第32話 裏ボス

「テンマさん、目が覚めましたか。ああ、よかった」


「いててて、みんなは無事か」


「通りがかりの冒険者がいて助かったんだよ。素材も無事だ」


 見まわせば宿屋のベッドにいた。どうやら運び込まれたらしい。

 ほんらい稼いだ経験値は全滅時に失われるが、戦った記憶と集めたアイテムが残る以上はそうではないようだ。

 念のため自分の体を確認していると、あることに気づく。


「あれ、カンストしてる?」


「そうなんです。逃げる途中で、私がふわふわのモンスターを踏んじゃったんです。なんでも大量の経験値が入るやつだったみたいで」


「ラッキーだったわね。お手柄よ」


「うむ、これで二度手間が省けたのう」


「すでに素材は売り払って、装備の支度も完了してある。また薬を担いで、いよいよ裏ボスといこうじゃないか」


「そりゃ準備のいいことで……」


 かくして、俺たちはふたたび白銀の世界へと戻ってきた。

 吐息は白く、薄着の女性陣には気の毒な寒さだった。

 感知を遠ざける呪文で道中の敵をやり過ごし、最後の敵が鎮座する扉の前まで一気に突き進む。全滅しておいてなんだが、もっと苦労するかと思っていた。

 不意に小柄なハイエルフのメリッソドラは、一枚の羊皮紙を差し出してくる。


「これが奴の行動パターンだの。途中で終わってはおるが」


「前回ここまでは粘ったのか」


「分裂すると処理が追いつかなくて、これは無理だって諦めたのよね」


「この相手も、初手は炎の全体攻撃なんですか?」


「ラスボスってのはそういうものなんだろうな。挨拶代わりの一発に耐えられぬようなら、門前払いってわけだ。そして毎度で申し訳ないが、その対処も君の役目だ」


 正直なところ、敵の挙動を完全に把握して戦うタイプのゲームは好きではない。

 行き当たりばったりでほどほどに苦戦し、辛くも勝利するほうがぜったい楽しいに決まっている。

 しかしパーティ編成の自由度が高いゲームで、そんなバランスを要求するのは酷というもの。ましてやこんな偏った構成にしておいて、一発勝利はありえない。

 当時の俺は、いったいなにを考えていたんだ……。


「今回は三属性もありますよ。おまけにランダムというイヤな文字が……」 


「そ、そうか。サプライズもあったんだな。いちおう最終確認をしておこう」


 作戦はこうだ。

 魔術師五名という尖り過ぎたこのパーティにおいて、かなめはほかならぬ俺。

 自分が囮となってひたすら敵の物理攻撃をしのぎ、攻撃役の三人は状態異常を狙いながらひたすら低威力の魔法を打ち込み、それが決まれば全員が攻撃に転じる。


 キーとなるのは、斬・突・打の物理属性を一度だけ無効化する呪文。

 これは多段攻撃相手には分が悪いのだが、初段のみが高倍率であることと、ひとりに複数回当たることはないという今作の仕様上、止め損ねた残りを紙装甲の魔術師が被弾しても、ぎりぎり即死はしないのだ。


「それでは参るとするかね」


「そうしよう」


 ジェイドにうなずき返し、ふたりで巨大な扉に手を掛ける。


「あれ、開かない」


「凍り付いてるみたいですね」


「そういうのいいから!」


 何が悲しくて、ボス前にお湯を沸かさねばならぬのか。

 あらためて手を掛けると、きしむ音とともに、重い扉は開かれる。

 その先に、それは静かにたたずんでいた。


 スィケト・エンブリオ。


 これこそがこの世界の深層に眠る諸悪の根源である。

 薄緑の若葉に包まれた茶色の皮を破って姿を見せる、純白の物体。

 魔竜の毒に染まり朽ちゆく大樹の根元に芽吹いた、新たなる命。

 人類が死力を尽くして打ち倒した敵の、かすかな残滓ざんし

 憐れみの感情は不要。摘み取らなければ災禍は何度も繰り返すのだ。


「さあ、剣を抜け! 戦いを挑むぞ!」


「みんな杖です!」


 始まりの合図とともに、アピアナが真っ先に耐性の呪文を唱える。

 ほかの仲間は一斉に敵の上部を狙う。まずは敵の魔法を封じるためだ。

 はいという形状であるこの相手に、頭の概念があるかは不明だが。


「早々に決まったぞい!」


「なにい! ぜ、全員で攻撃だ!」


「私もですか?」


「そうだ!」


 五色の攻撃魔法が敵の上部に集中する。

 全員が魔術師といっても、そのクラスはばらばら。本当は三種類しかないのだが、習得する技スキルツリーを分担することで、まったく別の職業を演出しているのだ。


「これがレベル上げの成果か。減りが早過ぎる!」


「当然よ、頭部を負傷しておるからな」


「そういや傷を負った箇所に当てると威力が上がる仕様だった」


 あっと言う間に片が付くと思った瞬間、敵の中央部がもぞもぞと動き始める。


「ハイポコティルが動き出したぞい!」


「変な名前! って俺の役目か!」


 即座に物理防御の呪文を展開する。

 文房具の下敷きを重ね合わせたような障壁が出現し、長く伸びたつるの攻撃を火花を散らしてはじき返す。

 これが日本の小学生なら誰でも使えるバリアである。


『ぎゃああああ!』


 忘れていたが、みんなは死なない程度のダメージを喰らうんだった。


「くっ、今すぐ回復します……」


「属性防御も忘れるな!」


「はいい!」


 初見の人間にあれやこれやと任せて文句を言うのは酷であるが、彼女の回復はややオーバーヒール気味であった。不安のあまり無駄打ちが多いのだ。

 薬はある。消費を抑えて混乱させるよりは、このままでいいだろう。


「コティレドンの封印が解けた。ラディクルも動き出したぞ!」


 さすがはハイエルフ。たとえ長い時を生きても体と精神性は成長しない彼女だが、その実力は確かであった。


「ここから先は情報なしってわけか。よっしゃ、燃えてきたぜっ!」


 直後、パーティを包み込んだ瘴気しょうきによって、俺は昏倒した。


 即死攻撃!!


「す、すごいフラグ回収の早さです……」


「はやく起こしてやれ!」


「はい、ただいま!」


 少ない体力で立ち上がった俺は、なんとか立て直そうとするが──


「ああ! 氷の魔法が来るわ!」


「ひぎぃ!」


 全身を包み込んだ冷気によって、ふたたび前のめりに倒れる。


「あわわ、テンマさんごめんなさい!」 


「き、気にするな……」


 あらたに蘇生呪文をもらい、ふらふらと立ち上がるが──


「ああ! 今度は雷の魔法が!」


「あばばば!」


 頭上から降り注いだ閃光を浴びて、俺はみたび倒れた。


「こういう場合は、蘇生アイテムを使って魔法で回復するといいぞ」


「そうなんですね!」


 説明するより先に、あんたが使ってくれよ……。

 うのていで立ち上がると、即座に抗議する。


「お前ら絶対わざとやってるだろ!」


「ごめんなさい、ちょっと面白かったです……」


「とにかく強化魔法をください……」


 どんなゲームでも一番やられやすいのは復活直後だ。

 ネトゲでこの状態に陥ると恥ずかしくて死にたくなる。今がオフゲでよかった。


「そろそろ魔力が尽きそうです!」


「薬を飲んで乗り切るんだ!」


「すみません、手が追いつかないです」


ねえさん、飲ませてあげて!」


「はい、お口あーんして」


「あーん、ごぼごぼごぼっ! おうぇっ!」


「あらあら、こぼれちゃったわねぇ。胸元が透けちゃった」


 振り返ってもよろしいでしょうか。

 敵の攻撃を捌きながら歯がゆい思いをする。やはり主人公は、後列中央であるべきだったか……。


 そうこうしているうちに、ボスの動きは明らかに鈍ってきた。

 あと一押し、そう思った瞬間、敵は最後の力を振り絞って蔓を伸ばしてくる。


「もう構うな、押し切れ!」


「きゃあああ!」


 この悲鳴はアピアナ! だが今を逃せば、敵が体力を回復しかねない。

 緑の縄は彼女をつかむと空中へ放り投げる。

 その隙に俺たちは胚の中央部に全火力をたたき込んだ。


「あ~れ~!」


「危ない!」


「お姉ちゃんに任せて!」


 さいわいメリフェラが妹を抱きかかえて、事なきを得る。

 と同時に、スィケト・エンブリオは茶色く変色し、ぼろぼろになって崩れ落ちた。

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