第24話 調査の結果

 瞬発的にグラスは消え、怒りで手のひらに爪先が食い込む。シャドウの力で執務机に転移したグラスがゴトンと音を立てた。


「おまえ……キメラは、魔石移植患者を侮辱する言葉だぞ!」


 移植手術を何度も繰り返したアナに向ける言葉ではない。


「そうだね。でもそれ以外にふさわしい表現が見つからないんだ。アナスタシアは何人もの人間をツギハキした存在だからね」


 言葉は分かるのに、理解が追いつかない。


「説明しろ」

「彼女は何十人もいる中から適性者9人が選出され、最終的に1人に集約されているんだ。9つの肉体というピースが1つのアナスタシアという人間のパズルになっている。誕生日は9人だった頃の名残さ」


 にわかに信じがたい。だけど同時に彼は敵国の自動人形を魔術で自国兵に変えるほど、機密情報を引き抜くことに長けた魔術師だと理性が告げている。それにバラバラの誕生日の説明がつく。

 移植に不必要だったピースは、死体処理水槽で処分していたとすれば、彼女が水槽に似た温泉を怖がっていたことも、理解できた。


「……分かった。ひとまず受け入れる。ならば脳の部分の誕生日はいつだ?」


「脳はない」


俺は立ち上がってシャドウの胸ぐらをつかんだ。


「俺は自分の魔術で彼女の魔脈を診た! 脳の血流調整用の魔石を確認しているんだぞ!」

「落ち着きなよニール。脳は肉体にない、という意味だよ」

「落ち着けるか! 脳みそが空っぽで動いていると言うのか? まるで脳死の患者のように?」


 戦場から治療院にくる患者の中に、身体の機能が問題なくとも脳波が取れない患者がいると同僚のシンが言っていたことを思い出す。


 シャドウは胸ぐらをつかまれたまま、手にしていたグラスの酒を飲み干し、グラスを転移させて元の場所に置いた。


「俺は医者ではない。同じと断言はできんよ。最初は生没同日だった。そして手術でピースがはめられるたびに、ピース元の肉体は死亡し、彼女は新たな肉を得て誕生した。嗜好と経験は妖精ノ国に記録されていたから、おそらく君が感じた魔石はきっとそこにある。魔脈に流れる魔術で動く自動人形みたいな状態だよ。俺の千里眼でも脳の位置は10箇所までに絞ることしかできなかった。ニール、すまない」


 シャドウから俺は手を離す。力の抜けた俺をソファーが動いて支えた。


「脳が現実にない? 彼女は人形と同じなのか?」

「ニール君。君のご夫人のように自動人形を人間のように愛する人間もいる。彼女の身体は間違えなく人間だったんだよ。脳は10箇所のうちのどこかにある。だが、君の心に止めを刺すようで悪いが……」

「なんだ、いまさら。教えろ」


「君のご夫人の家族は全員偽装だった。彼女が知っているのか、偽りの記憶を植え付けられているのかは分からんが……」


 もうソファーから立ち上がる気力がなかった。


「どういう事だ? 俺は彼女のおばと会っている! それすら偽物だったって証拠はなんだ!」


「珍しい型だよ。何かしらの条件を導くため、自動魔術が組み込まれているらしい」


 シャドウは執務机の上にあった書字板タブレットを取り上げて見せた。


「ごらん、初期の自動人形は自動魔術が組み込まれていた。どこかで見た顔じゃないかね」


 書字板タブレットに映る古い広告。女性型の自動人形が幼子に勉強を教えている。認めたくはないが顔はアナのおばに似ていた。


「これは……似てるだけだろ?」

「いや、叔母の名前は存在しなかった。それにボアボアルネという家名も領地もなかった。辺境地や破棄された区域も検索したが、ようやく合致したのは五百年前に運用停止された遺構プラントだったよ」

 

 画面に半壊した白い建物の壁面が映る。蔦の間に『ボアルネ』の文字が見えた。


 おばが見せたアナの母親のコレクションルームも偽装写真だった。


 アナが嘘をついていると思いたくはなかった。


「アナは……自分に家族がいると信じているのか?」

「ニール、俺には心の動きまでは分からんのだよ。俺が見えるのはあくまで記憶や思考だ。浮かぶ感情までは分からない。記憶や思考を見る限り彼女は本当だと言っている。だがそれは訓練を積めばそう見せることも可能だ。

 だがね、俺は週末予定通り君の家に訪問しようと思っているよ。彼女が君に害を成す存在には見えなかったからね」

「そうか……調べてくれて感謝する」


 シャドウは俺の肩にそっと慰めるように触れると闇に消えた。ソファーに座ったまま、俺は眠れぬ晩を過ごした。



「朝から広間のソファーが一脚ないとない騒いでたんですが、執務室ここに運ばれたんですか?」


 ジョンの声で我にかえる。目の前にあったもう一脚のソファーはシャドウが律儀に戻していたらしい。


「すまない。来客があったんだ」


 不思議そうな顔を一瞬して、ジョンは窓のカーテンを開けつつ報告した。


「その……『腫れは引いてますからご安心を。ごめんなさい』と伝言を奥さまから賜りました」

「感謝するよ、ジョン。昨日はすまなかった。寝室で着替えてくる」


 ソファーに一晩じっと座っていた俺の身体は凝り固まっていた。身支度を済ませ、腕を回しつつ食堂へ向かう。

 落ち着かない様子で新聞をめくっていたアナと視線が合ったが、直ぐにそらされてしまう。


「おはようアナスタシア。昨日は私の方が悪かったよ。本当にすまなかった。手首は大丈夫か?」


 アナは心細そうな視線を向けた。


「わたしもごめんね? その、大丈夫? 眠れていないように見えるけど……」


 そう言う彼女の目の下にもクマがある。


「仕事でも眠れないことはよくあるから大丈夫さ。だが、案じてくれるのは嬉しいよ。アナこそ大丈夫か?」

「うん……あ、朝食が来るまで、新聞を読む?」


 新聞を渡されても読む気はなかったが、彼女も気疲れするだろうと、思い直して席にかけ新聞を広げた。だか胸が苦しい。気を紛らわすように字面を追う。


 『第4878回戦争は西ノ国の勝利。シャドウ大佐活躍され魔石鉱脈採掘権は陛下のものに』『荒廃農地運用に希望の光』『王室、自動人形の量産を決定』『王都各商会、戦勝記念セールの開催』『自動人形オーダーメイドが流行』

 

 見出しだけしか読めない。新聞の端からアナに視線を向けると、彼女は運ばれたモーニングティーのカップをじっと見つめていた。


「アナ。私の仕事終わりに百貨店に行かないか? 週末はシャドウ夫妻も来られることだし、必要なものを言って欲しい」

「そんな、私の部屋も整えてくれて、こないだの旅費も出してくれたの悪いわ」

「支払いは気にするな。贅沢しても問題ない蓄えはある。欲しいものはないのかい?」


 産婦人科医の収入は毎月金貨100枚。使用人への給料を引いても、予備は十分にあった。


「修繕したい本があつて……その材料とかかな…」


 それは必需品だろ……物欲が薄さに感心してしまう。買い物依存気味のパートナーがいる同期のシンが聞けば羨ましく思うだろう。


「よし、今日は早めに仕事を切り上げる。一緒に買い物しよう。それと必需品とは別に贈り物がしたい」

「ニール。私の誕生日の10月1日まで、2ヶ月以上もあるのよ……昨日のことはもう良いのよ?」


 本当に彼女は優しい人だと思う。


「昨日の件で謝罪の品を贈りたいわけじゃない。むしろ感謝の気持ちを形にしたいんだ」

「もしかして私、体の調子が悪い……とか?」


「いやいや違うよ。本を片付けてくれた礼も……ん? 贈り物がなぜ体調と関係するんだ?」

「手術前に両親が欲しがりそうなものを届けていたから。何か届くと手術がまたあるんだなって思ってたんだ……」


 寂しげにうつむく彼女を抱きしめたい気持ちが込み上げた。だが昨夜と同じことはしたくない。


「今のアナは健康さ。一緒の時間を過ごしてはくれないかと思っただけだ」

「一緒の時間? 今も食事しているわよ?」


 だめだ、周りくどく言っても伝わらない。


「つまり、だから、その……

 外でデートをしてくれないか?」


 紫色の瞳が見開き、輝く。


 たとえその笑みが、ここにある頭蓋骨の中から出されてなくても、本物の笑顔だと俺は思った。

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