第25話【学友】

 大学内のカフェテリア、いつもの窓際の席。

 一面ガラス張りの窓から程よい冬の日差しが差し込んで気持ちいい。

 テーブルに突っ伏してお昼寝したい気持ちを抑えながら、今日の講義で出されたばかりの課題のレポート作りをこなしていく。


 私は基本、勉強やレポート制作は日中に行うことにしている。

 大学とバイトの合間の時間を縫う形になるので、自然とこうして校内で行うことが多い。

 夜は吉田さんとの時間に使いたい気持ちからもあるが、理由はもう一つ。

 私がどんな勉強をしているのか、吉田さんにあまり知られたくないからだ。


 吉田さんには私が何の学部に所属しているか、未だに教えていない。

 学部を知ってしまうと、私の将来の夢が遠からずともバレてしまう可能性がある。 

 就職が決まるまではどうしても秘密にして驚かせたい――そんな我儘わがままを、彼は笑って了承してくれた。

 その想いに応えるためなら、どんなことも全く苦にならなかった。

 

「あ、いたいた。沙優ちゃそお待たせー」  

「ごめんね荻原さん。サークルの会議が長引いちゃってさ」


 購買で買った昼食のサンドイッチをつまみながら、作業を始めて一時間くらい経過した頃。

 同じ学部に所属しているむつみと珠樹たまきがカフェテリアにやってきた。


「二人ともお疲れ様」

「ホント疲れたよ~。このサンドイッチ食べていい?」

「訊く前に食べようとしない」


 珠樹と隣同士に私の正面に座ったむつみ。

 残っていた最後の一切れに手を伸ばそうとすると、横からぺちんと叩かれ叱られる。

 二人とは同じ商学部の所属で、席が隣同士になることが多く、そこからよく話すようになった。


「おっと〜。私ったらつい」

「いいよ。ちょっと時間が経ってるからパサパサかもしれないけど」

「ホントに!? いただきまーす!」

「荻原さん甘すぎ。むつみも大学生なんだから。少しは大人らしくしたら?」


 スラっとして背の高いむつみに対し、珠樹は中学生でも通じてしまいそうな小柄な体型。

 一見親と子供並みに外見に差がある二人だけど、中身はその真逆。

 珠樹はむつみの保護者的な立ち位置に見える。


「公式に大人だよー。今年成人式出たし」

「年齢や式典に出席した有無を言ってるんじゃなくて。はぁ......そういうとこ、昔から全然変わんないよね」

「その言葉、そっくり返そうではないか〜」


 幼稚園から一緒の幼馴染だけあって二人は息もピッタリ。

 目の前で繰り広げられる定番のやり取りに口角が上がってしまう。


「もう課題のレポートに取り掛かってるの? 沙優ちゃそは相変わらず真面目さんだねー。いや、真面目な美人さんというべきか」

「そんなことないよ」


 むつみは出会ってすぐの頃から私のことを『沙優ちゃそ』と、懐かしいあだ名で呼ぶ。

 雰囲気もどこかあさみに近いものがあり、初めてあった時から他人とは思えない距離感で接してきた。


「確かに荻原さん真面目だよね。どこのサークルに所属するわけでもなく、講義が終わればこうして一人黙々とカフェテリアで勉学にいそしむ。しかも美人だし。ミスコンに参加してたら絶対優勝間違いなしだったのに。なんで参加しなかったんだーって、うちのサークルの男共が騒いでたよ」


「私、そういう人前に立つことは苦手で」


 むつみと珠樹経由で、先月行われた学祭のミスコンへの参加を誘われた。

 私はあくまで大学へは将来のための学びに来ているので、そういった見世物になりたくて入学したわけではない。


 それに、女の嫉妬は恐ろしい。

 もしも一年の私が何かの手違いで優勝でもしてしまったら、要らぬ波風が立ち大学生活に支障が起こってしまう可能性だって否定できない。


 無理だと思っていた高校生活を吉田さんたちのおかげでやり直せ、せっかく手に入れられた未来へ羽ばたく準備をするための場所。

 そこで無用な騒ぎを起こしたくない。

 私がこれまでの人生経験で得た直感に従ったまでだった。


「勿体ないなー。沙優ちゃそ、出たら絶対優勝間違いないのに。でも彼氏さんが焼いちゃうから仕方ないか」 


「私たちだって先輩の頼みだから一応訊いたけど、純粋に考えたら彼氏がいる人間がミスコンなんかに出るわけないことぐらいわかりそうなものだけどね。バカなのかな」


「そ、そうだね」


 珠樹はその幼い見た目によらず、言いたいことは誰にでもズバっと言ってしまう。

 たまに教授や先輩相手にバカ正直に物を言いかけ、その度にむつみが割って入る。

 意識しているのかはわからないけど、この二人のお互いがお互いをフォローし合う関係は素敵だと思う。


「彼氏と言えば、沙優ちゃそ来月は誕生日だよね?」

「え? う、うん」

「やっぱ誕生日は彼氏と一緒に過ごす感じ?」

「こらバカむつみ。人の恋愛事情に土足で踏み込むんじゃないの」


 一緒に過ごすも何も、私と吉田さんが同棲していることは校内では秘密だ。

 頭に軽くげんこつを受けてもむつみは引き下がらずに反論する。


「あ痛ッ! だって気になるじゃん」

「うん。その予定で彼も私も動いてるよ」

「いいなー。12月が誕生日って何か特別な感じがして憧れちゃうなー」

「むつみはそうかもしれないけど、12月が誕生日だとクリスマスと一緒に祝われるからあんまり嬉しくないって話、私聞いたことあるよ」


 珠樹の察しの通り、誕生日とクリスマスで別々に祝われた経験は、覚えている限り一度

も存在しない。

 それどころか、兄さんが家を離れてからは誕生日すらまともに祝ってもらえない時期が長くあった。


 私にとってこの二つは決して良い思い出があるとは言い難く、他所よその家との違いを思い知らされる憂鬱なイベントとさえ捉えていた。


「確かにそうだね。今までは」

「「今までは?」」


 口を揃え小首を傾げる二人。


「こっちの話。気にしないで」

「いやいや。そんなこと言われたら夜も眠れなくなっちゃうから」

「むつみはいつでもどこでも10秒以内に眠れるでしょうが」

「むー。たまー、人を機械みたいに言わないでくれるー?」


 口を膨らませ訴えるむつみに目を向けながら、ノートPCの電源を落とし、画面を畳んでカバンの中にしまい込む。


 初めて吉田さんと過ごす誕生日とクリスマス。

 過去にこれだけ12月が待ち遠しいと感じた経験はもちろんない。

 あまりの期待値の大きさが淫らな想像をも掻き立て、人前だというのに妄想してしまい、テーブルの下で静かに足を前後に揺らした。

        




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