第28話 魔改造
古城に似つかわしくない機械的な青白い光が、地下をぼんやり照らし出している。
サキュバスの娘とグレーターデーモン二体を従え、石畳を踏み鳴らしていく。
やがて目の前に、
「いったいここは何ですか?」
「魔改造研究所だ」
「まかいぞう?」
「うむ。ここは『デモニック・キャステラン』をユニークなものにしている機能なのだが、俺には扱えなくて放置していたのだ」
「まだやっていないものがあったんですね」
「開発者が作った要素は終わっている。これはプレイヤーの想像力が試されるのだ」
大魔王の生体に反応して、重々しい音をたてて扉が自動で開かれる。
燭台で照らされた薄暗い部屋の中央には、奇怪な生物が刻まれた大釜が据えられており、壁際には緑色に光る液体に満たされたガラスの筒がいくつも備わっている。
「博士! 余が参ったぞ!」
すると、白衣を着て、腰の曲がった弱々しいアークデーモンが現れた。
「おやおや、これはテンマさま! ようこそおいでなすった。すっかり忘れ去られたかと思っておりました」
「頭の片隅にはあったのだがな。難易度が高くて持て余していたのだ」
「して、本日はどのようなご用事で?」
「うむ、こいつらを魔改造してほしいのだ」
「えええ! 私、改造されちゃうんですか!」
「ひえっ!」
「なんですと!」
「おーほー、これは腕が鳴りますわい!」
博士が手をわきわきとして近づくと、実験材料たちは怯えるように後ずさる。
「ああ、いや、サキュバスは改造せんでよい」
「ほっ……」
「イーヒッヒ、それは大魔王さまじきじきに、というわけですな」
「えっ、お、おう」
「いやらし……」
横から突き刺さる白い視線を感じる。
漆黒の巨体を持つ二体のグレーターデーモンは、情けない声を漏らした。
「テンマさまぁ」
「陛下ぁ」
「ええい、めそめそするな。貴様らを特別にパワーアップしてやるというのだ」
「そうじゃそうじゃ、楽しみだわい! とんとことん! とんとことん!」
老いた悪魔は嬉しそうに、ノコギリとトンカチを頭上で打ち鳴らした。
「ひぃぃぃ!」
「命だけはお助けを!」
本題に入る前に、先に決めておくことがあった。
部屋の中央に据えられた、さまざまな動物の描かれた金属器を指差す。
「そうそう、博士。あの遺物にちなみ、汝の名をグンデストルップと名づける。魔獣の大釜でもって、お前の力を見せつけよ」
「ははー、ありがたき幸せ」
痩せた老人の悪魔は深々とひざまずいた。
「ようし、さっそく始めるとしよう」
「大丈夫じゃ、痛いようにはせんよ。わしを信じろ」
「はぁ……」
「どうかお手柔らかに……」
「ふぉふぉ。それではまず、そこの空いたガラス筒に入るのじゃ。呼吸管を口に装着して、手足に
グンデストルップ博士は、カコクセンとダイジェと名づけられた近衛兵たちに手順を説明していく。
俺はその間、そばに控えるアルディナにこの施設の解説をすることにした。
「このゲームは、プレイヤーが自由に介入できる要素が多くてね。名前をつける程度なら俺でもできるが、絵を使うとなると話が違う」
「なるほど、それで私がお役に立てるというわけですね」
「うむ。あの二体は親衛隊ゆえ、真っ赤にカラーリングして特別感を出したい」
「そのぐらいはお安い御用です」
じつはいちど自分でもやってみたのだが、すべて同じ配色にしてしまうと違和感があり、リセットしてしまったのだ。
塗り絵など簡単だと思っていたのだが、意外とセンスが問われる。
「それと、アマテラスさまが使役していた二体のヘラルディック・ビーストを覚えているな?」
「はい、あの格好いい魔物たち、アルフィンとアロキャメルスですね」
「あいつらをこの世界に再現したいのだ」
「そんなこともできるのですか?」
「うむ。あちらはサービスを終了しているし、元は伝説の魔物だ。問題はなかろう」
「わかりました、やってみます」
「設定上はもっといたはずなんだが、実装されたのはあれだけでな。余がその続きを受け継ぐのだ」
「ふふふ、なんだかワクワクしますね」
二体のグレーターデーモンは麻酔を打たれて、ガラス筒の中で眠りに落ちた。
そこに緑色に発光する液体が注がれていき、沈んでいた体が浮き上がる。
「色を塗るわけではないんですか?」
「そんな、プラモデルじゃないんだから。肉体自体を改造するんだ」
「うぅ、なんだか恐ろしい実験に加担しているような……」
「いいんだよ、魔界なんだから。次はいよいよ
「そこから話がつながっていたんですかっ」
下準備を終えた博士は、俺たちが待っていた大釜の前までやってきた。
「さてさて、何を創るって?」
「アルフィンとアロキャメルスだ」
「ほうほう、紋章に使われる魔獣だね」
「そうだ。とびきり強いのにしてくれ。素材は惜しまない」
「ふぉふぉ、しこたま溜め込みましたからのう」
「たしか絵が必要なんだよな? 彼女に描いてもらうつもりなのだが」
「さよう。ここに紙とペンがある。これをお使いなされ」
そこからしばらくのあいだ、俺は待ちぼうけだった。
グンデストルップ博士は、あっという間に色づけがされたグレーターデーモンの絵を見ながら、せわしなく調合を繰り返している。
アルディナのほうは椅子に座って、せっせと筆を動かしていた。
邪魔をしないように覗き込むと、驚くほど上手い絵が見る間にできあがっていく。
これで自信がないというのだから、逆にこちらが無力感をいだいてしまう。
「テンマさまもお描きになられますか?」
「いや、遠慮しとくよ」
「ほら、こうして線をとらえて、肉付けをしていって……、ね、簡単でしょう?」
「怒るぞ」
「題材が決まっているから早いんです。ひとりではとてもこうはいきません」
「決まると早い、か。そういうのはあるかもしれないな」
「なんだかとても楽しいですね」
「それは良かった」
いちど死んだ人間が、幸せそうに絵を描いている。
このひと時がもう少し続いてもいいなと思った。
「さあ、できましたよ。これでどうでしょう」
「なかなかやるではないか。上出来だ」
「ほうほう、なるほど……イメージがつかめてきたわい。みなぎってきた!」
紙を受け取ってぷるぷると体を震わせていた博士は、唐突に受話器のような装置を取り上げて語りかける。
「おい、ただちにビーストテイマーを手配しろ。オオカミ、ライオン、ワシ、ロバ、ラクダをそれぞれ一匹ずつ、今すぐ連れてくるのだ」
この世界のマップ数にはとうぜん限りがあるが、行商人を通じて、外部の特産物や動物を購入することができた。
こつこつと掘り出し物を買い集めてきた甲斐があったというものだ。
「すぐには出来んぞい」
「どのくらいかかるんだ?」
「そうじゃのう、早くとも八時間、十時間ぐらいは……いや、わからん!」
「そんなにか。また待つことになるとは」
ここは地下室だが、先ほど王の間で魔界の光源をちらと確認したときは、だいたい正午を過ぎたあたりのようであった。腹もすかなきゃ眠気もこないので感覚が狂う。
はたして例の期限までに間に合うだろうか。見れずに終わるのでは悲しい。
約束の時間は、刻一刻と近づいている。
短針が0をまたいだら、俺はどうなってしまうのだろう。
「アルディナくんも、肩にライオンを付けたくなったら言ってくれたまえ!」
「え、遠慮いたします!」
「そうかね? 格好いいと思うのじゃが……」
あとは博士に任せて出ていこうとすると、入れ替わりに動物たちがやってきた。
「あ、あの子たちが改造、いえ、合体されてしまうのでしょうか……」
「なんだか可哀そうになってきたな」
「無事うまくいくでしょうか?」
「この施設をちゃんと利用したことがないもんでな……」
扉の前で不安げに様子を眺めていると、やがてギャーだのピーだの実験材料たちが大騒ぎを始めた。
「い、行こう! とても見ていられん」
「ゲームの世界だから! 気にしないようにしましょう!」
俺たちはそそくさとその場を後にする。
次はどのゲームの世界に行くのかな。
段々と、これを続けるのも悪くないと思い始めていた。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます