目立たないモブ野郎なんだぞ。


 ──なに言ってんだ、この人?

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