第29話 『イルミノネス・オデッセイ II』

 俺たちは新たな世界へとやってきていた。

 ここが第五、いや、すぐに抜け出した変なのを含めれば六つ目だ。

 試練はあといくつ達成できるのだろう。はたして女神は納得してくれるのか。

 だだっぴろい平原に伸びる、人々に踏み固められた一筋の道を進んでいくと、遠くに高い壁で守られた小さな街が見えてきた。


「急に飛ばされちゃいましたけど、『イルミノネス・オデッセイ』とはどういう作品なのですか?」


「いわゆるダンジョンRPGというやつだ。突如として見つかった迷宮を中心に都市が発展し、プレイヤーはそこを拠点に、仲間を集めて攻略していくんだよ」


「なんだかそういう作品よく見ますね」


「昔から人気のジャンルだからな。俺にとってはこれが初めてだったんだ」


 学生時代の親友が教えてくれて、すっかりハマってしまったもののひとつである。

 ちなみにそいつは、俺をMMORPGという泥沼に導いた諸悪の根源でもあった。

 長らく連絡を取っていないが、今でも元気にしているだろうか。父親を亡くすのが早かったせいで、あっという間に大人びてしまった。


「ゲルマン神話をベースにした物語なんだ。サクソンの神にイルミンと呼ばれるものがいて、崇める人々は、世界樹に見立てた柱を神聖な場所として祀ったとされる」


「ふんふん」


「イルミンというのは、つまりオーディンのこととされ、大木はユグドラシルと関連があるのだろう」


「なるほど」


「ちなみにオデッセイというのは、じつはオットセイからきているんだ」


「そうなんですね」


「ぜったい興味ないだろ。最後のは嘘だ」


「そういうのやめてください! 初見だから理解するのに苦労してるんですよ!」


 こういう子はからかうと楽しい。


「俺はこのゲームを全シリーズ遊んでいて、いずれも何周かしているのだが……」


「ずいぶん気に入ってらしたんですね」


「真のラスボスを倒したことは数えるほどしかない」


「本物と偽物がいるんですか?」


「ストーリー上のボスは誰でも倒せるようになっているが、その後はシナリオのない贅沢なオマケがある。最後の最後に対峙する真のラスボスは、率直に言って強すぎるんだ。倒せないことはないが、レベル上げが面倒で、毎回そこでやめてしまう」


「なるほど。物語に区切りがついているのなら、終えてもいい気がしますね」


「ラスボス前症候群にもいろいろなパターンがあるのさ。俺は、あらゆるものを網羅しているがな……」


「それ格好つけて言うことですか!」


 意外としっかり話を聞いていて、的確にツッコんでくるのが侮れない。


「しかし女神のやつ、居眠りしてたせいか座標を間違えたな。スタートが遠すぎる」


「きっとお疲れなんですよ」


 これまで女神の御前に戻るたび、あーだこーだとやりとりしていたが、今回はそれがなかった。せいぜいミヤがよだれを拭きとってあげたぐらいである。


「どうやらあそこが関所みたいになってるようだな」


「私のカバンに証明書のようなものが入っていました。アピアナとあります」


「なるほど、二作目か。これも自由に名前がつけられるんだが、そのキャラクターと冒険したのはそのときだけだ」


「ところで、私が入れ替わる人物は、どういう基準で選ばれているんですかね?」


「さあな、女神の気紛れだろう」


 いわゆる嫁キャラである。

 ほんらい誰に見せるわけでもないオフゲーなのだから、誰もが好き勝手やっているはずだ。どんな容姿や設定をしていようが、恥じることはなにもない。

 想像の余地が残されている作品は、皆それぞれオリジナルの物語を膨らませながら遊んでいるのではないか。たまに見せたがる者もいるが、俺はひた隠しにしている。


「薄着のキャラクターが多くありませんか?」


「おそらくだが、データ量が少なくて転送の出力が楽なんだろうな」


「そうなんですか? 尾張さんは毎回すごい装備をされているようですが」


 もっともらしい話を作っているのだから、納得してくれ。


「──待ちたまえ、我が街の英雄よ。君たちにもいちおう検問を通ってもらおうか」


 突然、衛兵によって目の前を手で封じられた。


「おっと、これは失礼。つい話に夢中で」


 会釈で通り過ぎようとしたが、どうやら顔パスというわけにはいかないようだ。

 ストーリー上はすでに決着がついており、これから挑む真のラスボス──いわゆる裏ボスの存在を知る者は少ない。

 俺たちは所持していた通行手形を見せて扉をくぐった。

 街の中はずいぶんと賑わっていたが、あちらこちらに焼け焦げた跡があり、かすかに残る記憶から推測するに、終盤に登場する竜に襲われたのだろう。


「今までは仲間が近くにいたが、こちらから探す羽目になるとは」


「ほかの方はどんな容姿をされているんですか?」


「メリフェラというダークエルフと、メリッソドラというハイエルフがいるはずだ。今の君はエルフだが、彼女たちとは腹違いの姉妹なんだ」


「あら本当だ、耳はとんがって髪は金色でした。ずいぶんこだわった設定ですね」


「あとのひとりは人間のジャド、いや、設定が固まる前だからジェイドか」


 なにぶん大昔に遊んでいたデータである。自らの物語と重ねていたとはいえ、やや記憶に曖昧なところがあった。

 エルフについてはいまさら説明するまでもないだろう。ほとんど妖精と同じ広義のそれではなく、もっとイメージが狭められた弓や魔法の得意な一種族である。

 この作品においては、カラーリングを変更できるだけですべて同じ種だが、脳内で変換することで、よくあるバリエーション──すなわち暗色の肌や上位種を再現していた。


「俺が創作を始めたころからずっと温めているキャラなのだが、お気に入りの人物というのは、意外と扱いづらいんだよな」


「そうでしょうか」


「つい盛ってしまって、ストーリーのほうを合わせないといけなくなる」


「それはあるかもしれません」


「今回のメンバーはまさにそんな連中の集まりだ。オーバースペックになりすぎて、完全に持て余すようになった。その解決策として、彼らは師匠になっていった」


「お師匠さま?」


「そうだ。消去するのも忍びなくてね」


 会話をしながらメインストリートの端を歩いていく。ときおり手を振ってくる者がいるものの、仲間だとピンとくる顔はなかった。


「思うに、師弟モノというジャンルが根強い人気を誇るのは、現実で足りないもの、つまり自分に合った教師と巡り合うのは至難の業だからなのかなと」


「うーん、それは言えるかもしれません。私は先輩に会うまで、人前でまったく喋ることができなかったので、学校にはあまりいい思い出が……」


「初期に想い描いたキャラクターたちを師匠という形で割り切ってからは、スペックを抑える必要がなくなり、自分が魅力的と感じる性格となっていった」


「私もそういう人物を考えてみようかな」


「だから、詰まっていた話を動かす原動力になってるんだ」


 俺はミヤ──アピアナの言葉を拾わずに、先に言いたいことを言ってしまった。

 彼女のほうとて、あまり過去を蒸し返したくはないのではないかと思われた。


「さあて、そろそろお会いしたいものだが」


「あそこは酒場でしょうか。情報と言えばああいう場所がお約束ですよね」


「うーむ。いわゆるクエストは消化し終わっているはずだ。昼間から酒を飲むキャラたちではないんだよな」


「大声で叫んでみたらどうですか?」


「恥ずかしいが、それが早いか……」


 人前であがることはないが、目立つのは好きではない。

 とはいえこの世界に長居するわけでもないし、勇気を振り絞ることにした。


「おーい、ジェイド、メリフェラ、メリッソドラー! 居たら返事してくれー!」


 するとすぐに、明るい女性の声が背後から聞こえてきた。


「は~い!」


『え?』


 驚いて振り返ると、あでやかなダークエルフがにこやかに手を振っている。


「賭けはおれの勝ちだな」


「くそっ、気づくのが遅いぞマヌケ!」


 陰気な人間の男がつぶやくと、隣に立つ小柄なハイエルフは地団太を踏んで怒りを露わにした。

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