自称哲学者で知識人の凡人による独白

テラ・スタディ

異世界転生、あるいは憑依における人格変異

 1848年、バーモンド州でフィニアス・P.ゲージ(Phineas P. Gage)が鉄の突き棒が彼の頭部を貫くという事故が起こった。結果を言えば、彼は死亡しなかった。しかし、彼の精神は大きく変容してしまった。彼の部下から「全く違う」と言われる程に。曰く、左前頭葉の前側に損傷を受けたと報告されている。

 前頭葉白質切截術、所謂ロボトミー(lobotomy)というのは、脳の前頭前野の神経線維の切断を伴う脳神経外科的な精神障害の治療法である。詳しいことは書かないが、昔は精神障害に対しては効果的であったが、今は非人道的であるとして認められていない。また、人格や知性に影響を与えた事例も多数存在する。

 さてさて、私が何故こんな話をしたか。昨今の小説は、まぁ色々ある。殆どは長いタイトルというシールが貼られている作品ばかりだ。フリー小説サイトという存在のおかげで、作家じゃない人間も物書きができる。その事自体は素晴らしいと私は思う。それは置いておこう。要は、それに伴い異世界作品が増えたという事だ。特に転生とかが。皆様がどのような脳を持ち、どのような作品を作り上げようと知ったことではありませんが、質問してみたいのです。異世界においてメジャーなのは「転生」「召喚」「憑依」の三つでしょう。ここでは、前者二つは言及しません。憑依、つまりある程度成熟した肉体に、君たちの言う魂やら精神やらが宿る系の作品です。多いのは、物心つく前後くらいでしょうか。まぁこの際年齢は気にしません。このような作品を執筆していらっしゃる方に聞きたいのですが、その肉体に宿っていた前の方の精神は一体どこに行ったのでしょう?言うなれば、体を乗っ取る事をしているのですが、皆様はその行為に対し、罪悪感などないのでしょうか。勿論フィクションですから、まぁまぁまあ。しかしながら、主人公さんにとって、その作品が現実です。考えないんですかね、自分が一人の人格を殺したことに。「別に殺してない。ちょっと変わっただけ」なのであれば、先ほどのロボトミーの話になるわけです。要は君たちは、一人の人格を変えたんですから。どうなんでしょうね、異世界に来る際に脳の構造が変わるんですかね。何はともあれ、そのような作品を書いていらっしゃる方々は、執筆というメスを用いて、登場人物という患者の脳に外科的アプローチをしているわけです。私ならできませんね、そんなこと。ニューロエシックス(Neuroethics)を考えればね。「フィクションだから何しても良い」、まぁ良いと思いますよ。個人の自由は尊重されるべきですから。現実に被害者が出ているわけでもありませんからね。私がどうかと思うだけです。

 もし私の文を不快に思ったならば、根を張った悲しみを記憶から引き抜き、書き込まれた悩みを脳から消し、よく効く忘却の解毒剤で心にのしかかっている病気の素を胸の奥からきれいさっぱり洗い流すといい。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

自称哲学者で知識人の凡人による独白 テラ・スタディ @Teratyan

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る