第26話【伝播】
俺が大学生の恋人と同棲している話は、恐ろしい速さで社内に広まっていった。
「まさかお前がJDの彼女と付き合ってたとはなぁ」
「別に隠してたつもりはないんですが」
週の真ん中に開かれた、正式にリーダーに昇進してからの初めてのリーダー会議直後。
戻る前に一服付き合えという高松リーダーからの誘いに乗り、久しぶりに喫煙所へと足を踏み入れる。もちろん俺は吸うつもりはない。
「タバコやめたのもその彼女の影響か」
「まぁ、そんなところです」
「お前は何があってもやめないと思っていたんだがな。そこまでするってことは、相当惚れこんでんのか?」
「じゃなきゃしませんよ」
セブンスターの独特な強い臭いが鼻につきながらも、先輩上司の世間話に付き合う。
やめてからわかったことだが、タバコの臭いというのは吸わない人間からするとかなりの悪臭に分類される。
こんな物を数ヶ月前までの俺は中毒的に吸っていた。
沙優やタバコの臭いが苦手な周囲の人間に申し訳なく思う。
「ウチの女性連中からしてみたら相当ショックだろうな」
「大袈裟ですって」
「盗られまいと目を光らせていた後藤女史がいなくなり、さて誰が先陣を切るかってところでJDとの同棲が発覚。全く、同情しちまうぜ」
「......」
やはり高松リーダーも気付いていたか。
社内では俺と後藤さんの詳細な過去の関係を知る人間はほんのごく一部。
上層部も少なからず知っている人間はいると踏んでいたが、あまり接点の無さそうなこの人まで知っていたとなると、おそらくは。
「お前らの関係、バレバレだったぞ。特に後藤女史は、お前さんが他の班の女性に話かけられるのをあまり快く思ってなかったからな」
「よく見てますね」
「会社と女を渡り歩いてきた観察力なめんな」
「はぁ」
俺たち的には必死に隠していたつもりでいても、見る人が見れば気付いてしまう。
幾多のオフィスラブを覗いてきた高松リーダーが言うと説得力が高い。
「彼女さん、未成年の時に手を出したわけじゃないんだろ?」
「当たり前じゃないですか」
「ならよし。もしも上層部が何か言ってきたら俺がフォローしてやる。「吉田は年上が好みなんです。だからJKみたいなガキになんか絶対に手を出しません」ってな」
「......俺の恋愛遍歴について、まだ何か知ってます?」
後藤さんとの件だけで俺を年上好み認定するのが喉元で引っかかり、問いてみた。
「何かは知らないな。知っていることだけ」
「意味がわからないんですけど」
「俺もだ」
あやふやな返答でけむに巻かれ、高松リーダーが一本吸い終わったことにより世間話はそこで終了。
強制的に喫煙所を出ることとなった。
「――どうかな?」
あさみが緊張の面持ちで、テーブルの向かい側に座り感想を待つ。
季節の移り行くタイミングで新作を発表する、恒例のあさみが書いた小説の感想会。
昼間は部下に指示やアドバイスを送り、夜は家で年齢が一回り近く離れた友達に感想を述べる。
この生活リズムは、沙優と同棲してからも変わらない。
「あさみの作品にしては随分とまたギャグより? っていうのか、いつもと雰囲気が違うな」
「たまにはいつもと違った作風の作品を書いてみるのもどうかと思ってさ。で、どう?」
「そう焦んなって。そうだな......あくまで個人的な意見だが、ヒロインの姫様が酔っ
払う描写がちょっと気になるな。何となく、わざとらしいというか」
「やっぱそこなぁー。いまいち酔っぱらうって感覚がピンと来ないんだよねー」
自覚があったらしいあさみはテーブルに突っ伏し愚痴をこぼす。
「だいたい姫騎士様が職務中に飲酒していいのかよ」
「そこはお姫様だからいいの」
「紛らわしいわ」
あさみの作風は現実とファンタジーの間を上手く描いた作品が多く、今回のように漫画やアニメチックに全振りした作品は初のこと。
読みやすくはあるんだが、代償として作者の個性が消え、設定のインパクトと最初のノリの良さだけで、それ以降の流れが惰性でほとんど頭に残らない。
その旨を伝えてると、
「そっか......いやー。慣れないものは迂闊に手を出すものじゃないね」
「んなこと言ったら、いつまで経っても成長できねぇじゃねえか。不慣れ上等。また読んでやるから、いつでも書いて持って来い」
「......ありがとね。吉田さん」
素人の俺が何を偉そうにと思うかもしれないが、あさみきっかけで社会的に話題になっている小説くらいは読むようになった。
批評をするからには、こちらだってある程度恥をかかない程度の知識は入れておきたい。
それが俺なんかを頼ってくれる、あさみへのせめてもの礼儀だと思うわけで。
「修正の参考までにちょっと質問なんだけどさ」
「何だ?」
「吉田さんが今までにしてきたお酒での最大の失敗ってなに?」
ピンと背筋を伸ばし真剣に感想を聞いていたのから一転、テーブルに両肘をつき見上げながら訊ねる。
「バカ。言えるわけないだろ」
お酒での最大の失敗と訊かれて、真っ先に沙優と出会う直前、あの日の夜の出来事が頭に浮かぶ。
後にも先にも自分の限界を無視し、あそこまで酒を浴びるように飲んだことはアレっきりだ。
「じゃあ質問を変えるね。沙優ちゃんはお酒に酔ったらどうなると思う?」
「もはや俺に対する質問じゃないな」
「細かいことは気にしない。ハゲるよ」
「うるせえ」
親父似である俺は恐らくハゲる心配はない。
「何でまたそんなこと訊くんだ?」
「だって来月は沙優ちゃんの20歳のバースデイでしょ。ついに一緒にお酒が飲めるんだよ。嬉しくないの?」
「嬉しいに決まってんだろ」
俺は沙優と恋人同士になってから、特に家で二人っきりの空間でアルコールを飲むことを控えていた。
相手が家族同然の家出JKだった頃はともかく、今は生涯の愛を貫くと誓った大事な恋人。
その恋人がまだ法律的にアルコールを飲むのが許されない年齢となれば、いくら直接飲ますわけではないにしても、アルコールを摂取した状態で行為を行うのは倫理的にNGな気がしたのだ。
「だよねー。ちなみになんだけど、ウチは猫みたいにスリスリ体をこすりつけてくると思う。ほら、沙優ちゃんってどこか猫っぽい感じあるじゃん」
「猫か」
あさみの言いたいことはなんとなくわかった。
出会った頃は食べ物欲しさに愛想を振りまく犬のように見えて、実際心を開くと、主体性を持ちながら相手のことを凄く想いやって行動している。
今頃バイト中の沙優は、まさか自分が犬似か猫似かで話し合われているなんて、全く思いもしていないだろう。
「吉田さん的には彼女がどんな酒癖だと萌える?」
「本音がダダ漏れてるぞ」
「いいからいいから」
そう言われ、あごに手をあてながら思案してみる。
泣き上戸――嬉し泣きなら良し。
笑い上戸――妥当だな。
DV――これだけは絶対勘弁願いたい。
そもそも現実世界で酒を飲んで豹変する人間を
「......変わらないのが一番、かな」
「え、なに、そのつまらない答え」
「酒飲んで酔っ払っても沙優は沙優でいてほしいってことだよ」
「悟り開いちゃってるよこの人。でもま、吉田さんらしい答えで私は好きだよ」
再びテーブルの上に体を突っ伏し、顔をこちらに向けて微笑む。
どんな沙優の知らなかった一面が見えようとも、それも含め全て受け入れ愛する。
荻原沙優という女性への想いは、何があっても揺るがない。
「つまらない人間で悪かったな。ちなみに俺はあさみが酔っぱらうと......おっと、こいつは本人には直接言えないな」
「あー! いま絶対酷いこと言おうとしたー! 早生まれナメんなし!」
「酒癖に早生まれは関係ないだろ」
沙優は来月、あさみは年をまたいだ2月に、正式な大人の仲間入りを迎える。
ついこの前までJKだった二人。
そりゃ俺も歳をとるわけだ。
ギャルから年相応の大人へ。
成長を遂げた、歳の離れた友達の姿を見ながら、ふと時の流れの早さを実感した。
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