第12話 マルシェでの事件

「アナ、欲しいものがあれば何でも買うよ」


 私は屋台で一番安いりんご飴をねだった。棒のついたりんごのお菓子はニールが無理に手を繋がないようにするための配慮だ。


 それでも網の上で二枚貝が焼けるのを待つ間に左手を握られそうになる。でも握られたら彼に求めて欲しくなるし、彼に無理もさせたくない。

 すかさずりんご飴を持ち替える。ニールが疑問符を浮かべるような視線を向けたけど、見なかった事にした。


「あ、古書店があるわ。ニール、見てもいい?」

「……ああ、構わないよ。欲しい本があれば言ってくれたらいい」


 すぐに甘やかすなぁ。彼なりの罪悪感かもしれないが、甘んじたくはない。それに自分で買うからこそワクワクするのだ。私の職能は司書から始まった。本は様々な文化の宝庫でもあるし、見るだけで楽しい。


「ニール、ちょっと飴を持ってて」


 飴をニールに押し付けて、手に汚れがないか確認した後、本腰を入れて木箱に詰められた手製の古い本をパラパラと調べていく。店主は私の頭からつま先を舐めるように見つめ、口元の髭を撫でた。


「お嬢さん、一冊金貨15枚だよ」


 店主は日焼け坊主頭を撫でてニンマリと笑った。

 金貨15枚は私の給金が金貨50枚/月だからけっこう割高だ。


「15枚? 旧世界の取扱説明書に金貨15枚は高すぎでは? そもそも値札は銅貨5枚と……」


 言い切らないうちに店主は、しれっと値札を隣の古びた実用書へと張り替える。


「海風で値札が飛んだだけだ。その箱は妖精ノ国から魔術師の俺が発掘したんだ。この腕輪がその証拠さ」


 薄い冊子は取り扱い説明書がバラバラに綴り直された代物だった。


「確かにね。これって妖精ノ国の下層、倉庫街に落ちている紙屑に似てるわ。それを集めて印刷して直感を頼りに製本したのは分かるけど……ちなみに今貼ったその奥の銅貨5枚の本は?」

「なんだぁ、俺の同人誌に文句あんのか? 俺は魔術師だぞ?」

 

 服をめくり、魔術具らしき金の腕輪を見せつける。荒事は勘弁だ。

 

「ごめんなさい。同人誌を悪く言ったつもりはないの。よく見る内容だったから……今値札を付け直した本を見せて、金貨15枚で買うわ」

 

 店主の驚く顔に古本の価値が分からず売っていると察した。それでもその専門書は貴重本だ。


「それならこっちが、金貨20枚だ」


 銅貨5枚の値札を自分で置いたのに、こんな商売では売れ残った本が薪になる。店主が集めた手間賃含め、加味して適性価格を弾き出す。


「20枚はまだ高いわ。金貨15枚」


 私も伯爵だがお金は無限じゃない。国から支給される給与はニールの半分。エマの給料は彼が出してくれるけど、毎月治療院への返済もある。


「だめだ18枚。あんたが買えないなら、旦那に媚びでも売って買ってもらえ」


 ふっかけられた気もするが、潮時だなと思ってポケットの金貨をつかむと沈黙していたニールが遮った。


「そらなら箱の中の本も一緒に金貨20枚でどうだ。それと君から魔術師の気配は感じない。ウソを言えば<王の目>の騎士人形に捕まるぞ」


 冷たい眼差しでニールが言い放つ。珍しく怒ってる? 彼は青い目を細め鼻で息を吐いた。


「オレ様は魔術師だ! この腕輪が証拠だっ!」


 呆れた顔でニールが私を庇うように引き寄せ、「大丈夫だ」と私に耳打ちした。腕輪が七色に光り始め……まずいんしゃないの?


「挑発はよせ、それは魔術具じゃない……」

「偽物だって? 舐めんなよ!」


 腕輪から出た煙が店主を包む。が現れたのは金の首輪を付けたウサギだった。野次馬がどっと笑う。 

 首輪から煙が出てウサギを包み、目をパチクリさせた店主が現れる。通りすがりの子どもたちが腹を抱えて笑い転げ、店主は顔を真っ赤に染めた。


「それは魔術具だが、人を楽しませる物で脅す道具ではない。忠告は聞くべきだ」


 ニールが呆れ顔で言うと、また野次馬がどっと笑う。大勢に笑われた店主は頬をピクピクさせている。無知の恥に包まれる彼を見ていたたまれない。


「ご主人、騒がせて悪かったわ。このお店の商品を全部買い取らせてもらえない?」


 ニールが前に出て首を横に振る。


「アナ、魔術師を詐称して脅した相手だ。そこまでする必要はない。本なら正規の店に買いにいこう」

「ニール、彼は同人誌を作って妖精ノ国に散った資料を集めてくれた。一種のアートだし文化よ。それに売れ残ったら薪の代用にされてしまう。文化の散逸を防ぎたいの」


 私は店主に断って店の古びた書字板を取り上げ、参考適性価格を商品に関連付け、見積もりを出して店主に見せた。


「これが市場で売れる適正価格よ。もちろん集めた手間賃も考慮している。珍しい本はまた買うと約束するから、一旦この値段で全て売ってくれない?」


 その価格は労働階級ならゆうに数年は生きていける値段だ。私の個人資産残高が数ヶ月マイナスにらなるが致し方ない。だが店主は唾を吐き捨てた。


「けっ、貴族様の情けってか? そんなモンいらねぇよ! そもそもその金を払えるなら、最初から言い値で買えってんだ!」


 うぐっ、正論かも。治療費の返済でケチったのがいけなかった。やっぱり交渉ごとは苦手……ニールは店主に冷酷な目を向けて私を諭した。


「アナ、彼もああ言ってる。必要な本は私が集めさせるからもう行こう」

「でも、ご主人に悪いわ」


 ニールが私の肩を引き寄せ耳打ちする。


『あの男を庇うのか? 言っておくが詐称罪は王都なら罰金どころか禁固刑だぞ?』

『それは貴族で、労働者階級は情状酌量されるわ』

『それでも、そこまでする必要はない』

『でも関わった以上最後まで責任は持たないと』


 ニールは納得いかない様子で私の手を引いて立ち去ろうとするが、先に<王の目>が行く手をふさいだ。<王の目>は国の騎士、治安管理の自動人形オートマタの一種だ。甲冑を身につけ剣を帯びた騎士の一人が紅く瞳を光らせて馬から降りた。


「何か騒ぎがあったのです?」


 正義感の強いニールが口にりんご飴を突っ込み、一歩前に歩み出る。貴族の令嬢らしくカーテーシーして騎士に挨拶すると、彼らは私に注目した。ここぞとばかりに裏技の術式を唱える。


「<尊き我が君の眼>今この場で起きたことは太陽も月も知らぬこと。全てはこの場を喜劇へと書き換え{何も無い時間でございました}とのたまう」

 

 紅い目の騎士達は青い目に変化し穏やかな表情に置き換わる。


「そうか。ならばよき日となるよう正しき行いを」

「はい。かしこまりました。尊き我が君の眼」


 騎士は馬に乗って去っていき、冷や汗をダラダラ頭から流した店主が私に駆け寄った。


「あんたすげぇな。あの騎士に何もないと言い切ったのか? これタダでやるよ。でも全部はやれない。売れ残った本は母ちゃんが薪にするからな」


 私はドレスのポケットから皮袋に触れて金貨15枚を数えると店主の手を握った。


「ならばこれで薪を買って。半年分の薪にはなるでしょう? 本をみだりに燃やさないで」

「ありがてぇ……分かったよ、約束しよう」


 目当ての本を受け取ると、りんご飴をガリっと噛み砕いたニールが険しい顔で私を肩に担ぎ上げた。


 

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