第12話【アダルトグッズ・吉田視点】

 大型連休前の地獄のような週間も無事に終わり、やってきたお盆休み。

 本来なら実家に帰らない者同士、家でのんびり――の予定だったんだが、初日から我が家のノート型PCが壊れるとは。幸先が悪い。

 保証期間はとっくに過ぎ、一応サポートセンターに連絡しようにも向こうだってお盆休みだ。

 テレビも無い部屋で俺たちの娯楽の大半を賄っていたPCが無期限で使えないのは、とても辛く耐えがたい。スマホで世間の情報は逐一把握することはできても、動画等を見る場合はどうしたって画面の大きいPCの方がいいに決まっている。

 なので予定を変更し、急遽買い物がてら秋葉原でデート――のはずだったんだが――。


「ふえー。こういうのも外国人観光客向けに作ってあるんだ。さすがは秋葉原だね」

「......そうだな」


 沙優の手にはお試し用にと置かれた寿司の形状をした小型振動機。

 コードの先、有線式のスイッチを押すと結構な強さでブルブルと震え、低い振動音を放つそれに軽く驚いて声を上げる。

 白の夏用ワンピースの上にピンクのカーディガンを羽織った上品な女性が、寿司形の大人の玩具おもちゃたわむれる......なんとも卑猥でいけない匂いのする絵面だ。 


 俺と沙優は今、何故か中央改札口付近にある大型アダルトショップの店内にいる。

 何故、ではないな。

 正当な理由を述べると、そこしかゆっくり涼める場所がなかったからに他ならない。

 お盆の秋葉原は想像以上に海外からの観光客や暇な日本人たちの波で溢れかえり、おまけに連日から続くこの猛暑だ。体感気温は気象庁が発表している気温より高くすら感じられる。

 いくつかPCショップを巡っているうちに、お互い暑さと人の熱気にやられてしまい、かと言ってどこかで休憩しようにもどこも満席の有り様。

 ――で、辿り着いた先が人もあまりいない穴場だと踏んだこの場所だ。

 座って休むことはできなくても、大型電気店やファーストフードショップに比べれば店内の人は圧倒的に少数。空調もよく効いている。なのに――。


「吉田さん、もしかして緊張してる?」

「そりゃあ緊張もするだろ。だってここアダルトショップだぞ」


 熱でマヒしていた頭が空調の冷風で正常に戻った途端、自分たちがとんでもない場所に入り込んだことを知覚させた。

 涼む目的で入ったのにこれでは本末転倒ではないか。

 新たな熱暴走を身体中が起こし始め、主に下半身のアレの部分が顕著に大きく膨らみ圧迫されて痛い。


「私だって恥ずかしいよ。でもさ、せっかく入ったんだから楽しまないと損じゃない? こういうのって普段の生活ではなかなか味わえない体験だし」

「前向きだな、沙優は」

「場所なんて関係無しに、私は吉田さんと一緒にいられれば何処でも楽しいから☆」


 バカだな俺は。ウブな男子高校生でもあるまいし。カッコ悪すぎて下半身のアレが萎えてきたじゃねぇか。

 10歳近く年齢が離れているとは思えないくらい、時折沙優は俺なんかより余程しっかりした思考を表し、その度にドキっとさせられる。


「......俺も沙優と一緒なら何処でも楽しいよ。って、こんなところで言わせんな」

「ふふ。ありがとう」


 自分で誘導しておいて羞恥で顔をさらに赤らめる沙優。

 公共の場でなければ抱きしめていただろうが、アダルトグッズショップならそれも許され......ないよな。わかってる。

 抱きしめる代わりに手を絡ませ、前屈まえかがみ気味なのを悟られないよう下の階から順に店内を散策して行く。

 男性補助グッズのコーナーでは同姓の俺より興味深そうにグッズを手に取って眺め、女性補助グッズのコーナーでは俺に想像されるのが恥ずかしいのか、早々に立ち去ろうとするのがまた可愛らしい。

 丁度コンドームを切らしているのを思い出し、二人で何色がいいかと選別したりと、あれこれ店内を楽しんでいるうちに早くも最上階へと辿り着いてしまった。


「うわあ......これが噂のインポートブラジャー......何というか、凄まじくエッチだね」


 そこはコスチュームとランジェリーのコーナー。

 海外のAVに出てきそうな真っ赤で派手な凝ったデザインのブラを前に沙優の語彙力は完全に失われ、開いた口が塞がらないのも放ってあらゆる角度から見る。


「吉田さんもこっちに来てみなよ。面白いよ」

「入れるか! んなところ!」


 ランジェリーコーナーの手前から動けず、その場でツッコむ。

 補助グッズと比べたら難易度は低いかもしれないが、エロの純度が高すぎて妙な羞恥が湧いてきてしまう。収まりかけていた下半身のアレも再び息を吹き返すは、もう下着の中が汗やら液やらで混沌を極めていた。


「俺はこっちの方を見てるから」

「はーい」


 不服そうな声音こわねで返す沙優を横目に、俺はランジェリーコーナーとは通路を挟んで反対側のコスチュームコーナーへと足を踏み入れた。

 コスチュームと言うからにはどんなものかと想像していたが、大型激安ショップで売られていそうな安価なパーティーグッズから、制服や水着にかなり本格的なバニーガールのコスチュームまで。そっち方面の専門店をうたうだけあって、種類の豊富さが伊達ではない。


「スクール水着か......残念だけど、それは実家に置いてきちゃったんだよね」


 思いのほか早く沙優がこちら側、スクール水着コーナーを凝視する俺の隣にやってくるなり、腕を絡ませ胸をくっつける。

 どうやら一人で下着を見るのは退屈だったと推測される。


「沙優の高校のスクール水着もこういうタイプだったのか?」

「うーん、似てるけどここまで生地は透けてはいないよ」

「だろうな」


 学校指定のスクール水着がアダルトグッズ並みの薄さだったら引くわ。健全な男子諸君は狂喜乱舞だろうが。


「安心して。うちの高校、水泳の授業は男子と女子で別々にやってたから」

「心の声を読むのやめろ」

「やっぱり図星なんだ」

「図星だよ」

「正直者だ」


 クスクスと笑い合い、腕に密着した沙優の胸からは布越しに心地よい体温が感じられる。 


「いろんなコスチュームを見てると思い出さない? 昔あさみにやらされた撮影会」

「ああ。俺も同じこと思ってた」

 

 まだ沙優が家出JKとしてうちに住んでいた頃、あさみがスーツケースいっぱいにコスプレ衣装を持ってやって来たことがあった。

 メイド服にチャイナドレス。婦人警官やナースといった世間の男心をくすぐるチョイスに、小物まで用意して抜かりが無かった。


「懐かしいね......知ってた? あの撮影会、あさみが吉田さんに私を異性としてもっと意識させようと狙って計画したの」

「もちろん。あいつ、当時から俺と沙優をくっつけようと必死だったからな」

「そうだったんだ」


 あさみに限ったことではない。

 三島も橋本も、あの時から俺の沙優への想いを気付かせようと時には遠回しに、時にかなりストレートに助言をしてくれていた。

 案外相手を好きかどうかの気持ちなんて、外から見てる人間の方が本質を見抜けるのかもしれない。

 ――じゃないな。

 俺は沙優への想いと真正面に向かい合うことを深層心理的に避けていたんだ。

 向き合えば、あの温かい幸せな生活が終わってしまう。俺は最後まで沙優の保護者でなければいけないんだ、という強迫観念めいた使命に駆られて――嘘を突き通した。

 その嘘はとても厄介で、再会してからも俺の気持ちを曇らせ、沙優と一緒になってはいけない理屈をいくつも塗り重ね続け逃げた。挙句、後藤さんの気持ちを利用してまで――。

 でも最後の最後で俺は自分に正直になれた。

 今はそのことが何よりも安堵し、もう自分を誤魔化さなくてもいい解放された気分で清々しかった。


「付き合ってからわかったんだけど、吉田さんって思ったより結構エッチだよね。見た目はむっつりスケベさんを装ってるのに」


 肩に頭をコテンと乗せ、沙優は挑発する。


「むっつりスケベなんて言葉、今日日聞かないな」

「おじさんと一緒に住んでるからうつっちゃったかも」

「うっせ」


 顔は見えなくて今の表情が声音だけで判断できる。

 きっと沙優はにへら顔を浮かべているんだろうな――俺はあの笑顔が沙優らしさ体現しているようで、堪らなく愛おしい。


「そんなお仕事も禁煙も頑張ってる吉田さんに朗報です。ご褒美に吉田さんが私に着てほしいと思う服と下着、どんなものでもいいから選んでください。うちで吉田さんの着せ替え人形になってあげる」

「......マジか」


 いかん。

 嬉し過ぎて自分でも聞いたことない低い声が出た。


「うん。マジ。但しあんまり高いのはダメだよ。新しいパソコン買ったばかりなのをお忘れなく」

「沙優こそ忘れてないか。社会人にはボーナスがあることを。それにいま何でもいいって言ったよな」

「吉田さん必死すぎ。ちなみに試着した姿をポラロイドカメラで撮影して店内に掲示すると30パーセント・オフになるんだって」

「そっちは却下だ。割引無しでいい」

「どうして?」


 やれやれまたか。

 あざとい沙優はどうしても俺の口から言わせたいらしい。

 だったらお望み通り誘いに乗ってやろうじゃないか。  


「――誰かに沙優のあられもない姿を晒すくらいならはした金だ。全額きっちり払ってやる」

「よく言えました」


 小さくパチパチと拍手し喜ぶ沙優。

 遊ばれてるな、俺。

 公開処刑をされた以上、容赦なく趣味丸出しのチョイスをしてやるから覚悟しておけ。

 新しいPCを買いに来たつもりが、思わぬ夜の営みのサポートグッズまで手に入れ、俺の心はまるで新しいゲームを買ってもらった子供のようにワクワクが収まらなかった。


         ◇

 ここまで読んでいただきありがとうございます!

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